天幕にて①
剣舞を行う朱理様を舞台の傍から見ていた。相変わらず綺麗に踊る。毎年任されているだけのことはある。私も剣舞ができれば、なんて考えたが、戦えなければ結局足手まといになるだけだと首を振った。
剣舞が終わり、私は撤収の準備をするために天幕に戻った。直に朱理様も戻ってくるだろう。
先に儀式の取りまとめを行なっていた秋実様が天幕に戻ってきた。
「秋実様、お疲れ様です。」
「ああ。」
祭具を受け取ろうと手を伸ばしたその時、秋実様の背後から気配を感じた。咄嗟に秋実様の腕を引っ張った。突然現れた妖怪の鋭い爪が、秋実様の背中を浅く切りつけたのが見えた。
「うっ!」
「秋実様!」
髪が朱くなった秋実様が後ろを振り返ると、
「あつっ!」
という小さな悲鳴が聞こえたが、妖怪の姿はその場に溶けていき、見えなくなってしまった。
「消えた……」
「お前、仕留め損ねてるぞ。」
「うーん、上手く避けられちまったなあ……」
姿は確認できなかったが、妖怪の声がした。二人いる。こんなに陰陽師がいるというのに、一体いつの間に天幕に忍び込んでいたのか。私は秋実様の腕を引っ張った勢いで尻もちをついていた。震える体を必死で抑えた。
秋実様が腰に差していた刀を抜いたのを見て少しだけ落ち着いた。大丈夫、秋実様がいれば守ってもらえる。そう自分に言い聞かせるのが精一杯だった。
「くそっ……なんで俺が……」
秋実様がいらいらした様子でこちらを見た。
「お前が代わりに受ければいいものを……非戦闘員の代わりなどいくらいると思っている。」
「え……」
一瞬、言葉の意味が飲み込めなかった。妖怪の攻撃が私に当たればよかったと言ったのだろうか。
「も、申し訳ありません。」
私は思わず謝罪を口にしていた。
沈黙が流れる。妖怪が何処から襲ってくるつもりなのかわからない。怖くて震えることしかできない自分が情けなかった。
天幕の入り口の向こうに、朱理様が歩いてくるのが見えた。朱理様までここに来たら、秋実様の負担が倍になってしまう……!私が彼女に向かって首を振ると、朱理様は心配そうな顔をしてこちらに向かって走り出した。
朱理様の背後に妖怪が姿を現わしたのが見えた。
——何が起こったのか、頭の理解が追いつかなかった。
朱理様はいつのまにか抜刀をしていて、妖怪の首が胴から切り離されていた。
「上です!」
その声を聞いて秋実様は上を向いた。見ると、姿を現した妖怪が天幕の梁に張り付いていた。妖怪がこちらに飛びつこうとしたが、その瞬間一気に火の手が上がり、黒焦げになって床に落ちた。秋実様はその妖怪を蹴って天幕の外に出した。
「大丈夫ですか?」
朱理様がそう言いながら天幕まで駆けてきた。朱理様の着ていた剣舞用の装束は、先程の妖怪の返り血がべったりとついていた。
「これが大丈夫に見えるか。」
秋実様は自分の背中を朱理様に見せた。背中は少し血が滲んでいたが、着物もほつれている程度でそこまで深い傷には見えなかった。
「大丈夫です。秋実様。傷は浅そうですよ。」
朱理様は座り込んでいた私の方へ目線を落とした。
「茜さんは、大丈夫ですか?」
「は、はい……」
私がそう答えると、朱理様はしゃがみ込んで私に顔を近づけた。
「顔色が悪いように見えますが……本当に大丈夫ですか?」
「どこも怪我してないだろう。朱理、俺の手当をしろ。」
私が答えるよりも先に秋実様が口を開いた。
「茜さん、秋実様の手当お願いできますか?」
「えっ……」
「お前がやればいいだろう。」
「手当なら茜さんの方が上手ですよ。慣れているでしょうし。」
確かに、陰陽師達の怪我の手当は何度もしたことがある。ただ朱理様が指名されているのに私にふられると思わなかった。それにさっきの言葉を思い出し、秋実様とこれ以上関わるのが怖かった。
「……茜さん、医療道具はありますか?」
「は、はい、こちらに。」
私は立ち上がろうとしたが、腰が抜けていてうまく立ち上がれなかった。
「だ、大丈夫ですか。」
「す、すみません……あの箱の中です。」
「おい、はやくしろ。」
朱理様は箱から医療道具を取り出して、秋実様の手当をはじめた。『茜さんの方が上手』なんて、お世辞だったんだろう。随分慣れた様子だ。
「終わりました。では秋実様、はやく出て行ってください。」
「は?」
「私も着替えたいですので。」
朱理様は秋実様を外においやって天幕の入り口を閉めた。……なんというか、朱理様の方が秋実様よりも主導権を握っているように見えた。




