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アルケミストのアロンは母さんを探す旅に出る!  作者: 一雲一人


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8/20

第8話 『赤いスクーター、空を走る』

朝の草原を、赤いスクーターが軽快に駆け抜けていく。

――スイーッ。

「わぁ……!」

思わず、感動の声が漏れた。

以前のような、トコトコと頼りなく身を震わせる走りではない。

強化した制御盤のおかげで魔力の流れは劇的に安定し、アトミック・ウォーターの膨大なエネルギーをしっかりと受け止めている。補強したフレームは軋みひとつ立てず、改良したスプリングコイルが路面の凹凸を滑らかに吸収していく。

「すごい……」

僕はそっとハンドルを撫でた。

「なんだか、完全に別の乗り物だ」

頬を撫でる風が心地いい。東の空はどこまでも澄み渡り、どこまでも青かった。

……でも。

僕の頭の片隅には、ずっと消えない引っかかりがあった。

アトミック・ウォーター。

あのとき、ほんの数滴混ぜただけで、スクーターは跳ね上がるようなパワーを手に入れた。

小高い丘を降りた辺りにあった休息所に立ち寄った。

外のベンチに腰を下ろして、そこで買った串団子を頬張りながら考えていた。

もし――。

もしも、あの強力なエネルギーを制御盤に通さず、直接開放したら……?

一体、どれほどの力になるんだろう。

「……ちょっとだけ」

そこを出発してしばらく走り、スクーターを止め、スタンドを立てた。

「本当に、ちょっと試すだけだから」

誰に言い訳するでもなく自分に言い聞かせながら、荷物袋の奥へと手を伸ばす。

そのとき、エドワードじいさんの偏屈な顔と、あの言葉が脳裏をよぎった。

――力だけを上げても意味はないぞぃ。

「……でも」

僕は小さく笑った。

父さん譲りの抑えきれない探究心は、そう簡単には止まってくれなかった。

   ――――――――――――――

その頃――。

ダースミ村の爺さんの家の屋根の上で、エドワードは戦地へ向けて光魔法の伝書鳩を放っていた。

疑似的に作り出された光の鳩の足には、小さな羊皮紙が結びつけられている。

乱暴な筆跡で、こう記されていた。

『ラーテルへ

赤い鉄の馬に乗った小僧が、そちらへ向かったぞぃ。

……手紙は渡したそうじゃ。

エドワード』

伝書鳩は光の尾を引いて東の空へ飛び去っていく。

エドワードはそれを見送りながら、ふっと煙管の紫煙をくゆらせた。

「……あやつ、無茶をせんといいがのぉ」

   ――――――――――――――

僕は親指の先ほどの小さな魔導シリンダーを組み込み、ピンポン玉ほどの薄い金属球を作り上げた。

その中には重水素を入れる。

それを、まだ不慣れな風魔法でそっと操作し、草原の上空へと押し出す。

金属球はふらふらと頼りなく揺れながら、少しずつ距離をとっていく。

「よし……」

息を呑みながら、その行方を見つめた。

しばらくして――。

はるか遠くの空で、小さな青白い光が弾けた。

次の瞬間。

――閃光。

そして遅れてやってくる――。

――ドゴォォォンッ!

