酒場
花火大会の翌日の夜、俺は町にある酒場に来ていた。戸は閉まっている。既に今日は店を閉めたみたいだ。
俺は裏口の戸を叩いた。
「九!」
少し経つと、戸が開いて中から長身の男が出て来た。
「おー優里。なんだ、久しぶりだな。ひと月半ぶりくらい?」
こいつは蛇男の妖怪、九兵衛。俺と違って一族に属さない野良の妖怪だ。……認めたくないが俺にとって唯一の友人と呼べる存在でもある。強き者が絶対的に偉い妖怪の社会で、俺を畏怖しない変わり者はこいつぐらいだ。
九は俺を店の中に入れてくれた。
「最近来なかったな。忙しかったのか?」
「暇だったよ。店は昼過ぎには閉めてたし。」
「ああ、妖怪の騒動でどこも昼過ぎには終わってたな。こっちは夜が稼ぎ時なのに勘弁して欲しいぜ。」
酒を飲みながらここ最近起きた妖怪の事件について愚痴りあった。
「お前、なんかいつもより飲むの速くないか?」
「そうか?」
「なんかあったのか?」
「……別に。」
「まあ、いいや。久々だしな。飲みたいだけ、飲めばいいよ。」
そう言って九は俺の猪口に酒を注いだ。
かなり酔いが回ってきた。勧められるままに飲みすぎたかもしれない。
「で、このひと月ぐらい何してたんだ?」
「実は……」
狒々の一族を殲滅しに行った時、瀕死の陰陽師を助けたことを話した。
「陰陽師の女を家で療養させてただと?」
「見殺しにもできないだろ。」
「え、まさかお前……」
「花火大会に婚約者と来てた……あーそんなつもりなかったのに、喰らったわ……」
「正気か……?よりにもよって今度は人間って……懲りてないのかお前……」
九のその言葉に答えず、酒を呷った。
「あー、もう飲まない方がいいんじゃないか?」
先程まで俺に酒を勧めてきた九はうってかわってこれ以上飲むのを制止してくる。
「忘れるまで飲む。」
「おいおい、その女のこと忘れる前に自分を忘れるぞ。今敵襲にあったらどうするんだよ。」
「俺がその辺の有象無象に遅れをとるわけないらろ。」
「あーやばいやばい飲ませすぎた。呂律回ってねえじゃん……」
九は出していた酒をしまい始めた。かわりに水を持ってきた。
「……九」
「?」
「俺多分今敵襲にあったら、見境なく殺すわ……」
「あーすごく帰ってほしい。絶対ここに置いておきたくない。」
九は迷惑そうな顔をしている。
「なあ、その女の何処が良かったんだ。」
「……俺の正体を知っていても怖がらないんだよ。それに……」
俺は一拍おいて答えた。
「瀕死の俺を助けてくれた。」
「お前が瀕死になってる想像ができないんだけど。え、瀕死になったの……?」
俺は席から立ち上がった。
「……帰るわ……なんか話さない方がいいことまで話した気がする……」
「……酒代は?」
「払わない。」
「なんで即答なんだよ。せめてツケって言え。」
店の出口に向かって足を進める。
「おい、大丈夫か?」
足取りがおぼつかない俺に九が声をかけた。
「わからん……」
そう言って俺は店を出た。




