謝礼を建前に
婚約が解消されてから数日が経った。
私は自室で、そろばんを弾きながら机の上に並べた紙とお金を見つめていた。
椿さんには、療養中ひと月もの間世話になった。それに花火大会では影の妖怪について教えてもらっている。
それなのに、私は何一つお返しができていない。
ひと月分の食事に薬、寝床。ひとまず概算で計算する。……夜警をしてもらった分も賃金を払った方がいいだろうか。私の札のせいで火傷を負った慰謝料も……?
ひとまず謝礼の準備はできたが、肝心の椿さんに会う方法がわからない。町の料理屋で働いているだろうからしらみつぶしに探すこともできなくはないが。
……そういえば、椿さんは料理屋で妖怪を倒したと言っていた。遺体の処理は火吹家が行ったはずだ。
家の者に尋ねると、遺体を回収した陰陽師が店の場所を覚えていた。
料理屋に着いたのはお昼を過ぎた頃だった。随分繁盛している。流石に仕事中に話すこともできないので、店が閉まるまで町を散策して待つことにした。
妖怪騒動も落ち着き、この頃には日暮れまで店を開けるところも増えていた。椿さんの働く料理屋が閉まった頃には、すっかり夜になっていた。
店が閉まってから、やけに緊張してきた。店から人が出てくる度、鼓動がはやくなる。急に来て迷惑だったかもしれない……よく考えたら仕事帰りに待ち伏せされていたら怖いのでは……?……大丈夫、謝礼を渡してすぐ帰る。時間を取らせないようにしよう。色々考えている内に緊張で気分が悪くなってきた。何でこんなに緊張してるんだろう……
店から見たことのある人影が出てきた。
「つ、椿さん!」
「……?」
椿さんがこちらを向いた。
「……火吹ちゃん?」
私は椿さんに駆け寄った。
「ど、どうしたの?」
「あ、あの、ごめんなさい突然……」
「よくここがわかったね。」
「はい、妖怪を倒した料理人がいる店を探しました。」
「あぁ……」
椿さんは納得したように笑みを浮かべた。
「椿さんに、どうしてもお礼をしたかったので。椿さんの家で療養させてもらっていたことと、花火大会の件で。」
「花火大会……?俺は何もしてないような……妖怪を倒したのは君の婚約者では……?」
「……あ……私、婚約者なんて言ってました?」
あまり覚えていないが秋実を婚約者として話してしまっていたらしい……その後すぐに婚約を解消したことが少し気まずかった。
「すみません、それは忘れてください。その婚約は解消になりましたので。」
「えぇ!?」
「……?」
椿さんが過剰に驚いたので、私もなにかまずいことを言ったかと身構えた。
「いや、そうなんだ……」
「……あの、こちら受け取ってください。」
私は懐から紙幣の入った包みを取り出した。
椿さんは何故かおそるおそるそれを受け取って中身をあらためた。
「怖い怖い怖い怖い……」
「?」
「な、何この大金……」
「いえ、ちゃんと計算しました。内訳を見ますか?」
私は懐から内訳を書いた紙を取り出した。
「……」
椿さんは無言で紙を受け取った。
「はは。火吹ちゃん、お嬢様だったんだな。食費こんなにかかってないし……」
「え……でも私の家では……」
「俺、庶民だから……」
自分の無知が恥ずかしくなった。
「ご、ごめんなさい!私失礼なこと言いましたよね。無知でごめんなさい本当に。」
「まあ、とにかくこれは返すよ。」
椿さんは紙幣の入った包みを私に返してきた。
「え、受け取ってください……」
「俺の言ったこと覚えてないの?もう十分だって。」
「……?いや、私……何もしてないですよ。」
「……」
椿さんは私から目を逸らして無言のまま胸をさすっている。
「いや本当にいいから。気にしないで。」
「でも……」
私が気にする……私だけが一方的に施しを受けている。
「もう暗いし家までおく……らなくていいか。君なら一人で帰れるか。」
椿さんは歩き出した。
「どうせなら町外れまで一緒に行く?」
私は立ち止まったまま、椿さんを見ていた。
「……火吹ちゃん?」
椿さんがこちらを振り返った。
「……」
「どうしたの?」
椿さんがこちらに戻ってきた。私は下を向いている。
「……?」
……わからない。自分の感情がわからなくなっている。ただ、彼といると、楽しい。彼ともっと、話していたい。このままだと会う理由もなくなってしまう。
「あ、あの椿さん……その、厚かましいんですけど……」
「?」
「私の……友人になって頂けませんか?」
「……え。」
「私……これまで家の人達以外と親しくする機会もほとんどなくて……友人と呼べる人もいなくて……」
「……」
「椿さんが……迷惑じゃなければ……」
椿さんの顔が見れない。
「ははは。」
椿さんの笑い声がして、顔をあげた。
「そんな一大告白みたいに思い詰めなくても。」
そうやって笑う椿さんを見てとても恥ずかしくなった。
「うん。俺でよければ。」
「ほ、本当ですか……?」
「うん。」
「……えへへ。」
椿さんが歩き出したので、それに付いていく。
「じゃあ今度、飲みにでも行く?」
「!はい!行きたいです。私に奢らせてくださいね。」
「んーじゃあ一回ぐらいは甘えようかな。」
何気ない会話をしながら、町外れまで一緒に歩いた。




