花火大会②
俺は大通りの露店でたい焼きを焼いていた。
近頃は夜になると外に出る者はほとんどいなかったというのに、今日は随分と人で溢れている。陰陽師達が警備しているからか、人間が単に祭り好きなのか。ドォンという音に、周りから感嘆の声が漏れた。……花火が始まったようだ。大通りを行き交う人々は皆楽しそうに食べ物を食べたり空を見上げたりしている。……平和で何よりだ。そんなことを考えていると、花火会場の方から悲鳴が聞こえ、ほどなくして人々がこちらへ雪崩のように押し寄せてきた。
「……?」
その場にいた者は皆困惑して、走り去る人々を目で追っていた。
「妖怪だ!!」
そう叫ぶ者がいた。まあこんなに人が集まっていれば妖怪も寄ってくるだろうなあ。そんなことを考えながらたい焼きを焼き続けた。ここまでは妖気もほとんど感じないし、大した妖怪じゃないだろう。陰陽師がなんとかしてくれる。……我ながら随分やさぐれている。何引きずってるんだ俺は。
露店脇に置いていた刀を取り、腰にさした。ここまで大騒ぎになっているのなら、よほどのことが起こっているのだろう。こちらへ向かって走ってくる人の波を避けながら、花火会場の方へ向かった。
しばらく歩くと、地面に真っ暗な影が広がっているのが見えた。影は少しずつこちらに迫ってくる。人間達はこの影から逃げていたのかと腑に落ちる。影の上には、身体が沈んで身動きが取れない人々が大勢いた。俺は影の上に足を乗せる。……上を歩いてみたが普通に歩けた。地面を蹴ってみたが沈みそうにもない。
「……」
こういう術を使う妖怪に心当たりがないか、記憶を探る。……ああ、影……影の妖怪。自分より強い者とは戦わない臆病な……いや、賢い妖怪だ。
ここまで近づいて、ようやく妖気の出元がわかった。その方向へ足を進める。見ると、周りが沈んで身動きが取れない中、歩き回る人影があった。
***
ここの真下から妖気を感じる。妖怪はここにいるはずだが、刀を突き立てても、火術をぶつけても何も反応がない。私は妖気が漂う周辺を歩き回っていた。
「肝がすわってるなあ。この状況で沈んでないなんて。」
聞いたことのある声がした。声の方へ振り返る。
「つ、椿さん!」
椿さんならこの妖術について何か知っているかもしれない。そう思ったせいか、少し声が弾んだ。
「この影に引き込まれる条件は、恐怖だ。」
「……恐怖?」
「うん。妖怪自身は影に隠れて、恐怖を感じた者が落ちてくるのを待ってる。」
「影に隠れてる本体には、どうやって近づけば……?」
「……恐怖を感じて、沈むしかない。……俺は無理だな。こんな微弱な妖気にどうやったら恐怖できるんだ……」
同感だ……これに恐怖しろとは無理がある。
……私はある考えを思いついた。
「椿さん……!」
「?」
「私を怖がらせてください!」
椿さんならきっと誰かを怖がらせるのは慣れていそうだ。
「……うーん」
椿さんは、少し悩んだあと、こちらを見つめてきた。
「……?」
「ちょっと睨んでみたけどどうかな。顔が怖いって評判だから。」
普段と何も変わらないとはとても本人には言えない。
「……ふふっ」
思わず吹き出してしまった。
「……いや笑ってるんだけど。」
「椿さん、真面目にやってください。」
「いやあ……怖がらせるっていっても……」
周囲では、助けを求める人々が少しずつ影に沈んでいた。
恐怖という感情を抱くことがこんなに難しいとは思わなかった。本体を見ることさえできればどうとでもなるのだが……
「……椿さん、本体の妖怪は強くないんですよね?」
「うん。」
「秋実様なら……」
先ほど置き去りにしてきた彼の顔が思い浮かんだ。
「私の婚約者が、さっき膝ぐらいまでは沈んでいたので、そのまま沈んでもらえれば……」
「……婚約者?」
「はい。あの人も陰陽師なので、姿さえ捉えられれば、問題なく倒せると思います。」
そう言い残して、私は置いてきた秋実の方へ向かった。見ると秋実はもう肩まで影に浸かっていた。
「朱理!お前、どこ行ってたんだ!」
相手が秋実とはいえ、こんな方法は少し心が痛むが……
「……申し訳ありません、秋実様……だめです……もうどうすることもできません……」
「!?」
そう言った瞬間、秋実が沈む速度が上がった。
「影の中で妖怪を倒すことができたら助かるかもしれません!」
影の中に完全に引き込まれる前に、私はそう声をかけた。




