紅葉狩り
約束していた紅葉狩りの日、待ち合わせ場所に行くと既に椿さんの姿があった。私は椿さんの方へ駆け寄った。
「ごめんなさい、待ちました?」
「ううん、さっき来たとこだよ。」
椿さんは、風呂敷包みを背負っていた。お弁当を用意してくれたのだろうか。
「じゃあ、行こうか。」
山の麓は既に紅葉を見る人々で溢れていた。
前を進む椿さんの背中を見る。
「……」
後ろ姿を見るだけでも緊張してしまっている。あまり彼が視界に入らないように、下を向きながら歩いた。
「丁度見頃だから人も多いね。」
椿さんは足を止めた。
「火吹ちゃん?」
「はい!」
呼ばれて椿さんの方を見た。
「下向いて歩いてる?」
「……え。」
「紅葉見ないの?」
た、確かに……!
「あの、落ち葉を見てました。落ちてる葉っぱも綺麗ですよね。」
「あぁ、確かに。」
よ、良かった……ごまかせた。
流石に紅葉狩りに来ておいて、下を向いて歩くのはおかしい……
人の流れに沿ってしばらく進んだ。
今度はしっかり紅葉の方を見上げる。
日の光を透かした葉が鮮やかに赤く染まっていた。
……綺麗だ。
しばらく歩くと、人の集まる場所から少し外れたところに、木の腰掛けが並んでいる場所があった。
「火吹ちゃん。そこ座れそうだし、弁当食べない?」
「!はい、食べたいです!……嬉しいです。作ってきてくれたんですね。」
「食べたいって言ってくれたからね。……覚えてる?」
「……はい。」
酔っていた日のことを思い出して、顔が熱くなった。
二人で腰掛けに座る。椿さんが膝の上に下ろした風呂敷へ手をかける。
「あ……」
左手首には、私が渡した濃紺の組紐が結ばれていた。まだ、付けていてくれている。そう思うと嬉しくなって、思わず頬が緩んだ。
「どうかした?」
「い、いえ!……お弁当楽しみです。」
椿さんが風呂敷を広げると、中から二人分のお弁当が出てきた。
「頂きます。」
一口食べる。
「美味しいです。」
「良かった。」
「椿さんって、どうして料理人になられたのですか?」
「えっと……」
椿さんは少し考え込んだ。
「言いにくいことなんですか?」
「いや、本当のこと言うか迷ってて。」
「本当のこと教えてください。」
「子どもの頃、妖怪が人間を食べるのって、美味しいからだと思ってたんだよね。」
椿さんは声を潜めて話した。
「それより美味しいものがあれば、人間を食べなくなる……と思って料理の練習をした。それの延長かな。」
「へえ……椿さん、純粋な子どもだったんですね。」
「知らなかったんだよ。人間を食べると妖力が増すなんて。……俺には必要なかったから。」
椿さんは少し恥ずかしそうに答えた。
「……」
「……何?」
椿さんを見つめていると、不服そうな声で問いかけてきた。
「いえ、その、子どもらしい可愛い発想だなあと思って……」
「……だから言いたくなかったのに。」
椿さんは困ったように笑った。
その後も椿さんと話をしながら、ゆっくりお弁当を食べた。
食べ終わって再び歩き始めると、道の脇に山の奥を指す古びた木の札が立っていた。
「この先に、お社があるみたいですね。」
「結構上だと思うけど、行ってみる?」
「はい。」
初めのうちは同じ道を歩く人もいたが、坂が急になるにつれて少しずつ姿が減り、いつの間にか私と椿さんの足音だけになっていた。
しばらくして、木々の間に小さな鳥居が見えてきた。
「あ、ありました。」
鳥居の先には、古びた小さなお社が建っていた。
「麓にはあんなに人がいたのに……誰もいませんね……」
「紅葉狩りでこんなところまで来る人はいないんじゃない?」
「えっ。」
「山登りだもん、これ。」
「でも、見てください。すごくいい景色ですよ。」
木々の向こうには、赤や黄色に染まった山が一面に広がっていた。
「こんなに綺麗なのに……」
「……確かに。」
そう言って景色を眺める椿さんの横顔を見る。
「……」
「どうしたの?」
「!……いえ、何でもないです。」
慌てて景色の方へ視線を戻す。
