第19話 『アルケミストは母さんを探す旅に出る』
王都の宮殿近くに借りた小さな家。
アロンの一家は、そこで静かな暮らしを始めていた。
お父さんは朝早くから研究施設へ向かい、量産化の難航に頭を悩ませている。ラーテルは近所の市場で買い物をしたり、時折り空を飛んで風を感じたりと、意外と都会の生活を楽しんでいる様子だった。
アロンはというと、毎日のようにスクーターの調整を繰り返していた。
量産がうまくいかない理由を、自分なりに考え続けている。
「糸の張り方とか、シリンダーの微妙な圧力とか……言葉にしにくいんだよな」
指先の感覚で調整したものを、図面だけで再現するのは無理がある。
それが分かっていても、国のためだと言われれば、何かできることはないかと模索せずにはいられなかった。
そんなある午後のこと。
家の前で、小さなざわめきがした。
「……ここか?」
聞き慣れない声に、アロンが玄関を開けると、そこに立っていたのは若い兵士だった。
片足を失い、木製の簡易義足に体重を預けている。年齢は二十歳前後。顔にはまだあどけなさが残っている。
「あなたが……紅蓮のアルケミスト、アロンさんですか?」
「え、あ、はい……」
兵士は深々と頭を下げた。
「お願いします。僕の足を、直してください」
アロンは目を丸くした。
噂は、街に広がっていた。
「片腕の所長に腕を生やした少年がいる」「あいつなら失った手足を取り戻せる」――そんな話が、酒場や兵舎で一人歩きを始めていたのだ。
「僕は……ただのアルケミストで」
「善戦で、あなたの鉄馬を見ました。あれに助けられた兵士は、僕だけじゃありません。だから、お願いします。もう一度、剣を握りたいんです」
真剣な瞳だった。
アロンは黙って、兵士の簡易義足を見た。
お父さんの腕のときとは違う。足は体重を支え、地面を蹴り、バランスを取る必要がある。簡単な話ではない。
それでも、アロンの中で何かが動いた。
「……中に入って。見せて」
リビングに通された兵士は、緊張した面持ちで簡易義足を外した。
切断箇所は膝下だ。残された筋肉はまだしっかりしている。
アロンはいつものように、静かに触診を始めた。
「頭の中で、無い足の指を動かしてみてください」
「は、はい……」
兵士が幻肢を動かすたびに、アロンの指が皮膚の上を正確になぞっていく。
筋肉の反応を確認し、骨の残り具合を測り、重心の位置をイメージする。
(腕のときより難しい。でも……できないことはない)
しばらくして、アロンは顔を上げた。
「作れます。ただし、すぐには動けません。練習が必要です。それでもいいですか?」
兵士の目が一気に輝いた。
「はい! いくらでも練習します!」
その夜。
夕食の席で、アロンは両親に報告した。
「今日、足を失った兵士が来たんだ。義足を作ることにした」
お父さんは箸を置き、静かに息子を見た。
「……無理はするなよ。お前の体は、まだ発展途上だ」
「分かってる。でも、やりたいんだ」
ラーテルは微笑みながら、アロンの頭を優しく撫でた。
「やってみなさい。ただし、困ったときはすぐ言いなさい。いいわね」
「うん」
アロンは小さく頷いた。
その夜、自室に戻ったアロンは、机に向かって設計を始めた。
お父さんの義手で得たデータ、釣りで作った収縮する糸、スクーターの魔導シリンダー技術。
それらを組み合わせ、今度は「歩ける足」を生み出す。
ペンを走らせながら、アロンはふと思った。
(僕が作れるものって、まだ他にもあるのかな)
窓の外では、王都の夜景が静かに輝いている。
研究施設では相変わらず量産化が難航し、街では自分の噂が一人歩きしている。
そしてアロンは、自分の手で、もう一つの「可能性」を作り始めていた。
翌朝。
兵士が約束通りに再訪したとき、アロンはすでに最初の試作フレームを手元に置いていた。
「今日から、始めよう」
そう言って笑う少年の目は、いつもの職人の光を宿していた。
つづく




