第16話 『王都への空路、ローレルとの再会』
「凄い……! 凄いぞ、アロン! 違和感は少しあるが、良い感じだ!」
肘の先でピクピクと跳ねる魔導シリンダーと糸の束。
お父さんが脳内で「右手の指」をイメージした瞬間、剥き出しの仮組みの機械が、確かに、お父さんの意思のままに滑らかに指の形を描いて動いた。
その光景に、お父さんの声が震える。
「やった!!」
アロンは飛び上がって喜び、すぐにまた職人の顔に戻って工具を握り直した。
「じゃあ今度は仮止めを解いて、本番の組み込みをするね。皮膚も、郷の樹液から良い感じのものが出来てるんだ。……ほら! お父さん、腕が出来たよ!」
七つの魔導シリンダーは筋肉の編み込みの奥へと美しく格納され、その上から特製の樹液を精錬して作った柔軟な人工皮膚が被せられていく。
最後に魔法陣の回路が閉じると、まるで本物の腕と見紛うような、けれどどこか未来的で精悍なラインを持つ『右腕』が完成した。
「うん! 世界で一番かっこいい、お父さんだけの右腕だよ!」
それから数週間。
お父さんは毎日のように右腕を動かし、リハビリに励んだ。アロンの設計が的確だったおかげで、日に日に馴染んでいき、今ではかつての右利きに戻ってペンを握り、器用に資料を作れるほどになっている。
平和で、奇跡のような日常が続いていた。
そんなある日のこと。
静かな村のエルフたちが遠巻きにざわつく中、先の戦禍から郷へ戻ってきた百人ほどの村人たちに注目されながら――御使いがラーテルの家の前で親書を厳かに広げ、声を張り上げた。
「元勇者パーティーの魔導師、ラーテル殿。
および、あの地獄の戦場にてプロペラの翼で空を舞い、数多の負傷兵を救い上げた『鋼鉄の天馬』――今や王都の全軍において『アイアンペガサスを操りし紅蓮のアルケミスト』の異名で知られる天才、アロン殿。
国王陛下がお二方、ならびにその『魔導スクーター』を王宮へ招待したいとのことです」
続けて、こうも告げられた。
「王立魔導研究施設・所長より。魔界ゲートの研究資料を速やかに提出してほしいとの、王都の宮殿からの要望です」
魔界の脅威に対し、お父さんの作った資料、そしてアロンが前線で示した規格外の技術の噂は、すでに国王の耳へと届いていた。
国を挙げた正式な要請に、断る理由はなかった。
「……よし、アロン。王都へ行こう」
お父さんは新しく手に入れた右の拳を力強く握り締め、息子に微笑んだ。
「お前が作ってくれたこの右腕があれば、私はどこでだって研究を続けられる」
「うん! 行こう、お父さん!」
アロンは愛車のスクーターをさらに急ピッチで改良した。
お父さんを後ろに乗せて王都まで快適に飛べるよう、魔導シリンダーの出力を極限まで調整し、特製の『二人乗りシート』を取り付けたのだ。
数日後。
王都へ向かう空の上。
特製シートに腰掛け、流れる雲海を眺めながら、お父さんがしみじみと呟く。
「素晴らしいな、アロン。お前が仕立てたこの席は、本当に素晴らしい」
魔力のないお父さんにとって、これまでの移動手段だった馬車は、悪路の振動が体に響いて酷く疲れるものだった。
だが、今の彼には、アロンが作った最高の右腕と、最高のシートがある。
「私は魔力がないから箒には乗れんし、馬車での長旅は体に響く。だが、このシートは……魔導士たちがやせ我慢して乗っている箒よりも数段は上の乗り心地だ。あんな剥き出しの木に跨るより、お尻にかかる負担が全く違うぞ」
「うん! お父さんの体が少しでも楽になればいいなと思って、サスペンションの調整とクッションの魔法陣、すごくこだわったんだ!」
ハンドルを握るアロンが、誇らしそうに胸を張る。
並走しながら、特製の「風の衣」で周囲の気圧と風圧を完全に遮断していたラーテルも、最初は愛おしそうに夫と息子を見つめていた。
――だが、次の瞬間だった。
「……あなた? 今、なんて言ったかしら?」
ドスの利いた、地を這うような声が真横から響く。
アロンとお父さんがビクッと首をすくめて横を見ると、並走するラーテルの目つきが完全に変わっていた。瞳の奥に、ガチの魔導師としての冷徹な炎がメラメラと燃え盛っている。
「あ、いや、ラーテル、私はただアロンのシートが快適だと……」
「箒をただの『剥き出しの木』呼ばわりするなんて、聞き捨てならないわね。箒乗りの技術がどれほど高潔で、どれほど精密な魔力制御を必要とするか、忘れたわけじゃないでしょうね……?」
ゴゴゴゴ……と、ラーテルの背後から本物のプレッシャーが立ち上る。
「ひ、ひぃっ……! 母さん、ごめんなさい! 箒をバカにしたわけじゃないんだ!」
「お前たち、王都に着いたら全員、私の特訓に付き合いなさい。お尻が割れるまで飛ばしてあげるわ」
「「アイエエエエ!!」」
魔力なしの天才理論家と、神の御業のアルケミストが、空の上でガタガタと震えながら抱き合う。
どれだけ凄い魔導義手やスクーターを作ろうとも、我が家の生態系の頂点は、やっぱりこの最強の母親なのだと再確認する二人だった。
つづく




