考えないようにしていた
休みの日には田中さんの酒場に三人で集まることが多くなっていた。今日も私が来た少し後に椿さんがやってきて、三人で話しながらお酒を飲んでいた。
「あ、そういや俺、しばらく店閉めるんだわ。」
田中さんが思い出したように言った。
「そうか。鍵置いて行けよ。」
「置いて行かねえよ……帰ってきたら酒なくなってるだろそれ。」
「どこかに行かれるんですか?」
「ああ。そろそろ店の拠点移さねえとなあと思ってて。その下見。」
「店の拠点を移す……?」
「もうここに店を構えて七年経つから、そろそろ移動しねえとなあって。妖怪は人間と同じようには歳を取れないからな。」
「あぁ……なるほど……」
確かに、同じ場所に何十年も居続けたら、見た目が変わらないことで妖怪だとばれてしまいそうだ。
「優里もそろそろだろ。お前あの料理屋何年だよ。」
持っていた杯が止まった。
「十年ぐらいか……」
「いや、お前いすぎだろ。ばれるぞ流石に。」
「椿さんも、どこかに行かれるのですか……?」
「まあ、そうだな。そろそろ考えないとな。」
そうか……椿さんも例外じゃない。ずっとこの町にいるわけではないんだ……
「いやいや、火吹家には世話になったぜ。また五十年後ぐらいに世話になるわ。」
田中さんは私に向かって明るくそう言った。
「お前、もうどのあたりに移るか決めてるのか?」
「まあ、やっぱ近くに陰陽師がいるのが一番いいからな。妖怪怖いし。次は水玉家辺りに世話になるかなー」
「じゃあ俺はそこ以外にしよう。」
「なあ、毎回『同じ町に来てくれ』って頭下げなきゃだめか?もう普通に同じ町に来てくれよ。働き先とか俺も探してやってるだろ。」
「あの、そろそろというのは……具体的にどれぐらいですか?」
私は田中さんに尋ねた。
「一年とかそれぐらいかな俺は。ちゃんと準備してから移りたいし。」
一年。思っていたよりずっと近い。
「椿さんは……?」
「俺もそれぐらいには移動しないとだけど、どうだろう。仕事場変えるの大変なんだよなあ。はあ、気が滅入るわ……」
「……」
「そんな暗い顔しなくても、こいつと会えなくなるわけじゃねえって。こいつなら空飛んだら一瞬だぜ。」
田中さんが私に向かってそう言った。自分でも気づかないうちに暗い顔をしていたらしい。
「……」
椿さんが何も話さないのが……気になる。
「優里、なんか言えよ。」
「あ?うん……まあ、別に会えなくなるわけじゃないよ。」
椿さんは私と目を合わせないまま答えた。
……歯切れが悪い。
「でも、お二人は町を移っても会えるんですよね。」
私は笑顔を作って二人に向いた。
「少し、二人が羨ましいなって。……私は、二人がいなくなったら、こうやって誰かとお酒を飲む機会もなくなりそうですし。」
「あー悪いな、この話やめようか。とりあえず明日からしばらく店閉めるから。それだけ覚えといてくれ。」
「ご、ごめんなさい、私も暗い雰囲気にしてしまって……」
いつも通り、酒場を出ると椿さんと並んで歩いた。
夜道には私達の足音だけが響いている。
「あの、椿さん……」
「うん?」
「あの……椿さんが町を離れても、会ってくれますか?」
私はずっと気になっていたことを聞いた。
「……」
椿さんは困った顔をして黙っている。
「椿さん……?」
「ごめん、できるかどうかわからない約束はしない方がいいと思って。」
期待した答えは返ってこなかった。嘘でもいいから、肯定してくれることを望んでいたのかもしれない。
「でも、別の町に移っても、どこにいるかは教えるよ。九の店も。」
「はい……」
「火吹ちゃん、そんな暗い顔しないで……まだ先のことだから。」
「……」
なんでだろう。いつも通り、返せばいいのに。どうにも言葉が出てこない。
しばらく二人とも話すことなく歩いた。
「……紅葉狩り、いつ行く?」
「!」
思わず顔を上げた。
「覚えてる?約束したの。君は酔ってたから……」
「覚えてます!」
「良かった。そろそろ見頃じゃないかと思って。」
「はい……はい、そうですよね!行きたいです!」
「じゃあ、次の休みに行こうか。」
「はい、楽しみにしてます!」
町外れまで椿さんと歩いて、そのまま別れた。
別れて少し歩いた後、振り返って椿さんの背中を見ていた。
椿さんの姿が見えなくなって、帰路を進む。
椿さんは、いつも私に優しく接してくれた。心のどこかで、長く生きる妖怪にとって、私と過ごす時間なんてほんの僅かなものだから、ずっと友人でいてくれるだろうと甘えていたのかもしれない。町を移った後まで、わざわざ私に会いにくる理由なんて、ない。
足が、重い。胸が、苦しい。
ずっと会えると思っていたから、友人で満足していたのに。
ずっと考えないようにしていた。
この感情に、名前を付けることを。
……馬鹿げてる。陰陽師が、妖怪を好きになるなんて。