……今日は何回こんなことをしているのだろう。
二人でお社に手を合わせ、周辺を歩いているうちに、日は随分傾いていた。
「そろそろ戻ろうか。暗くなる前に下りた方がいい。」
「はい。」
来た道を椿さんと並んで下り始める。
麓が近づく頃には空も夕方の色に変わり、昼間あれほどいた人の姿もまばらになっていた。
その時、隣を歩いていた椿さんが足を止めた。
私も足を止め、椿さんを見る。
「ありがとう、火吹ちゃん。今日は楽しかったよ。」
「はい! 私もとても楽しかったです。」
椿さんは私の答えに微笑んだあと、少し沈黙してから下を向いた。
「……ごめん。でも、同じぐらい苦しかった。」
「……え?」
椿さんの声色が突然暗くなった。
「……」
「椿……さん?」
いつもと違う雰囲気に、少しずつ胸が冷えていく。
「本当は、あの時断るべきだった。友人になって欲しいと言われて、嬉しくて……断れなかった。」
椿さんは私の方を見ないまま話を続けた。
「会うのはこれで終わりにしよう。陰陽師が妖怪なんかと関わらない方がいい。」
「え……ど、どうしたんですか……急に……」
椿さんは左手に結んでいた組紐を外した。
私の方へ向き直って、それを差し出す。
「!」
自分でも気付かないうちに涙が溢れていた。
声を上げないようにするのに必死で、椿さんの顔も見られない。
「ごめん!……こんなのずるいよな。本当のことを言うと……」
椿さんは一瞬躊躇ってから、言葉を続けた。
「君のこと、好きになってしまったんだ。自分の立場もわきまえずに……陰陽師の君を好きになってしまった。」
……え?
椿さんは私の左手を掴んで、組紐を握らせた。
顔を上げると、椿さんは笑顔を作っていた。
「ありがとう。火吹ちゃんに会えてよかったよ。」
「なんで……」
私は手の中の組紐を握り締めた。
「なんでそうなるの……!? 組紐、大切にするって……言ってくれたのに……!」
椿さんは目を逸らした。
……沈黙が続く。
「私も、椿さんのことが好きです。それじゃだめですか。」
「!……え……」
「私だって、妖怪を好きになってしまって……悩んで……あなただけ勝手に、自分の気持ちに決着をつけるなんて。……ずるいです。」
「君を、妖怪の世界にこれ以上引き込みたくない。」
「今更……何を言ってるんですか?」
涙を拭う。
「確かに妖怪と陰陽師なんて……上手くいかないかもしれないけど……私はあなたと一緒にいたいです。そのせいで傷つくことになったとしても……あなたと、一緒にいたい。」
椿さんは真剣な眼差しでこちらを見つめていた。私の言葉を聞き終わると、ほんの少し表情を緩めた。
「本当に……?」
私は無言でうなずいた。
「!?」
椿さんに、抱きしめられた。
鼓動が速くなるのを感じる。
胸が苦しいけど……それ以上に心地いい。
「火吹ちゃん……妖怪を好きになるなんて、どうかしてるよ?」
「あなたにだけは絶対言われたくないです。」
「ははは。」
椿さんの笑い声に、少しだけ肩の力が抜けた。
「朱理ちゃん……大好きだよ。」
「!……わ、私も……大好き……です……ゆ、優里さん……」
私も優里さんを抱きしめ返した。
***
「朱理ちゃん……あの……組紐……」
「渡しません。約束を反故にした人には返せません。」
取り付く島もない……
「恋人にはなってくれるのに?」
「それとこれとは話が別です。」
「ごめん、機嫌なおして……」
「機嫌はいいですよ。すごく。」
朱理ちゃんは組紐を自分の左手首に結んだ。
それを俺に見せてくる。
「いいでしょ。」
「……いいです。」
朱理ちゃんは手首に結んだ組紐を見て、にこにこしている。
「えへへ。」
組紐が返ってくることはなさそうだ。
再び二人で歩き始めた。
しばらくして、隣を歩いていた朱理ちゃんがこちらを見る。
「あの……優里さん。」
「うん?」
少しだけ、朱理ちゃんの顔が曇った。
「町を離れても……会ってくれますか?」
「もちろん。」
俺がそう言って微笑むと、朱理ちゃんも笑顔を返してくれた。




