烏天狗の一族
昼時を少し過ぎ、店内の客もようやくまばらになってきた。
「優里、そっち片付けといてくれ。」
「はい。」
空いた膳を重ねて厨房へ運ぶ。さっきまでひっきりなしに入っていた注文も落ち着き、店の中には数組の客が残っているだけだった。
「なあ、優里。」
佐一が小声で呼んできた。
「何?」
「あそこの客、すげえ可愛くねえか?」
佐一が顎で店の奥を示した。
「あー可愛いね。」
「見てないじゃん……一回見てみろって。」
心底どうでもよかったが、言われた方を見る。
若い女と、その向かいに男が一人座っている。
「……!?」
思わず二度見してしまった。
「お前、めちゃくちゃ食いついてるじゃん。」
「いや……」
「ああいう子がいいのか。名前聞いてきてやろうか?」
「やめろ。」
向こうも俺に気づいてないなら、気づかないふりをしておこうと、一度止めた手を動かす。
「あ、兄上ー!」
「!」
その声を聞いてがくりとした。目が見えないはずなのに、相変わらず気配に敏感だ。
「兄上?誰が?」
佐一が厨房の周りを見渡した。
千紗が席からこちらへ手を振っている。
「ごめん、ちょっとだけ話してくるわ……」
「え?」
俺は厨房を抜けて千紗達が座ってる席に向かった。
「何しに来たんだ。仕事中だぞ。」
俺は千紗の向かいに座っていた男、影人の方を見て小声で尋ねた。
「いえ……すみません。千紗様が、せっかく町まで来たから優里様にも会いたいと仰るので。」
「兄上、最近帰ってきてないですよね。せっかくなので兄上にも会いたいと思ったのです。」
千紗は悪気のない無邪気な顔で言った。
「仕事場に来るなんて勘弁してくれよ……」
「おい、優里!客なら注文取ってやれや!」
奥から店主の声が聞こえた。
「はい。」
俺は小さくため息をついてから二人に向き直った。
「ご注文は?」
「兄上のおすすめで!」
「影人は?」
「私も、優里様のおすすめで。」
「じゃあお前は水な。」
「すみません、やっぱり千紗様と同じものにしてください。」
注文を取って厨房に戻った。佐一が興味津々といった顔でこちらに話しかけてくる。
「なあ、あの子がお前の妹なわけないよな?」
「妹。」
「そうか……お前も複雑な事情を抱えてる訳だ。腹違いか?」
「一緒だ。」
「父親が違う?」
「一緒だ。」
「……優里、残念なお知らせだ……多分お前が知らないだけでどっちか浮気してるぞ。」
「いや、お前失礼すぎだろ。俺の親まで弄るなよ。」
似てないと言われるのは慣れているが、ここまで失礼を踏み抜いてくる奴は初めてだったので、呆れを通り越して危うく笑いそうになった。
「隣の男は?妹の恋人……?」
恋人というか、配下だな。
「わからん。友達なんじゃないか。」
影人が恋人だったら止めよう。千紗より弱い奴はだめだ。
「お前さあ、妹が選んだ相手に口出しする厄介な類の兄貴か?」
「……え。」
心を読まれた感覚になった。いやあ、だめだろ影人は。だって千紗より弱いんだぞ。常識人ではあるが。これ俺が厄介なのか……?
「そういうの、妹に嫌われるから気をつけろよ。」
佐一はなぜか満足げに俺の肩を叩いて自分の仕事に戻って行った。
できあがった料理を千紗達の席に運んだ。
「いい匂いがします!」
「なあ、千紗……」
「はい。」
「影人のこと、好きじゃないよな……?」
「え、それ本人がいる目の前で聞きます?優里様、ど、どうしたんですか?」
影人が慌てながら口を挟んできた。
「好き?……うーん普通です。」
「千紗様……」
「だよな?自分より弱いやつを好きにならないよな……?」
「ゆ、優里様、私、何か気に障ることしましたか?」
「おい、優里!私語多くないか!」
奥から店主の声が聞こえた。
「はい、すみません……」
「すごいです!影人さん!兄上が怒られてます!」
「私からは怒れないのでちょうど良かったです。」
二人の会話をよそに俺は厨房に戻った。
「ご馳走様でした。美味しかったです!」
食事を終えた千紗達の勘定をしていた。……やっと帰ってくれる。
「うん、もう来ないでね……」
「千紗様。」
そう言って影人は懐から何かを出して千紗に渡した。
「?……あ!そうそう、兄上に渡すものがあったんです。」
千紗はそう言って影人から受け取った物をそのままこちらに寄越した。
「戒里兄上が、『優里に見せればわかる』と言っていました。」
「兄上が……?」
俺は受け取ったものに目を落とした。
「!」
それは新聞だった。山犬の妖怪の死体が十体見つかったという記事が載っている。刀傷のあったものが五体、全身を焼かれていたものが一体、外傷なしが四体。俺は一瞬、新聞を食い入るように見てしまった。身に覚えがあったからだ。
「……!」
咄嗟に影人の方を見た。影人は俺が視線を向けると目を逸らした。
「兄上、何かわかりました?」
「いや。何もわからん……」
「わかりませんでした……?」
「では、ご馳走様でした。行きましょう、千紗様。」
「あ、はい!……では、また兄上。たまには帰ってきてくださいね。」
そう言って千紗は影人に連れられて、店を出て行った。
俺はもう一度新聞に目を落とした。
全身を焼かれた一体と、外傷のない四体。
兄上が気にしたのは、これか。