地平線の山裾から、目を見張るような巨大な土煙が立ち上った。

煙は凄まじい勢いで高く、高く舞い上がり、一瞬にして青空を灰色に染めていく。

「……え?」

直後、猛烈な熱風の塊がはるか彼方から押し寄せてきた。

空気を激しく振動させながら、僕のいる場所まで一気に駆け抜ける。

一面の草が一斉となぎ倒され、赤いスクーターが吹き飛ばされそうに大きく傾いた。

「うわっ!?」

僕の身体まで浮き上がりかける。慌てて倒れかけるスクーターのハンドルにしがみついた。

「……つ……っ!?」

熱い。

頬を撫でたのは風ではなく、まるで炎の吐息だった。

見上げると、さっきまで青々としていた遠くの草原から黒煙が上がり、真っ黒に焼け焦げている。

スーッと顔から血の気が引いていくのが分かった。

「ぼ、僕……今……何を……」

自分の生み出した発明が秘める、あまりに無邪気で恐ろしい暴力を、僕は初めて思い知った。

エドワードじいさんの厳格な声が、脳裏に強く蘇る。

――真の発明とは、その力を完全に制御できてこそ完成するものだ。

僕は、恐怖に震える自分の手を強く握りしめた。

「……駄目だ」

「こんなもの……ちゃんと扱えるようにならないと……!」

遠くで揺らめく黒煙を見つめながら、僕は消え入りそうな声で呟いた。

そして、草むらで回復薬の作り飲み干しながら言った。

「母さん……」

「僕、まだ全然だ……」

   ――――――――――――――

夕暮れの草原。

僕は静かに、茜色に染まる空を見上げていた。

母さんが旅にでた、あの日の夕空と同じ色。

風の魔法をまとった一本の箒に乗って、母さんは東の空へと飛んでいった。

背中を夕日に照らされたその姿は、子供心にとても格好良く感じた。

……僕には、母さんのような高度な風魔法はまだ使えない。

箒に乗って空を飛ぶなんて、今の僕には絶対に無理だ。

でも――。

「……母さんみたいに」

ぽつりと、言葉がこぼれ落ちた。

「僕も……空を飛べたらなぁ」

そのときだった。

僕の視線が、ポツンと佇む赤いスクーターに留まる。

これだけのエネルギーと推進力があるのなら……。

「……わざわざタイヤで地面を走る必要、あるのかな?」

頭の中で、バラバラだったパーツが急激に繋がり始めた。

そういえば――実家の物置にあった、あの古い扇風機。

羽がぐるぐると回転して、前方に強い風を起こしていた。

もし、あれを下に向けて配置したら……?

「……浮ける?」

胸が、どくんと大きく高鳴った。

母さんのように空を飛ぶ。

だが、箒に乗る必要はない。僕には僕の、機械と魔導のやり方がある。

「……浮けるかもしれない!」

僕は慌てて周りを見回すと、近くに落ちていた太い木の枝を拾い上げた。

枝にそっと手をかざすと、淡い魔導の光が走り、木肌がみるみる削られていく。

やがて現れたのは、滑らかな曲面を持つ四枚羽の木製プロペラだった。

「できた……!」

勢いよく工具袋を地面にひっくり返す。

そこから始まったのは――僕のいつもの悪い癖。

理性を置き去りにした、没頭の実験だった。

最初は、大きなプロペラを中央に一枚だけ取り付けてみた。

「これなら一気に持ち上がるかな……?」

――ボフッ!

身体が回転し投げ出され、強烈な風圧でスクーターは大きく前につんのめり、そのまま横転した。

「いてて……」

次は、前と後ろに二枚。

――ブォォォッ!

今度は後部だけが跳ね上がり、車体が前転しそうになる。

「バランスが……違うかぁ」

ならば、三枚。

左右と後ろに取り付けてみる。

――ぐるぐるぐるっ!

「うわわわっ!?」

スクーターは独楽(こま)のように激しく回転しながら、草むらへ突っ込んだ。

投げ出された僕は、草まみれになりながら天を仰ぐ。

「うぅ……難しい……」

夕日が少しずつ傾き、影が長く伸びていく。

けれど、不思議と諦める気なんて起きなかった。

「あと少し……何かが足りないんだ……」

「今度は四つだ!」

前後、そして左右。

四つのプロペラで互いの回転力を打ち消し合い、均等な揚力を生み出せばいいんだ。

「できた……!」

僕は再び木を削り、ミリ単位の精度で新しいプロペラを組み立てていった。

それから、三日三晩。

僕は寝食も忘れて車体の制御陣を書き換え、プロペラの角度を微調整し続けた。

そして――試行錯誤の25回目。

茜色に染まる夕暮れの草原で。

赤いスクーターが、静かに地面を離れた。

車体の前後左右から伸びた四つのプロペラが、澄んだ風切り音とともに滑らかに回っている。

「……浮いてる」

息を呑んだ。

恐る恐る、アクセルグリップをわずかにひねる。

――スゥ……。

赤いスクーターが、地面から十センチ、三十センチ、一メートル……と、ゆっくり垂直に浮かび上がっていく。

僕が身体をわずかに前に傾けると、車体もそれに応えるように滑らかに前方へ進み始めた。

「できた……」

僕は目を見開いた。




つづく

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