第20話 『未知への脚』
翌朝から、アロンの作業は本格的に始まった。
借りた家の一室を簡易工房にして、机の上には魔導シリンダーの部品、収縮する糸、郷から取り寄せた樹液のサンプルが並ぶ。
膝下義足は、腕よりも遥かに難しかった。
体重を支えなければならない。
地面を蹴る力が必要だ。
左右のバランスも、細かく調整しなければ転んでしまう。
「脚の筋肉の動きは、腕より複雑だな……」
アロンは何度も兵士に幻肢を動かしてもらい、反応する筋肉の位置を確認した。
糸の張り方を変え、シリンダーの出力を微調整し、試しに組み上げては分解する。
三日目の午後。
「……一旦、履いてみてください」
試作の義足を兵士の残された脚に固定する。
まだ人工皮膚はなく、金属のフレームと糸の束が剥き出しの状態だ。
兵士は深呼吸をして、立ち上がろうとした。
「っ……!」
膝ががくんと折れかける。
アロンが慌てて支える。
「大丈夫? 痛い?」
「痛くはないです。でも、力がうまく入らないというか……感覚が遠い感じがします」
アロンは頷き、すぐに工具を手に取った。
「出力を上げて、糸の反応速度も速くしてみる。もう一回」
調整を重ねるうちに、少しずつ兵士の動きが安定してきた。
最初は壁に手をついてようやく立てる程度だったのが、やがて数歩なら歩けるようになる。
「歩けた……!」
兵士の声が震えた。
目元が熱くなっている。
「まだ完璧じゃないよ。転ばないように、もう少し練習が必要」
「はい……! ありがとうございます!」
その夜、お父さんが研究施設から戻ってくると、アロンは作業の進捗を報告した。
「足、歩けるようになってきた。あと少しだと思う」
お父さんは息子の顔をじっと見て、静かに微笑んだ。
「すごいな、アロン。お前は本当に……人を前に進ませる力を持っている」
そう言いながら、お父さんは自分の右腕をゆっくりと握り締めた。
動作はスムーズだが、どこか疲れが見える。
「お父さんこそ、無理しないでね。最近、顔色があんまり良くない」
「……分かっている。ただ、量産の方は相変わらずだ。図面通りに作っても、どうしても同じ出力が出ない。お前の『感覚』が、どれほど特殊なのかを痛感しているよ」
ラーテルが二人の間に温かいお茶を置いた。
「どちらも、頑張りすぎないこと。体が資本なんだから」
母親の声は優しかったが、その目はしっかりと息子と夫を観察していた。
それから数日。
兵士の義足はさらに改良され、人工皮膚も被せられて見た目も自然になった。
兵士は毎日通ってきては練習を重ね、徐々に杖なしで歩けるようになっていく。
「これで、また部隊に戻れます」
完成した義足を履いた兵士は、深々と頭を下げた。
「本当に、ありがとうございました。僕だけじゃなく、同じように戦いで体を痛めた仲間たちにも、この話をしてもいいですか?」
アロンは少しだけ躊躇してから、頷いた。
「うん。ただし、すぐには作れないかもしれない。一つ一つ、ちゃんと合わせないと」
「もちろんです!」
兵士が喜んで帰っていく後ろ姿を見送りながら、アロンは小さく息をついた。
(僕の技術で、誰かがまた歩けるようになるんだ)
嬉しい。
でも同時に、責任の重さも感じ始めていた。
一方、王都の空気は少しずつ変わってきていた。
研究施設では量産化の進捗が思わしくなく、上層部から焦りの声が上がり始めている。
兵士たちの間では「紅蓮のアルケミストに頼めば何でも直る」という噂が、さらに膨らんでいた。
そしてその夜。
お父さんがいつもの時間より遅く帰宅し、少し沈んだ声で言った。
「……ゲートの反応が、また不安定になってきているらしい。王宮でも、対策を急ぐ動きが出始めている」
ラーテルの手が、湯呑みの上でわずかに止まった。
アロンはそれに気づかず、自分の次の設計図に目を落としていた。
まだ、少年は知らなかった。
母が再び「仕事」で家を空ける日が、静かに近づいていることを。
つづく




