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アルケミストのアロンは母さんを探す旅に出る!  作者: 一雲一人


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第11話 『並列飛行の二人と再会』

「ラーテル殿ーーーっ!!」

前線の街道を風のように爆走していたラーテルの元へ、顔を真っ青にした伝令兵が必死の様相で追いついてきた。

「どうしたの!? 子供が……あの子が見つかったの!?」

「はい! いや、違います! 本隊の拠点中央に、謎の奇跡の少年が現れました!」

「は……? 拠点中央……?」

ラーテルの思考が停止する。

伝令兵は激しく肩を上下させながら叫んだ。

「黒髪のハーフエルフの子供が、空から赤い魔導二輪で直接降り立ち……尋常じゃない錬金薬で、負傷兵を片っ端から完治させています!!」

「…………」

ラーテルは、その場に棒立ちになったまま固まった。

山脈を直進して一直線に飛んできた……?

街道の迂回路なんて、端から通っていなかった……!?

「…………あの、大馬鹿息子……っ」

絶句ののち、ラーテルの口から漏れ出たのは呆れ果てた呻きだった。

しかし――次の瞬間、彼女のエメラルド色の瞳からぽろぽろと大粒の涙が溢れ出した。

「……ふふっ……あははっ!」

ラーテルは目元をぐしゃぐしゃに拭いながら、声をあげて笑った。

「まっすぐ来なさいって言ったけど……本当に何にも囚われず、真っ直ぐ来ちゃうなんて……っ」

彼女は涙で滲む視界のまま、遠く離れた要塞拠点の方角を見つめた。

「どうして……そんなところで一番目立ってるのよ、もう……っ」

その声に含まれていたのは、呆れでも怒りでもなく――。

生きていることへの、溢れんばかりの安堵。そして、誰よりも誇らしい愛おしさ。

ラーテルは再び、猛烈な風の魔法を全身に纏った。

「待ってなさい、アロン……!」

息子の放つ小さな奇跡の光を目指し、母は全力で駆け出した。

「ほんと、意味がわからないわ……!」

ラーテルは風魔法で己の身体を爆発的に加速させながら、一刻も早く拠点へと向かっていた。

空気を切り裂くような凄まじい速度。

胸の中は、無事だった息子への深い情愛と、それを遥かに上回る大いなる困惑で満ち満ちていた。

エドワードからの手紙には、確かにこう書かれていた。

『赤い魔導二輪に乗って、あの小僧がそちらへ向かったぞぃ』

そして自分もまた、同じ内容の伝言を残したのだ。

街道(迂回路)をまっすぐ進んでくるのであれば、どこかで絶対にすれ違うはずだった。

「どうして私を完全に追い抜いて、先に拠点に着いてるのよ、アロン……!?」

どれほど頭をひねっても、移動時間の計算が一切合わない。

そのときだった。

地平の向こう――拠点の広がる空が、不気味に歪み始めた。

――ゴゴゴゴゴ……!

おぞましい地鳴り。

空を切り裂くように現れた、禍々しい黒の亀裂。

「魔界のゲートが……!?」

空間がギギギと音を立ててさらに大きく裂けていく。

そこから溢れ出す、おぞましい魔物の大群。

すでに前線では五万の王国兵が命を賭して交戦していたが、湧き出し続ける魔物を押し返すことなど不可能だった。終わりの見えない、絶望的な消耗戦。

「まずい……!」

ラーテルの顔が真っ青に強張る。

「拠点にアロンがいるのに……っ!」

その瞬間、世界を揺るがす別の衝撃が走った。

――キィィィィィンッ!!

