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アルケミストのアロンは母さんを探す旅に出る!  作者: 一雲一人


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第9話 『戦場に舞い降りた、小さな奇跡』

「空を……走ってる……!」

夕日を浴びて真っ赤に輝くスクーターが、草原の上空を静かに進んでいく。

四つの風のプロペラが規則正しく澄んだ旋風を巻き上げ、車体を滞りなく空中へと押し上げていた。

それはまるで――。

空に憧れ続けた小さな旅人に贈られた、新しい機械の翼だった。

アロンはしばらくの間、風を切る独特の浮遊感に身を委ねていた。

地上を泥臭く走っていたときとは、目に入る世界がまるで違った。

どこまでも連なる緑の草原。その先に深く広がる深い森。

そして、地平線の彼方へ沈もうとしている巨大な夕日。

「……すごい」

思わず、感嘆の声が漏れる。

やがてアロンは、地上から数メートルほどの高度でスクーターをホバリングさせた。

風に髪をなびかせながら、茜色に染まる西の空を見つめる。

胸の奥から、じんわりと温かい熱いものが込み上げてきた。

本当に、自分は空を飛んでいるんだ。

あれほど強く憧れていた空を、自分の手で作った翼で駆け抜けている。

「母さん……」

ふと、胸の奥で温めていた母の面影が浮かぶ。

風の魔法をまとった一本の箒に乗り、東の空へ飛んでいった母。

あの日、自分もいつかあの空へ行ってみたいと切望した。

そして今――。

その夢は、想像もしなかったこんな形で結実している。

そのときだった。

一羽の鳥が黄金色の輝きをまとって、アロンのすぐ横をすれ違うように悠々と羽ばたいていった。

「鳥か……」

アロンはその小さな背中を静かに目で追う。

鳥は翼をいっぱいに広げ、夕焼けのグラデーションの中をどこまでも自由に進んでいく。

「……あいつも、どこか遠くへ行くのかな」

やがて鳥の影は、茜色の空の向こうへと溶けて消えた。

アロンは正面を見据え、口元をギュッと引き締める。

「僕も……行かなきゃ」

目的地は東。

母さんがいる、あの場所へ。

アクセルグリップを力強くひねり込んだ。

――ブゥゥゥンッ!

赤い機体が風を切り、急加速する。

夕闇の迫る東の空へ向かって、赤い翼は一筋の光となって駆け抜けていった。

   ――――――――――――――

――そして、夜が明けた。

朝焼けの空を、赤いスクーターが緩やかに飛翔していた。

東から昇る初天の光を正面から浴び、赤い機体が黄金色の後光をまとって輝いている。

――ブゥゥゥ……。

四つの風のプロペラは、変わらぬ規則正しさで力強く回転を続けていた。

アロンは眼下に広がる壮大なパノラマを見下ろす。

足元には、目が眩むような深い断崖の谷。

そしてその向こうには――雲を突くようにどこまでも連なる巨大な山脈が聳え立っていた。

「すごい……」

思わず息を呑んだ。

歩きや従来の乗り物なら、迂回して何日もかけて越えなければならなかった険しい山々。

それを今、自分は空から見下ろし、一直線に越えようとしている。

「本当に……飛んでるんだ」

頬を叩く冷涼な朝風が、最高に気持ちよかった。

だが、アロンの視線はすぐに山脈を超えた前方の平原へと向けられた。

その先――。

遥か遠くに広がる平原の只中に、小さく何かが見え始めていた。

白い天幕の群れ。無数にひしめく荷馬車。

そして、あちこちの点からゆらゆらと立ち上る細い煙。

「あれは……」

アロンの胸がドクンと高鳴る。

「……母さんがいる場所?」

目を凝らし、視界を集中させる。

間違いない。そこには巨大な軍の拠点が広がっていた。

「母さん……!」

アロンは興奮のまま、さらにアクセルを深くひねり込んだ。

   ――――――――――――――

その頃――。

戦場から少し離れた街道沿いの拠点に、一羽の光の伝書鳩が静かに降り立った。

「ラーテル殿! エドワード様からの鳩です!」

「私に?」

ラーテルは駆け寄った兵士から、鳩の足に結びつけられた小さな羊皮紙を受け取った。

紙を広げた瞬間――彼女の表情が凍りついた。

『お前の予想通りじゃ。

 あの小僧、赤い魔導二輪を直して東へ向かった。

 ――エドワード』

「……え」

しばらくの間、ラーテルは言葉を失い、固まっていた。

やがて――。

鳩は煙の如く消えた。

「……ふふっ」

ぽつりと、小さな笑みがこぼれる。

「あの子……本当に追って来ちゃったのね」

呆れたような、けれど隠しきれない愛おしさが混ざった声だった。

だが、次の瞬間。

彼女の脳内で何かが繋がり、顔色が一変した。

「……待って」

ラーテルは握りつぶしそうな勢いで羊皮紙を握りしめる。

「あの子……どこを通ってくるつもり!?」

恐ろしい可能性に気づき、勢いよく椅子を蹴って立ち上がった。

「まさか……街道を真っ直ぐ進んでくるんじゃ……!」

この地方の正規街道は、東の要塞へ向かう途中で山を大きく迂回している。

そしてその迂回路の先にあるのは――現在まさに敵味方が入り乱れて激戦を繰り広げている最前線地帯だった。

「……あの馬鹿息子!」

ラーテルの顔から血の気が引いていく。

「普通に街道を飛んできたら、戦場の真っ只中に突っ込むことになるじゃないの!」

「ラーテル殿!?」

驚く周囲の兵士たちを置き去りにし、ラーテルはすでに幕舎の外へ飛び出していた。

「私、迎えに行ってくる!」

「えっ!? しかし前線は――」

「絶対に、あの子を戦場に近づけちゃ駄目!!」

荒々しい風が巻き起こる。

ラーテルは全身に強力な風魔法を纏うと、弾かれたように前線の街道に向かって空へ飛び出していった。

   ――――――――――――――

――ところが。

その頃、アロンはすでに「空を一直線に飛ぶ」ことで難なく山脈を跨ぎ越し、迂回路である街道など完全にスルーしていた。

「見えた……!」

眼下に迫る軍の拠点の全貌。無数の天幕と、中央に聳える砦。

「もうすぐだ……!」

アロンの顔が歓喜に輝く。

「母さんっ!」

そして夕暮れが近づく頃。

ラーテルは激戦が続く危険な街道の真ん中に降り立ち、焦燥に駆られながら道が切れる地平線を見上げていた。

「……遅いわね……」

冷たい風が吹き抜ける。

しかし、いくら待っても赤いスクーターの姿は現れない。

「まさか……途中で撃たれた……!? それとも道を間違えたの!?」

ラーテルは生きた心地がしないまま、狂おしい心地で街道の先を睨みつけていた。

だが――。

その頃、当のアロンは。

「到着だーーーーっ!」

すでに要塞拠点の中央広場へ、空から一直線にダイブしていた。

――ズンッ!

四つのプロペラが逆噴射の風を巻き上げ、赤いスクーターが大地へと着地する。

「……え?」

着地した途端、アロンは周囲の異様な空気に息を呑んだ。

鼻をついたのは、焦げた土の異臭、重く漂う鉄のような生臭い血の匂い。

そして――。

倒れた兵士達の姿だった。



つづく

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