婚約解消
花火大会から二日後、火吹家では先日の妖怪騒動について報告が行われていた。
幸い大きな被害はなく、影の中に潜んでいた妖怪を討った秋実の功績が皆に伝えられた。
「多くの者を救った。よくやった、秋実。」
「ありがとうございます。」
私について触れられたのは、影に沈まなかったことと、地上からでは妖怪に手を出せなかったことくらいだった。
「今回の件については以上だ。」
燈玄様の言葉で報告は終わり、広間に集まっていた陰陽師達が次々と出ていく。
私も立ち上がろうとしたところで、秋実の母君が広間へ入ってきた。報告が終わるのを待っていたらしい。
「燈玄様。少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか。」
「何だ。」
「朱理さんと秋実のことで、お話がございます。」
私と秋実は顔を見合わせた。
「……婚約のことです。」
燈玄様は少し黙ったあと、近くにいた者に母上を呼ぶよう命じた。
しばらくして、母上が広間へやって来た。
「朱理。」
私の姿を見つけ、隣に座る。
向かいには秋実と、その母君が座っていた。
「それで、婚約についてとは?」
燈玄様が尋ねる。
「私は、朱理さんと秋実の婚約を解消したいと考えております。」
「……婚約を?」
思わず秋実の母君を見た。
「え。」
……なぜか秋実も驚きの声をあげている。
「先ほどのお話にもありましたが、今回の妖怪を討ったのは秋実です。多くの人を救い、次期当主となる者として十分な働きをしたと思っています。その一方で朱理さんは狒々との戦闘から逃げ出し、ひと月も家を留守にした挙句、先日の花火大会でも秋実が影の妖怪を倒すのをただ待っていたと。」
……戦闘から逃げたと言ったのは私だ。それについて反論する余地はない。
「そもそも朱理さんは妻として嫁ぐ身でありながら家事も満足にできず……先代当主の娘ということで婚約を認めていましたが、陰陽師としての腕にも疑問が残ります。次期当主となる秋実の妻に相応しいとは思えません。」
秋実の母君は一気に捲し立てた。
「朱理の陰陽師としての腕に疑問が残る……本当にそう思っているのですか?」
母上は口を開いた。
「ええ。」
秋実の母君は即答した。……秋実は自分の母親を驚いたように見ている。
「……秋実様は?」
母上は秋実に話を振った。
「……いや……まあ、女の割には頑張っていますよ。」
私は無意識のうちに秋実に冷たい視線を送っていた。
「……そうですか。」
母上はため息まじりに答えた。
「朱理。」
燈玄様に名前を呼ばれ、顔を上げる。
「お前はどうしたい。」
「私、ですか……?」
婚約を解消する……
陰陽師として、次期当主の秋実と結婚し、火吹家を支える。それが私の役目だと。ずっとそう信じて疑わなかった。……ただ、ある時から私の信条は揺らいでいる。私は……
「私は……婚約を解消することに、異存はありません。」
「……は?」
秋実が声を発した。
「朱理、いいのね?」
母上に尋ねられた。
「はい。」
「お前、本気で言ってるのか。」
「はい。」
「母上、何も婚約解消までしなくても……」
「秋実。」
小声で話しかけた秋実を秋実の母君が制止した。
「そうか。」
燈玄様はしばらく考えたあと、私達を見渡した。
「秋実側から婚約解消の申し出があり、朱理にも異存はない。双方で必要な話を済ませた上で、この婚約は解消とする。」
「朱理、本当に良かったのね?」
広間から出た後、母上に尋ねられた。
「はい、母上。」
「……そう。」
母上は少し言いにくそうに言葉を続けた。
「ごめんね、正直なところ、私はこれで良かったと思ってるわ。」
母上の言葉に耳を向ける。
「あなたがいいなら、それでいいと思っていたけど、本当は気にしていたのよ。あなたを守ろうとしない男に娘を嫁がせるなんて……」
思い返せば、母上が私に秋実の話をすることはほとんどなかった。
「私はあなたを守ってくれる人と一緒になって欲しいわ。朱理は強いから、そんな人そうそう見つからないかもしれないけど……」
「そんな人がいればいいですけど。」
一瞬あの人の顔がよぎって恥ずかしくなった。強い人という言葉で連想してしまったのだろう。……何を考えてるんだ私は。
「朱理、無理に陰陽師を続けなくてもいいのよ?」
母上は不安そうな顔で私に言った。
「母上、秋実様との婚約が解消されても、私の本懐は変わらないと思うのです。やっぱり、私は陰陽師の一員として火吹家の役に立ちたい……ただ、少し肩の荷が下りたような気はします。」
「……そう。」
母上の表情は優しくも少し寂しそうだった。




