厄除けの儀
私は誰もいない道場で、剣舞の練習をしていた。
火吹家は毎年、町の社で厄除けの儀を行っている。その際に奉納する剣舞は、毎年私の役目だった。
正直なところ、誰かに代わってほしいと思っている。
儀式は一般公開されている。大勢の人々の前で剣舞を披露するような目立つ行為は、好きではなかった。
一通り動きは思い出した。というより、毎年行っているせいで頭より体が覚えてしまっている。思い出すのに時間はかからなかった。
私が考えていることは一つ。恥ずかしいから知り合いに見られたくない。
……椿さんが見に来ることは、まずないだろうけれど。妖怪がわざわざ火吹家の催しに足を運ぶとも思えない。
厄除けの儀の当日。社の近くに天幕が張られ、装束や祭具などの準備が行われていた。
天幕に入ると、中で準備をしていた茜さんに話しかけられた。
「剣舞の装束の準備ならできていますよ。」
「ありがとうございます。」
着替えようとしたが、天幕は一つしかなく、中も特に仕切られていなかった。
「すみません、茜さん。着替えたいので、男性が入ってこないように見張っていてもらえますか。」
「ええー」
あからさまに嫌な顔をされてしまった。
「はぁ、わかりましたよ。」
嫌々というように茜さんは天幕の外に出た。
……茜さん。私に対して明らかに当たりが強い。彼女に何かした覚えはないが、目の敵にされているのは私でもわかる。
「ありがとうございます。茜さん。終わりました。」
私がそう言うと、茜さんは無言で天幕に入ってきて、儀式の準備に戻った。私の方を見もしない……
***
すっかり日が暮れ、最後の客もいなくなり、店仕舞いを始めていた。いつもより皆、慌ただしい気がする。俺はいつも通りに客席の食器を片付けていた。
「優里、もっとテキパキ片せよ!」
佐一が俺を急かした。
「なにをそんなに急いでるんだよ。」
「今日は『厄除けの儀』があるだろ。早くしないと間に合わないだろうが。」
そういえば毎年この時期だったか……
「毎年参加してるみたいだけど、そんなにいいの?」
「なんだよ、お前いつも興味なさそうにしてるのに。」
「そうだっけ。まあ行ったことないし、気になるだろ。」
「わかりやすいので言うと奉納の剣舞とかか。毎年同じ女の人がやってるみたいだけど、見応えあるぞ。」
「剣舞か……」
「まあ演目はおいといて、最後に火吹家が作った厄祓いのお札が貰えるんだよ。みんなそれが目当てだ。」
「なるほど、お札ね……」
俺が厄みたいなものなので札は絶対いらないが、女の人が剣舞を行っていると聞いて、興味が湧いた。……彼女がやっているとは限らないんだが。
店を閉めた後、結局俺は厄除けの儀が行われる町の社に足を運んでいた。既に大勢の人々が集まっていた。辺りには夜を照らすために、幾つもの松明が設置されていた。松明の火はおそらく、火吹家の炎だろう。そこら中に陰陽師が立っているのも、気が休まるものではなかった。
厄除けの儀が始まり、演目は滞りなく進んだ。
やがて剣舞を行う朱い髪の陰陽師が中央に現れた。自然と目で追ってしまう。見知った姿に一瞬心臓が強く脈打った。
……火吹ちゃんだ。
彼女は一礼してから剣舞をはじめた。
静かに刀を構え、ゆっくりと足を踏み出す。次の瞬間、勢いよく振り抜かれた刀の軌跡を追うように、炎が弧を描いた。
彼女が舞うたびに炎が揺れ、火の粉が夜空へ舞い上がる。
その姿は、力強くも、綺麗で、思わず見惚れてしまった。
剣舞が終わると俺は急いでその場を後にした。
来た甲斐があった。いや、来なければ良かった。そんな感情が入り混じっている。彼女の剣舞が、頭から離れそうにない。




