第13話『かつての勇者と少年の鉄の馬』
「僕のスクーターに積んであったアトミック・ウォーターの球をね。母さんの風魔法で、ゲートの真ん中にシュッて投げてもらったんだ」
アロンは得意げに胸を張った。
「タイマーの計算は、一回爆発させて確認してたから、ピッタリだったでしょ?」
「アトミック……ウォーターを、その歳で制御したというのか……? いや、それ以前に、その魔導シリンダーの構造は……」
割れた眼鏡の奥で、お父さんの目がこれ以上ないほど見開かれる。
我が子の顔と、見たこともない赤いスクーターを交互に見つめ、完全に思考が追いついていない。
そんな夫を見て、ラーテルは小さくため息をついた。
呆れたような、けれど誇らしげな笑みだった。
「そういうことよ、あなた。あなたが何年もかけて解けなかった空間理論を、うちの息子は旅の途中で、あの赤い鉄の馬に乗りながら解き明かしちゃったの」
「……」
「さあ、今度こそ片付けて帰るわよ? それとも……また私に治療されたい?」
「……降参だ」
お父さんは残った片手を上げた。
「まったく……誰に似て、こんな規格外に育ったんだか」
「あなたと私に決まってるじゃない」
ラーテルは楽しそうに笑った。
大陸の空を、二つの影が並んで駆け抜けていく。
一つは、風の衣をまとって滑空するラーテルの箒。
もう一つは、魔導シリンダーを心地よく響かせながら進む、アロンの赤いスクーター。
「気持ちいいーっ!」
アロンが風に向かって叫ぶ。
その横顔を、ラーテルは愛おしそうに見つめていた。
家を出てから、もうすぐ半年。
その間に、息子は自分で考え、自分で魔導具を直し、そして空まで飛べるようになった。
母親として、誇らしくないはずがない。
「あ!」
アロンが突然、地上を指差した。
「母さん! 見えてきたよ!」
「ん?」
「あそこ! 僕が三日間お世話になったダースミ村!」
のどかな田園風景の中に、レンガ造りの家々がぽつぽつと並んでいる。
村の一角。
ひときわ頑丈そうな家の前には、すでに人だかりができていた。
「……何かあったのかな?」
「さあ?」
ラーテルが首を傾げる。
だが、その答えはすぐに分かった。
「お前はいったい、どこから降ってきたんじゃ!」
「いや、だから私にも分からんのだ!」
地上から、聞き覚えのある怒鳴り声が響いてくる。
「……父さん」
アロンが頭を抱えた。
「また何かやってる……」
二人は速度を落とし、エドワードの家の前へゆっくりと降り立った。
トンッ。
スクーターのタイヤが地面に着く。
アロンはエンジンを止めると、ヘルメットを外して駆け出した。
「お爺さん! ただいま!」
勢いよく扉が開く。
現れたのは、白髪交じりの無骨な髭を蓄えたエドワードだった。
「アロン……!」
その顔に浮かんだのは驚きだった。
そして次の瞬間には、安堵の笑みへと変わる。
「あの赤い鉄の馬を直して、本当に生きて帰ってきやがったか。大したガキだ」
「だろぅ?」
アロンが胸を張る。
「僕、ちゃんと――」
その時だった。
エドワードの視線が、アロンの隣へ移った。
ラーテル。
その姿を見た瞬間、老人の表情が凍りついた。
「……まさか」
一歩。
エドワードが前へ出る。
「お前……ラーテルか?」
「ええ。久しぶりね、エドワード」
ラーテルは昔と変わらない、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「……やっぱり、お前か」
エドワードの顔に、驚きと懐かしさが入り混じる。
「まさか、アロンの母親がお前だったとはな……」
「え?」
アロンが固まった。
「……どういうこと?」
母を見る。
エドワードを見る。
もう一度、母を見る。
「お爺さん……母さんのこと、知ってるの?」
「知ってるも何も――」
エドワードは豪快に笑った。
「昔、わしらと一緒に世界を救うために旅をした仲間じゃよ」
「…………え?」
アロンの口が、ぽかんと開く。
「世界を……救った?」
「そうじゃ」
「母さんが?」
「そうじゃ」
「お爺さんが?」
「そうじゃ」
「二人が一緒に?」
「そうじゃ!」
「ええええええええっ!?」
アロンの叫び声が村中に響き渡った。
そしてなぜか、その後ろにいた父親まで、
「ええええええええっ!?」
と叫んだ。
「あなたまで驚くの?」
ラーテルが呆れた顔をする。
「いや、だって……聞いてないぞ!」
「言ってないもの」
「なぜだ!」
「聞かれなかったから」
「……」
父親は絶句した。
エドワードは腹を抱えて笑い出す。
「はっはっは! なるほどな! お前の息子も大概だが、夫婦になっても相変わらずじゃ!」
「相変わらずって……」
アロンは呆然としたまま、母を見る。
今まで、自分の母親はただの優しい母親だと思っていた。
風魔法が得意で、料理が上手くて、少しだけ怖い。
それだけだと思っていた。
なのに――。
「母さん……昔、勇者パーティーにいたの?」
「ええ」
ラーテルは静かに頷いた。
「でも、その話は……今日はここまで」
「え?」
アロンが聞き返す。
ラーテルは笑っている。
けれど、その笑顔の奥に、一瞬だけ寂しそうな影が見えた。
「続きは、夜にでも話しましょう」
エドワードが鼻を鳴らす。
「いや、今夜は長くなるぞ。こいつの昔話は、酒が入らんと始まらんからな」
「ほう……」
父親の目が輝いた。
「それはぜひ聞きたい」
「あなた、飲みすぎないでよ?」
「分かっている」
その言葉を聞きながら、アロンは赤いスクーターを振り返った。
長かった旅が、ようやく終わった。
母親にも会えた。
父親も戻ってきた。
そして――自分の母親には、自分の知らない過去があった。
「……世界を救った、か」
アロンは小さく呟く。
その夜。
エドワードの家では、三十年前の冒険の話が始まった。
だが――。
アロンはまだ知らなかった。
その昔話の中に、自分の旅にも繋がる「ある出来事」が隠されていることを。
そして、それを知った時。
アロンは再び、赤いスクーターに乗ることになる。
つづく




