夜警
昼間、私を夜警に誘った兼津という陰陽師と夜の町を歩いていた。椿さんが夜警を始めてから、人的被害は聞かなくなったが、妖怪の出没はまだ続いているようだ。
「妖怪がいたら、まずはあなたが対処してください。」
「は、はい!」
私も病み上がりで実戦への不安はあったが、隣にいる兼津の方がよほど弱腰だったので、自然と冷静になれた。
私たちが歩いていた大通りの脇には、建物と建物の間を抜ける細い路地がある。
背後、先ほど通り過ぎた路地の方から妖怪の気配が近づいてくる。兼津が気づいている様子はない。
「目の前だけでなく、後ろにも気を配ってくださいね。」
「はい。」
私が小声で呟くと、兼津も小さく頷いた。そして足を止めた。少し間を置いた後、勢いよく後ろを振り返った。……挙動不審にしか見えない。
「朱理様……」
ひとまず妖怪の存在には気づいてくれただろうか。
「それってつまり、後ろにいるってことですか!?」
気付いてなかったらしい。
「いえ、そういうわけでは……」
私が言い切る前に兼津は腰に差していた刀を掴んだ。
「いや……朱理様!います!いました!!」
「何人いますか?」
「一人です!」
「いえ、三人ですね……」
私も足を止め、来た道を振り返った。妖気は先ほどの路地の奥から漂っている。路地の暗闇から妖気が膨れ上がる。私は咄嗟に札を路地に投げつけた。札が空中で何かに触れ、燃え上がる。
「な、何?……」
困惑している兼津の腕を掴み、路地の正面から外れるよう建物の壁際へ引き寄せた。
直後、路地から突風が吹き抜ける。退避しきる寸前、その端が兼津の右肩を掠めた。
「痛っ!」
兼津が声をあげた。
「大丈夫ですか!?」
右肩の服が切り裂かれ、刃物で切られたような傷ができている。
「だ、大丈夫です。」
「突風を起こして対象を切り裂く妖術を使うみたいですね。間合いを詰めるのは難しそうです。火術で応戦しましょう。」
「はい……!」
兼津は路地の入り口へ右手をのばし、人差し指と中指を向けた。
頭上から妖怪の気配がする。さらに、私たちが身を寄せている建物の反対側からも妖気を感じた。
一体は先ほどの路地、もう一体は屋根の上、最後の一体は後方。兼津は気づいているだろうか……
「じゅ、朱理様。」
兼津は術の構えをとったまま、私に話しかけてきた。
「屋根の上と、後方……囲まれていますよね……?」
「!……はい。後方からの風刃に注意して、目の前に集中してください。上は私が対応します。」
「はい!」
先ほどの路地から妖怪が姿を見せた。
人の形をしているが、背は低く、手足が異様に細長い。顔立ちは鼬に似ていて、両手の爪だけが鎌のように大きく湾曲している。鎌鼬の妖怪だ。
兼津は姿を確認すると同時に術を発動させた。指先に浮かんだ円形の紋様から火の玉が放たれ、鎌鼬に命中する。
「よし……!」
頭上と後方で妖気が膨れ上がる。私は頭上から迫る風刃に札を投げた。札が風刃の妖気に触れて燃え上がり、風刃をかき消した。そのまま建物を駆け上る。
屋根の上の鎌鼬が爪を振るうより先に距離を詰め、首をはねる。
屋根の上から下の様子を確認する。後方に回っていた鎌鼬も炎に包まれ倒れている。兼津も上手く火術を当てたようだ。
「朱理様!」
兼津が私を見上げている。自分の方は片付きました、と言いたいのだろう。だが、最初に火術を受けた鎌鼬にはまだ息があるようだ。どう対処するか様子を見ることにした。
私が建物から降りると、鎌鼬が突然背を向けて走り出した。
「!あいつまだ……」
兼津はすぐに火術を放ったが鎌鼬には届かない。
私は逃亡する鎌鼬を見つめた。瞳が一際朱く染まる。
“朱炎の目”
視界にとらえた鎌鼬から火の手があがり、そのまま動かなくなった。
「次はしっかり仕留めたかどうか、確認する必要がありそうですね。」
「朱理様……申し訳ありません……」
「いえ……十分に戦果を上げてくださったと思います。」
「いえ、朱理様がいてくださったおかげです。」
「えっと……」
そんなことを言われた経験がなく、気恥ずかしいやらで返答に困った。
「さっきの術、秋実様がよく使っているのと同じですよね。」
「そうですね。あまり使いたくなかったのですが、あなたを置いて追いかけるわけにもいきませんし……」
「使いたくないんですか?」
「私の霊力では二、三発撃つのが限界ですから。」
「あぁ……そうなんですね。私も使ってみたいと思っていたのですが……」
兼津は残念そうにため息をついた。
「使えるに越したことはないと思います。……よければ教えますよ。」
「本当ですか!是非お願いします!」
私たちは再び辺りを警戒しながら、夜の町を歩き始めた。




