初めての酒場
あれから数日後、椿さんと酒場に来ていた。
「こういうところはよく来られるんですか?」
「店の奴らとたまに来るぐらいかな。」
知らない人達がたくさんいる場所で誰かと飲むなんて、初めてかもしれない。賑やかな店内が珍しくて、きょろきょろしてしまう。
椿さんがお酒を二つ注文した。
「私と同じものでよかったんですか?」
「?」
「いえ、以前すごく強いお酒を飲んでましたよね?」
「あぁ、いや、ちょっと強いのは控えとこうかなって……」
「そうなんですか……?」
運ばれてきたお酒で軽く乾杯した。
「夜もだいぶ人が戻って来たな。」
「そうですね。……良かったです。妖怪の騒動もかなり落ち着いたみたいで。」
「火吹ちゃんが夜警に戻ったおかげかな?」
「いやいや、他の陰陽師達もしっかり働いていますよ。……最近、夜警の同行をお願いされることが多くなったのですが、私は見ているだけのことも多いですし。」
「そっか、ちゃんと教えてるんだ。頼りにされてるんだね。」
椿さんが目を細める。
「いえ……そんな大層なことはしていないですけどね。」
何気ない会話をしているうちに、お酒が進んだ。
***
火吹ちゃんは人間にしてはかなりの量を飲んでいる。酒には強いのだろうか。表情ひとつ変わらない。
「今度、椿さんの働いてるお店にお客さんとしてお邪魔してもいいですか?」
「いいけど、知り合いが来るのはちょっと気まずいなあ……」
俺は笑いながら答えた。
「……そうなんですか?椿さんが作ったお料理、また食べたかったです。」
「店だと、俺が作ったものが出るとは限らないけど。」
「うーん、じゃあもうありつけないのか……残念……」
火吹ちゃんに料理を振る舞う機会……前にひと月いたとはいえ、男の家に女の子一人を呼ぶのは流石に気が引ける。
「……じゃあさ、弁当作るからどこか行く?」
「行きたいです!……お弁当、椿さんが作るんですね……」
火吹ちゃんは少し気まずそうな顔をした。
「いや……普通こういうのって女性の方が作りそうなものだと思って……」
「作れる方が作ればいいよ。」
「ふふふ。」
火吹ちゃんが笑顔でこちらをじっと見つめてきた。
「……どうしたの?」
「……椿さん、優しいし、かっこいいなあと思って。」
「!?……ゴホッ」
お酒を飲んでいたので盛大に咽せてしまった。
「だ、大丈夫ですか?」
「いや、大丈夫だけど……」
この子……こんなにはっきり喋って、涼しい顔をしてるのに……そうか、酔ってたのか。いや、思い返せば料理が食べたいと言い出した辺りから様子がおかしかったかもしれない。
「もう少しで紅葉の時期ですよ。紅葉狩りとか行きたいです。」
「……そうだね。紅葉狩り行こうか……」
……この約束、酔いが覚めた時に覚えているのだろうか……
「お酒……」
そう言いながら火吹ちゃんは壁の品書きを見上げた。俺は火吹ちゃんの視界を手で遮った。
「もうやめとこっか……」
「え。」
「火吹ちゃん……酔ってるよね?」
「?酔ってないですよ。」
「酔ってない方が問題なんだけど……」
「……?」
火吹ちゃんは困った顔をしている。
困ってるのは俺だよ……
俺は店の人に水をもらって火吹ちゃんに差し出した。火吹ちゃんは少し不服そうな顔をしている。
「まだ飲みたかったのに……」
……なんかいつもの丁寧な言葉遣いも砕けてきてるな……こんな喋り方もするんだ。
酒場を後にして火吹ちゃんと町外れまで歩いた。
「火吹ちゃん、送らなくても大丈夫?」
「送ってくれるんですか?」
「……いや、酔ってるならと思ったけど……」
足取りは……しっかりしている。受け答えも問題ない。酔ってない可能性があるのか……?
「……」
火吹ちゃんは俺の問いに考え込んでいる。何を考え込むことがあるんだ。
「……酔ってるかも。」
……それは送って欲しいってことか?
「さっき酔ってないって言ってなかった?」
「……」
火吹ちゃんは無言でばつが悪そうに目を逸らした。
「……その様子なら一人でも帰れそうだね。」
「!……」
……こっちを見てふくれてる。……もう早く帰そう。
「ありがとう、椿さん。すごく楽しかったです。紅葉狩り楽しみにしてますね。」
火吹ちゃんはそう笑顔で言い残し、去っていった。
俺は火吹ちゃんの後ろ姿が見えなくなるまで、その場に立ち尽くしていた。……ため息が漏れる。
「……はあ……きっつ……」




