第18話 『鋼鉄の天馬と、忍び寄る影』
「陛下……! 申し訳ありません、取り乱しました!」
ローレルが慌てて居住まいを正し、一礼する。アロンたちも即座にその場に跪いた。
国王はアロンの前まで歩み寄ると、鋭い目を細め、優しく語りかけてきた。
「面を上げよ、若きアルケミスト・アロン。そして我が国の至宝、ラーテルと王立魔導研究施設所長。よくぞ無事で戻ってくれた」
国王はアロンの肩にそっと手を置く。
「前線からの報告は逐一受けている。お前が駆る『アイアンペガサス』の機動力、そしてラーテルが放った膨大な魔力がなければ、我が国は今頃魔界の軍勢に蹂躙されていただろう。国を代表して礼を言う。よくやってくれた」
「も、勿体なきお言葉です……!」
王からの直々の賛辞に、アロンは緊張で心臓が破裂しそうだった。
「だが、ゲートの脅威が完全に去ったわけではない」
国王は表情を引き締め、お父さんへと視線を向けた。
「所長。我が国が今後、魔界の脅威に対抗するためには、あの『鉄馬』の力が必要不可欠だ。あれを我が国の魔導技術の粋を集めて解析し、量産化の道を探りたい。……お前の力を、もう一度貸してくれぬか?」
お父さんは、静かに頭を下げた。
「……御意にございます、陛下。我が王立魔導研究施設の全英知を懸け、必ずやあの鉄馬の構造を解き明かし、国の盾としてみせましょう」
その力強い言葉に、国王は深く頷いた。特命は下されたのだ。
王宮での謁見を終えたアロンたちは、その足で王都の地下に広がる「王立魔導研究施設」へと直行した。
そこはお父さんがトップを務める、国内最高峰の魔導科学の聖地である。
「所長がお戻りになられたぞー!」
「おい、あれが噂の『アイアンペガサス』か!?」
白衣を着た、一癖も二癖もありそうな優秀な研究員たちが、目を血走らせて集まってくる。彼らの手によって、アイアンペガサスは中央の巨大な実験台へと運び込まれた。
「よし、これより解析作業に入る。各自、慎重にパーツを分解しろ。ボルト一本、配線一つ微細な狂いも許さん。アロンの錬金術の理論をすべてデータ化するんだ」
お父さんが、いつもより少し低い声で指示を出す。
王立魔導研究施設の最深部。
中央の実験台に据えられた愛車を前に、アロンとお父さんは複雑な表情を交わしていた。
正直に言えば、二人とも量産化には少し抵抗があった。
アロンにとっては苦楽を共にした相棒であり、お父さんにとっても、技術の軍事利用や規格化には技術者としての葛藤がある。だが、一国の王からの直々の頼みだ。国防の要と言われれば、断るわけにはいかなかった。
「よし、まずは外装を外して……」
お父さんが指示を出しながら、白衣の袖をまくり、作業のために右腕を前に突き出した。
その瞬間、周囲にいた研究員たちの動きがピタリと止まった。
「……え?」
「し、所長……? 今、右腕で、ドライバーを掴みましたか……?」
「馬鹿な。所長の右腕は、二十年前の戦場で魔物に……」
研究員たちが、まるで幽霊でも見るかのように目を丸くしている。
彼らの視線の先にあるのは、お父さんの「右腕」だ。
そこには、鈍い銀色に輝く精密な魔導シリンダーが骨格のように走り、その周囲を、特殊な伸縮性を持つ美しい糸の束が、まるで本物の筋肉のように何重にも覆っていた。
お父さんが指先を動かすと、シリンダーが静かに駆動し、人工筋肉の糸束が滑らかに収縮する。その動きは、あまりにも器用で、あまりにも生身の腕そのものだった。
「お前たち、何を呆けている。手が止まっているぞ」
「い、いつの間に右腕が生えてるんですかーーーっ!?」
「片腕の所長に、腕が生えたぞ!!」
「生えたわけじゃない、アロンが作ってくれた義手だ!」とお父さんが眉をひそめるが、部下たちの興奮は収まらない。
「これが義手!?」「この滑らかな指の動き、生身以上じゃないか!」と、全員が鉄馬そっちのけでお父さんの右腕に群がり、驚愕の声をあげた。
しかし、その驚愕は、その後に始まった鉄馬の解体作業で、本物の「絶望」へと変わることになる。
「な、なぜだ……? 図面通りにパーツを複製し、同じように組み上げたはずなのに……動かない!?」
数日後、研究室には頭を抱える研究員たちのうめき声が響いていた。
アロンのアイアンペガサスは、そのエンジン内部にも義手と同じ「魔導シリンダーと人工筋肉の糸束」が使われていた。
研究員たちがどれだけ精密に分解し、国家最高の技術で同じコピーを作ろうとしても、どうしても出力が出ないか、最悪の場合は回路が焼き切れてしまう。
糸の束ね方、シリンダーの微細な圧力の掛け方――それらはすべて、アロンが「指先の感覚」と「直感のアルケミストとしての才能」だけで調整した神業であり、他人が真似できるものではなかった。
量産化プロジェクトは完全に難航した。
長期戦になることを見据え、アロンの一家は王都の宮殿近くに小さな家を借り、そこに移り住んで腰を落ち着けることになった。
王都での暮らしが始まってしばらく経った頃、街の酒場や兵士たちの間で、ある「噂」が囁かれ始めていた。
つづく




