白昼の妖怪
あの夜から、妖怪による襲撃は途絶えなかった。
二日後には夜警の陰陽師が負傷し、その翌日には町外れで男が一人喰い殺された。料理屋に来る客も、最近はその話ばかりだ。
相変わらず町の店のほとんどは、昼間だけの営業を続けている。相次ぐ陰陽師達の負傷で火吹家は夜警の規模を縮小するとの噂もあり、日が沈む頃には町で人の姿を全く見かけなくなった。
「おっかねえよ……また町で妖怪に喰われた奴が出たって。」
厨房で仕事をしていると、佐一が話しかけてきた。
「夜に出歩くのはやめておいた方がいいだろうな。」
「なあ優里、今のところ、妖怪の襲撃って夜ばっかだけど、これ昼間は本当に安全なのか?妖怪って日の光を浴びたら死ぬとかある?」
「さあ、ないんじゃないか……?」
「じゃあなんで昼間が安全って言い切れるんだよぉ?!」
「おぉ、どうした……?言い切ってないし、不安なのはわかるが手を動かせって……」
佐一を諭して自分の仕事に集中する。
「きゃああああ」
「!?」
客席の方から悲鳴が上がった。続いて椅子が倒れる音。客席を見ると大男が店内に立っていた。
土色の肌に真っ黒な強膜。二メートルを優に超える巨体から、異様に長く太い腕が伸びている。その手は、人間一人を包み込めそうなほど大きい。にやりとした笑みを浮かべて人間達を見渡している。店内は一瞬で騒然となった。
それを見た佐一は隣で腰を抜かしている。
……白昼堂々正気かよ。
俺は近くに置いておいた刀を手に取り厨房を出る。
「お、おい……本気か?やんのか優里?」
「ぎゃあああああ!」
悲鳴が上がる。妖怪は一人の人間の体を片手で掴んで持ち上げ、締め上げはじめた。
急いで妖怪の元へ向かい、刀を抜いて妖怪の腕に突き刺し、引き抜いた。
「ぐあっ、なんだ……」
掴んでいた人間を床に落とし、体をこちらに向ける。
「おめえから食って欲しいか?」
妖怪がニヤリと笑い、俺を掴もうと手を伸ばした。
だが、遅い。半歩身を引くだけで容易く躱せた。
伸びきった腕の内側へ潜り込み、胸元へ刀を深く突き立てる。
「ぐああ!て、てめえ……」
妖怪が膝をついて前屈みに倒れた。
胸を貫いても、妖怪はなおこちらへ手を伸ばそうとする。頭の位置が低くなった隙に刀を両手で握り直し、一息に振り抜いて首を落とした。妖怪はそのまま倒れ込み、動かなくなった。
「大丈夫ですか?」
先ほどまで妖怪に掴まれていた人間に声をかける。
「は……はい!あ、ありがとうございます……」
幸い大事には至らなかったようだ。
騒然としていた店内が静寂に包まれていることに気づく。その場にいた人間達全員が俺に注目していた。……まずい、少し目立ちすぎたか。俺は返り血で真っ赤だったし、首を落としたのはやりすぎたかもしれない。誰も声を発さない。
パチ……パチ……
不意に厨房から手を叩く音が聞こえた。佐一が呆然としたまま手を叩いている。それにつられるように、客の一人が手を叩いた。
やがて、まばらだった拍手が少しずつ広がっていく。
「お前ら、拍手してる場合か!」
店の奥から主人の怒鳴り声が飛んできた。
「怪我した奴はいないか! 佐一、客を外に出せ。今日はもう店じまいだ!」
「は、はい!」
その声で我に返ったのか、客たちは互いの無事を確かめながら店を出ていく。
「それと誰か、火吹家に知らせてこい。こいつをいつまでもここに転がしておくわけにもいかねえ」
主人は床に転がった妖怪の死体を見て顔をしかめ、隣で立ち尽くしていた俺に声をかけてきた。
「優里、お前はその格好どうにかしてこい。」
「はい……」
ひとまず俺も店の奥に引き上げようとする。着替えなくては。
「それともう一つ。」
主人は、引き上げようとする俺の肩を掴んだ。
「お前、もう明日から厨房立たなくていいぞ……」
「……!」
「刀持って店の入り口立ってろ。客もその方が安心するだろ。」
「えぇ……」
結局、その日はそのまま店を閉めることになった。妖怪の死体は陰陽師が引き取りにくるらしい。
帰り際、佐一に捕まった。
「おい、優里!お、お前めちゃくちゃ強いじゃん!」
「……そ、そうかな。」
「いやいや、妖怪の首落としてただろ!あんなもん誰が真似できるんだよ!?」
「……まぐれだって。二度目があっても上手くいくとは限らないぞ。」
俺がそのまま帰路へ歩き出そうとすると、佐一に肩を掴まれ、逆方向に引っ張られた。
「な、何?」
「お前どうせ暇だろこの後。俺を家まで送ってください。」
「……えぇ」
結局、佐一を家まで送ることになった。
妖怪の脅威が昼間にまで及んでいる。今日のような襲撃が続くようなら、流石にこのまま放っておくことはできないかもしれない。




