呉服の間
「兼津さん、いらしたんですね。装束の修繕ならできていますよ。」
俺は鎌鼬に肩を斬られて修繕を頼んでいた陰陽師の装束を、呉服の間に取りに来ていた。この場所では陰陽師の装備一式の準備や手入れ、修復も行ってくれている。
「どうぞ。」
「ああ。ありがとう、助かるよ。」
俺は茜から装束を受け取った。
彼女も火吹家の血を引いており、霊力を扱う能力はあるが、今は戦闘には出ていない。
「最近、よく夜警に出ていますね。前はあんなに嫌がっていたのに、随分頼もしくなりましたね。」
「うん。俺もそう思う。」
「……あなたのこと、褒めない方が良いのを忘れてました。すぐ調子に乗るんだから。」
茜は呆れたように言った。頑張りは素直に褒めてほしい。
「……そういえば兼津さん、最近よく朱理様と一緒にいますよね。」
「え?」
「いえ、別に、ただそう思っただけです。夜警にもよく一緒に出られているのでしょう。」
「確かに。そろそろちょっと甘え過ぎかもしれないな。」
「そうですよ。甘やかしすぎですよ。前当主の娘だからって。」
「……ん?」
「どうせ足を引っ張るだけなのに戦場に出て、怖くなったら結局ひと月も逃げるような人なんでしょう。」
「……茜、一体誰の話をしてる?」
「朱理様ですよ。」
「今のが……朱理様の話?」
「はい。」
「さすがに口が悪すぎるぞ……というか、事実と違いすぎてる。なんでそんな風に思ったんだ。」
「ひと月逃げていたのは事実でしょう。大した戦果も聞いたことはないですし。」
「も、もしかして。」
辺りを見回した。まさか他の非戦闘員達も朱理様のことをそんな風に見ているなんてことは……
「お前だけだよな。朱理様のことをそう思ってるの。」
「他の方にも聞いてみたらどうですか。」
「茜、言っておくが朱理様は多分、火吹家で一番強いぞ。」
「は?」
茜は何言ってるんだこいつとでも言いたげだ。
「あの人、殆どここに来たことないんですよ。装束の綺麗なこと。大層大事に使って頂いているようで涙が出そうです。」
「それは本当に大事に使ってらっしゃるだけだぞ……」
朱理様はそもそも戦闘で敵の攻撃を殆ど受けないし、装束についた返り血を、血だけ焼くなんていう、謎の高等霊力操作を行っている。
「朱理様を誤解し過ぎてる。俺達みたいな下っ端の戦闘員にも優しいし、強いし、本当……高嶺の花みたいな人だぞ。」
「羨ましい限りです。少し顔がいいからって、こうやって簡単にちやほやされるんですから。」
茜は大層機嫌が悪そうに奥に引っ込んでいった。
「なんなんだあいつは……」
茜とすれ違いで、奥から出てきた女性に声をかけられた。
「よかったの?引き留めなくて。」
「綾様……いや、いいです。」
呉服の間を取り仕切っている、秋実様の母君だ。
「あの……さっきの話、聞こえていましたか。」
「ええ、少し。」
「朱理様って、そんなに悪く思われてるのでしょうか。」
「まあ、あの子ほど極端ではないでしょうけど、よく思っていない人は多いでしょうね。ひと月逃げたのは事実なわけだし。」
「……」
どうしてここで俺は即座に否定できないのか。下っ端の俺が、秋実様の母君に向かって、あの報告が間違っているなどと言えるわけもなかった。
「あの……でも、これだけは本当に信じて欲しいのですが。」
「何かしら。」
「俺なんかが言うのもおこがましいですが、朱理様はとても優秀な陰陽師ですよ。」
「ふふ、随分彼女を買ってらっしゃるのね。」
綾様は冷ややかに笑った。
「私としても、朱理さんには陰陽師としての戦果をあげて貰えれば嬉しい限りだわ。次期当主の秋実の婚約者としてね。」
そう言って綾様は仕事に戻って行った。
陰陽師達の中に、女性である朱理様の強さを煙たがっている者がいるのも事実だが、その波紋が非戦闘員達にこれほど悪く伝わっているとは。
朱理様の強さについてなら、いくらでも言える。
それなのに、狒々討伐の日のことだけは口にできない自分が嫌になった。




