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アルケミストのアロンは母さんを探す旅に出る!  作者: 一雲一人


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第7話 『残された青い小瓶と親子の絆』

「追伸か……!」

僕は手紙の最下部に刻まれた、少し小さくも力強い母さんの筆跡を見つめた。

«夜更かしは絶対禁止。

野菜も残さずちゃんと食べる事。

……それと。

お父さんも無事だから、大丈夫です。

大好きよ、アロン。

あなたの母より。

ラーテル

「……っ」

胸の奥に詰まっていた大きな固まりが、すうっと溶けていくような気がした。

「待っててね……母さん、父さん!」

僕は手紙を大切に胸ポケットへと仕舞い込むと、朝陽に向かって力強くスクーターのアクセルをひねった。


それから、半月後のこと――ダースミ村。

「……おおっ!?」

村の入り口で農作業をしていた老人が、擦り切れた街道の向こうを見つめて目を丸くした。

「お前さん……生きておったか!」

「はは……なんとか無事に帰ってこられましたよ」

泥と煤にまみれた革鎧を着た負傷兵は、照れくさそうに頭をかいた。

「ええ。運が良かっただけですよ、じいさん」

「ほっほっほ。理由はどうあれ、生きて帰れたならそれだけで十分じゃ」

エドワードは負傷兵の顔色と足元を検分するように観察すると、ふっと目元を細めた。

「立ち話もなんじゃ。まあ、中に入れ」

「すみません、お邪魔します」

二人はエドワードの家に入った。

雑然と魔導具や羊皮紙が並ぶ部屋で、エドワードは慣れた手つきで鉄の薬缶に火をかける。

「今、茶を淹れてやる。戦場帰りには、熱い茶が一番効くからの」

やがて、芳醇な湯気が立ち上る茶がふたつ、木製の机の上に並べられた。

負傷兵は湯飲みを両手で包み込むように持ち、深く息を吐き出した。

「……やっぱり、故郷の茶は落ち着きますね」

「ほっほっほ。そうじゃろう」

しばらくの間、静かで温かい時間が流れた。

やがて負傷兵が、湯飲みを見つめたまま思い出したように口を開く。

「そういえば……故郷へ向かう街道の途中で、不思議な子供に会いましてね」

エドワードの眉が、ぴくりと跳ね上がった。

「ほう?」

「赤い鉄の馬に乗った、黒髪のハーフエルフの男の子でした」

「……なんじゃと?」

「しかも、妙によく効く傷薬まで分けてもらいましてな」

「傷薬……?」

「ええ。おかげで、こうして自分の足で歩いて帰ってこられました」

エドワードは煙管(キセル)を持つ手をぴたりと止めた。

「……まさかあやつ、そこまでのものまで……」

エドワードは煙管を置くと、おかわりのお湯を沸かそうとガラスの棚へ向かった。

その時だった。

「ん……?」

茶筒の隣に、見たことのない小さな青いガラス瓶が何本も行儀よく並んでいる。

「あれは……?」

負傷兵も視線でそれを追った。

瓶の手前には、折りたたまれた一枚の紙切れが置かれていた。

少し幼くも丁寧な字で、こう書かれている。

『じいさんへ

また変な実験をして怪我したら飲んでね!

アロン』

「……これ」

エドワードは紙を手に取ると、呆れたように苦笑した。

「出発する朝、ワシに内緒で勝手に置いていきおった」

「……あの子がですか?」

「うむ。『じいさんはすぐ無茶をするから心配なんだ』じゃと」

そう言って、エドワードは目尻を下げて小さく笑った。

負傷兵も思わず温かい笑みをこぼす。

「……あの子らしいや」

そして、棚に並ぶ美しい青い小瓶を見つめた。

「じいさん……もしよければ、その薬をもう一本いただけませんか? まだ少し、傷口の奥が痛むんです」

「構わんよ。持ってけ」

エドワードはにやりと口元を歪めた。

「なにせ、あの小僧からは“研究費”をたんまり貰ったからのぉ」

「……研究費?」

「ほっほっほ。気にすることはない」

負傷兵は感謝しながら青い小瓶を手に取ると、静かに木栓を抜いた。

そして、一気に喉へ流し込む。

次の瞬間――。

温かく爽やかな緑色の光が、負傷兵の全身を包み込んだ。

「……っ!?」

足の奥にくすぶっていた鈍い痛みが、まるで嘘のように引いていく。

引きつっていた皮膚の熱が引いて、体の底からエネルギーが湧き上がってくるのが分かった。

負傷兵は弾かれたように立ち上がった。

一歩。

二歩。

そして、その場で力強く飛び跳ねてみる。

「……痛くない。痛みが、完全に消えている……!」

信じられないものを見る目で、己の両手と足を見つめる。

「完治……している……!? なんだこの薬は……!?」

エドワードもまた、目を丸くしてその光景を見つめていた。

やがて、大きなため息をつく。

「……あの馬鹿者め」

「じいさん?」

負傷兵が首を傾げると、エドワードは青い小瓶を見つめたまま、呆れと感嘆の混ざった声で呟いた。

「これほどの『高純度ポーション』まで錬金しておったとは……またとんでもないものを作りおって」

負傷兵はしばらく絶句していた。

そして、ぽつりと問いかける。

「……あの子、一体何者なんです?」

その問いに、エドワードは再び煙管に火をつけ、紫煙をくゆらせながら答えた。

「さあのう……」

しばらく遠い東の空を見つめ、それからニヤリと笑う。

「もしかしたら……将来、歴史に名を残す『伝説のアルケミスト』になるのかもしれんのぉ」

「……アルケミスト?」

「ほっほっほ。まあ今はまだ、ただ母親に会いたくて必死に走っておるだけの小僧じゃよ」

そして、エドワードはふと思い出したように尋ねた。

「そういえば、どうしてお前さんは、あの小僧がアロンだと一目で分かったんじゃ?」

「ああ……それは、戦場でエルフのお母さんに頼まれていたんです」

「ほう?」

負傷兵は、どこか懐かしそうに目を細めた。

「彼女は、さらに危険な東の戦地へ向かう前に言っていたんですよ」

あの日の戦場で交わした言葉を反芻するように、負傷兵はゆっくりと語り始めた。

「『もし私が予定通りに帰れなかったら、あの子はきっと私を探しに来ます』――と」

「『徒歩で走ってくるかもしれません』」

「『でも……もしかしたらあの子なら、庭に転がっていたあの赤い魔導二輪を直して乗ってくるかもしれません』」

「『黒い髪をした、ハーフエルフの男の子です』」

「『耳が少し長くて……誰よりも優しい子です』」

「『もし途中で出会ったら、この手紙を渡してください』……と」

話し終えると、部屋の中にしんと静寂が訪れた。

エドワードはしばらく黙ったまま、ゆらゆらと立ち上る煙の行方を見つめていた。

やがて――。

「……ふっ」

「じいさん?」

「ほっほっほっ! ハハハハ!」

肩を揺らしながら、エドワードが大声で笑い出した。

「まったく……」

そして、どこか嬉しそうに天井を見上げる。

「どこまでも親子じゃのう……」

「え?」

「母親のほうも、あの小僧に負けず劣らず『とんでもない変わり者』じゃということじゃよ!」

負傷兵が首を傾げると、エドワードはニヤリと笑った。

「じゃがのう……あの親子なら、どんな困難があろうと必ずまた会える」

エドワードはそう呟くと、静かに煙管を置いた。

「ワシには、そんな気がしてならんわい」





(つづく)

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