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アルケミストのアロンは母さんを探す旅に出る!  作者: 一雲一人


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第3話 『魔導スクーター、始動』

手作りの新合金(銀赤)シリンダーを慎重に組み込み、スクーターの外装カウルをネジで一本ずつ締め直していく。

これでバイクの「形」は完全に取り戻した。

だけど、まだこの子は走れない。

心臓をいくら完璧に直したところで、動かすための『燃料』と、金属摩擦からエンジンを守る『オイル』が一滴も残っていないからだ。

「普通の魔導液なんて、この村には売ってないし……」

僕は腕を組み、うーんと首を傾げた。

そのとき、父さんと作業場で交わした言葉が頭をよぎる。

――『魔導機関ってのはな、本質的には分解と爆発のサイクルなんだ。原理さえ理解すれば、燃料なんてそこら中にある』

「あ、そうだ――!」

僕はポンと手を叩き、ガレージの外へ飛び出した。

向かったのは、敷地のすぐ脇を流れる澄んだ小川。

バケツいっぱいに汲み上げた水を両手で抱え、ガレージへと大急ぎで戻ってくる。

「この水を使えばいいんだ」

僕は土間にバケツを置き、水面に両手を静かにかざした。

物質の構成を見極めることだけは誰よりも得意だった。

「――『分離』」

静かに魔力を流し込むと、水の中に溶け込んでいた微細な泥粒子やカルキ、不純物が青い光とともに次々と弾き出されていく。

やがて、バケツの中には完璧に純化された、澄み切った透明な水だけが残った。

「よし、錬金術で完全な水にした!」

「そのままタンクへ……それっ!」

ドボドボドボ……。

水を空っぽの燃料タンクへ一気に流し込む。

これで燃料は満タンだ。

僕が作ったあの銀赤の結晶シリンダーなら、この水を瞬時に電気分解し、水素と酸素を取り出して最適な比率で爆発エネルギーに変換できる。

「あとは……潤滑油(オイル)だね」

さすがに、油分は川の水や大気から搾り出せない。

僕は再びガレージを飛び出し、敷地の裏手に聳え立つ一本の大きなアブラヤシの木へ駆け寄った。

ゴツゴツとした幹にそっと両手を当てる。

木を傷つけないよう、内部を循環する高濃度の油分だけを錬金術の感覚で探り当て、ゆっくりと絞り出していく。

じわっ……。

やがて、重ねた手のひらにドロリとした濃緑色の樹液が溜まっていった。

普通なら、こんな生の樹液をそのままエンジンに入れれば、一発で粘着して焼き付いてしまうだろう。

だけど、ここで僕の持てるすべて――エルフと人族の血の混ざり合いが生んだ『錬金魔力』の出番だった。

僕は樹液を両手で包み込み、深く息を吐きながら魔力を流し込む。

頭の中で不純物と水分を綺麗に『分離』し、滑らかな潤滑性能を持つ分子だけを均一に『再構成』していく。

バチバチッ!

手のひらで青白い火花が弾けた。

すると、どろどろとした緑色だった樹液は、まるでハチミツのような透明感と照りを持つ、美しい黄金色の魔導オイルへと姿を変えていた。

「よし、完璧。これで全部揃った!」

僕はガレージへ戻り、黄金色のオイルをオイルタンクへと慎重に注ぎ込んだ。

燃料、よし。

オイル、よし。

魔導回路、よし。

結晶シリンダーも、完璧に馴染んでいる。

すべての準備が整った。

僕は錆びの残るボディーの少し裂けたシートに跨がり、内側に少しカーブしたハンドルを強く握り締めた。

お父さんのお下がりの工具。

アルミの鍋のフタと、銅のワイヤー。

小川から汲んだ水と、大樹から分けてもらった樹液。

僕が持っている知識と知恵をすべて詰め込んだ、ちっぽけな50ccの魔導スクーター。

「お願い……動いて!」

祈るような気持ちで、キックペダルに全体重を乗せ、力任せに踏み抜いた。

ガツンッ!

硬い金属の手応えが返ってくる。

ピストンが動き、結晶シリンダーが運動を開始した。

内部で水が一瞬で分解され、小さな魔力の火花がパチッと弾ける――。

次の瞬間――。

――トコトコトコトコトコトコ……!

静まり返っていた朝のガレージに、小気味よく力強い駆動音が響き渡った。

マフラーからは、ほんのりアブラヤシの甘い香りを乗せた白い湯気が、ふわりと立ち上っている。

「……な……」

その快音を聞きつけたのだろう。

ガレージの建具が、ギギッと音を立てて開いた。

「な、なんじゃと……!?」

そこに立っていたのは、朝露のじいさんだった。

どうせ途中で投げ出しただろうと高を括って様子を見に来たのかもしれない。

じいさんは尖った耳をピンと立たせ、アゴが外れそうなほど口を開けたまま固まっている。

僕はスクーターの排気音を背中に感じながら、ゆっくりと顔を上げた。

「……直したよ、じいさん」

そして、不敵に笑ってみせた。

「約束通り――僕、母さんを迎えに行ってくる!」

呆然と立ち尽くすじいさんを置き去りにして、僕はアクセルグリップをぐっとひねった。

小さな50ccの相棒が、トコトコトコと嬉しそうにエンジンを奏でながら、朝焼けの街道へと勢いよく飛び出していく。

「待ってて、母さん」

今――絶対に迎えに行くから。

村を出てしばらく走り、緩やかな坂道を下りきると、見渡す限りのきらめく水面が視界いっぱいに広がった。

東へ伸びる街道の先に広がっていたのは、豊穣な水をたっぷりと湛えた水田地帯。

その水田に包まれるようにして、小さな集落が佇んでいた。

――『ダースミ村』。

お日様がちょうど頭の上に差しかかる頃、僕とスクーターはその村の入り口へと滑り込んだ。

家を出てから三日目だった。

「まずは、お昼ご飯と……今日寝る場所を探さなくちゃ」

ぐうとお腹を鳴らしながら、僕はポケットの中の革財布を覗き込んだ。

入っているのは、旅立つ直前にじいさんが押し付けてくれた、なけなしのお小遣い程度のお金。

これでご飯を食べて、宿代まで賄わなければならない。

僕は財布を握りしめ、村の中をぐるぐると回ってみた。

けれど――。

ダースミ村は、思っていた以上に素朴な農村だった。

旅人が泊まるような宿屋なんて、どこを探しても一軒も見当たらない。

「うーん……困ったな。このままじゃ今日も野宿かぁ……」

僕は村を囲む木柵の大きな門まで戻り、赤いスクーターのシートにぽんと腰掛けた。

目の前には、いつの間にか夕日に赤く染まり始めた広い水田がどこまでも広がっている。

朝焼けの中を走り出したはずなのに、あっという間に空は茜色へと表情を変えていた。

途方に暮れながら、ぼんやりとその景色を眺めていると――。

「おい、少年」

しゃがれた声が、背後からかかった。

「この辺じゃ見ない顔だな。それに……妙な鉄の馬に乗っておる」

老人は目を細め、スクーターをじっと観察する。

「それは……一昔前の50cc魔導スクーターじゃろ?」

「えっ?」

僕は驚いて振り返った。

門の詰め所のすぐ隣にある小さな一軒家。

その軒先で、一人の老人が腕を組みながら、深い興味をたたえた眼差しでこちらを見つめていた。





(つづく)

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