第14話『エドワードとの別れ』
ダースミ村の朝は、澄んだ空気が心地よかった。
アロンは昨夜の話を、何度も反芻していた。
母さんが、本当に世界を救った勇者パーティーの一員だったこと。
爺さんのエドワードが、その仲間だったこと。
そして――話の途中で、エドワードがふと口を閉ざした「ある出来事」のこと。
「……あのとき、何かがあったんだ」
アロンは赤いスクーターのハンドルを握りしめながら、小さく呟いた。
母さんは「続きはまた今度」と笑って話を切り上げたが、その笑顔の奥に一瞬だけ浮かんだ寂しさが、どうしても気になって仕方がなかった。
それでも、今日は出発の日だ。
準備を整えたアロンがキックペダルを踏み抜く。
トトトトト……と、昨日よりもさらに小気味よく調整された魔導シリンダーの音が、村の朝空に響き渡った。
「じゃあお爺さん、本当にいろいろありがとう! 楽しかった!」
ヘルメットを小脇に抱えたアロンが満面の笑みで手を振ると、家から出てきたエドワードは、相変わらずの偏屈な顔をしながらも、視線をアロンではなく、赤いスクーターの車体へと注いだ。
「……しかしアロン、大したもんだ」
しみじみと、しかし力強い声で言う。
「あの『赤い鉄の馬』が、まさかここまでの音を響かせるようになるとはな。魔導シリンダーの同調も完璧、ボディの歪みもねぇ。しかも、プロペラで空を飛ぶなど、誰も考えはすまいて。お前はただのガキじゃねぇ。最高のアルケミストだ。国王が知ったら、空の守りとして欲しがるだろうて。このスクーターは、世界に誇っていい傑作だ。わしが保証してやる」
かつて世界を救った伝説の勇者からの、最大級の賛辞。
「えへへ……ありがと、お爺さん!」
アロンは胸を熱くし、誇らしさで顔を上気させた。
――が、感動的な空気はそこまでだった。
エドワードはニヤリと、どこか悪ガキのような笑みを浮かべると、アロンの肩にガシッと腕を回し、声を潜めた。
「……で、だ。最高の魔導技師どの。そんな天才のお前に、ちょっとした『未来への投資』の話があるんだが」
「え? 投資……?」
「いやな、わしも最近、新しい実験で行き詰まっていてな。どうしてもレアな魔石や素材を買う『実験資金』が、ほんの、ほーーんの少しばかり足りんのだ。なぁアロン、お前、その手で『錬金術』ができるよな? ほら、前にもほれ……。どうだ、未来の平和のための研究費だと思って、また少し、金をちょちょいと生み出してはくれんか?」
「ぶはっ!」
後ろで荷物をまとめていたお父さんが、盛大に吹き出した。
ラーテルも、昔とまったく変わらない元戦友のちゃっかりした強請りに、呆れたように額を押さえている。
「お爺さん! 感動して損した! それ、ただのおねだりじゃん!」
「バカ言え、おねだりじゃねぇ、有意義な資金調達だ! ほら、頼む、少しでいいから!」
結局、アロンは「もう、しょうがないなぁ……本当に研究に使うんだよ!?」と苦笑いしながら、錬金術で少しばかりの金を錬成して手渡す羽目になった。
エドワードはそれをホクホク顔で受け取ると、「さすが元パーティーメンバーの息子、話がわかる!」と大喜びする。
「ラーテル、お前のガキは最高だ。……じゃあな、ラーテル。アロン。……そこのボサボサ頭の旦那も、達者でな」
ぶっきらぼうに手を振るエドワードに、ラーテルは穏やかに微笑んだ。
「ええ、あなたも元気でね、エドワード」
「お、お世話になりました……!」
お父さんは伝説の勇者を前に、最後までガチガチのままペコリと頭を下げた。
「よし、それじゃあアロン、出発するわよ」
ラーテルが凛とした声で言うと、その場にふわりと一本の箒が浮かび上がる。
彼女は、緊張で体の硬くなっているお父さんの背中を優しく押した。
「あなた、これに乗って。しっかり掴まっていてね」
「えっ、あ、俺がこれに!? ラーテルは!?」
「私はこうするの」
ラーテルは優しく微笑むと、お父さんを乗せた箒のすぐ横に並び、片手でトン、と柄を掴んだ。
その瞬間、彼女の全身を透明な『風の衣』が包み込み、身体自体が軽やかに宙へと浮き上がる。
箒を片手でコントロールしながら、自分も風の魔術で並走する構えだ。
昨日のように一人で転移させるのではなく、お父さんを安全に、かつ快適に運ぶためのラーテル流の気遣いだった。
「うわあ……母さん、やっぱり規格外にかっこいいや!」
スクーターのエンジンをふかしたアロンが、目を輝かせて歓声をあげる。
「ひ、ひとつの箒に男一人乗せて、自分は生身で飛ぶのか……! ラーテル、相変わらずとんでもねぇ魔力量だな」
地上で見上げるエドワードすらも、その常識外れの高等技術に呆れたようにニヤリと笑っている。
「さあ、行くわよ。アロン!」
ラーテルが声をかけると同時に、お父さんを乗せた箒と、それを掴むラーテルの身体が、一筋の突風となってダースミ村の空へと一気に突き抜けた。
「うわああああああああっ!?」
空に消えていくお父さんの情けない悲鳴。
「あはは! 待ってよ母さん!」
アロンも負けじとアクセルを全開に開け、魔導シリンダーを心地よく響かせながら、赤いスクーターと共に二つの影を追って大陸の空へと飛び立った。
目指すは、家族の故郷――エルフの郷。
だがアロンの胸の奥では、昨夜の話の続きが、まだくすぶり続けていた。
「……お爺さんが途中で黙った『あの出来事』。母さんは、何を思い出して、あんな顔をしたんだろう」
風を切る赤いスクーターの上で、アロンは静かに目を細めた。
その答えは、きっと、故郷への道の先で待っている。
つづく