大気が共鳴し、金属が悲鳴をあげるような甲高い駆動音が響き渡る。

空間そのものが激しく震動した。

「……何……この音……!?」

ラーテルは思わず脚を止め、天空を見上げた。

拠点の中心から――一筋の眩い赤い光が、垂直に跳ね上がっていく。

四つのプロペラが音を立てて高速回転し、大気を力強く掴みながら空へと駆け昇っていく。

「アロン……!?」

間違いない。

黒髪の少年。そして――赤い魔導スクーター。

だがそれはもう、地上の概念に縛られた乗り物などでは断じてなかった。

完全に“空を自在に飛ぶ機械の翼”へと変貌を遂げていた。

「……嘘でしょ」

ラーテルは頭を抱えた。

「鉄の馬って……空を飛ぶものじゃないわよね……!?」

   ――――――――――――――

遥か上空。

アロンは広がり続ける不気味なゲートを見下ろしていた。

「……間に合った」

風を切るアロンの瞳は、どこまでも真剣だった。

「母さんはまだ戻ってない……。でも、このままだと全部壊れちゃう」

アロンは一度地上の高台へと降下すると、荷物袋から親指大のシリンダーが組み込まれた小さな金属球を取り出した。

中で赤く脈動するアトミック・ウォーター。

そして、極限まで精密に組み上げられた魔導回路。

「僕は一度、あのエネルギーを直接開放して……大失敗してる」

アロンは静かに呟く。

「そのときの爆発規模と拡散距離、衝撃波の伝播速度は全部計算して覚えてる」

そこへ、猛烈な旋風とともにラーテルが舞い降りた。

「アロン!」

「あ! 母さん!」

「アロン! それ……一体何をするつもりなの!?」

母の姿を目にした瞬間、アロンの瞳に溢れんばかりの涙がにじんだ。

「母さん……っ! 会いたかった……!」

ラーテルは一瞬、息を呑んで言葉を失う。

アロンは溢れ出る涙を拭いもせず、その手に握った金属球を提示した。

「これを……ゲートの向こう側、内部へ入れられ

る?」

「中に……!?」

アロンは深く頷いた。

「外で反応させたら、衝撃波でこの戦場ごと全部吹き飛んじゃう。でも、あっちの空間の中で反応させれば……発生する膨大なエネルギーの干渉で、ゲートの空間構造ごと強制的に閉じられるかもしれない」

「……」

「タイマー回路も組み込んである。起動すれば、一定時間後に内部で反応する仕組みなんだ」

ラーテルは目を細め、息子の横顔を見つめた。

「つまり……全部計算済みってこと?」

アロンは小さく頷いた。

「うん。だから母さんに頼みたいんだ」

金属球を差し出す。

「母さんの風魔法で……これを一気に、あのゲートの奥深くへ投げ込んでほしい!」

ラーテルは一瞬、沈黙した。

そして――ふっと、愛おしそうに笑った。

「……ほんと、嫌なところが父親そっくりね」

周囲に凄まじい風の渦が巻き起こる。

アロンは少し安心したように笑みを浮かべた。

「父さんたちも研究施設で安全にしてるはずだから、大丈夫よ!」

ラーテルは一瞬だけ目を細め、優しく微笑んだ。

「母さん、お願い!」

「任せなさい!」

ラーテルの手から放たれた金属球は、集束した超高速の風に乗り、黒い裂け目の奥深くへと一直線に吸い込まれていった。

――そして。

――キィィィィィンッ!

シュン……ッ。

巨大な黒い歪みが、吸い込まれるように一瞬で閉じていく。

訪れる一瞬の静寂。

直後――世界がねじれた。

――ドォォォンッ!!

ガガガガガッ……!

地鳴り。激しい空間の揺れ。大気の絶大な歪み。

そして、ワンテンポ遅れて心地よい熱風が草原を優しく撫で上げていく。

それもまた、一瞬で遠くへと消え去っていった。

静寂。

戦場にいた誰もが、手にした武器を落とし、呆然と澄み渡った空を見上げていた。

「……消えた……?」

一人の兵士が、震える声で呟いた。

「ゲートが……閉じた……」

「う、嘘だろ……?」

「今まで、どんな大魔導師にもできなかったんだぞ……!?」

溢れ出ていた魔物の群れも、まるで糸の切れた人形のようにその場で次々と倒れ込み、消滅していく。

そして――。

「終わった……!」

誰かの一言をきっかけに、地鳴りのような大歓声が戦場全体を包み込んだ。

「終わったぞーーーーーっ!!」

「助かった……! 生きて帰れるんだ……!」

泣きながら抱き合い、肩を叩き合う兵士たち。

膝をつき、天を仰いで感謝の祈りを捧げる者たち。

そのあまりにも眩しい光景を前に、ラーテルはただ呆然と立ち尽くしていた。

目の前にいるのは、愛する我が子。

半年前までは、まだ自分の庇護のもとにいた小さな男の子。

その子が――。

何万人もの軍勢が束になっても止められなかったこの泥沼の戦いを、たった一つの発明と知恵で終わらせてしまったのだ。

「……本当に、終わったの……?」

ラーテルは、信じられない思いで呟いた。

アロンは照れくさそうに、小さく頷く。

「たぶん……うん」

その瞬間だった。

ラーテルのエメラルド色の瞳から、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。

「……ばか」

「……母さん?」

次の瞬間、ラーテルはアロンの身体を引き寄せ、壊れんばかりの力で強く抱きしめていた。

「この、大馬鹿息子……!」

「こんな危ない場所まで飛び込んできて……!」

「どんだけ心配したと思ってるのよ……っ!」

声が激しく震えている。

母が泣いている。

アロンは少し困ったように眉を下げて笑った。

そして、そっと母の背中に手を回し、優しく抱き返した。

「ごめんね」

「……」

「僕はただ……母さんを迎えに来ただけなんだ」

心地よい風が静かに止む。

戦場に、穏やかな平穏の静寂が訪れていた。

   ――――――――――――――

茜色に染まる夕暮れの空。

赤いスクーターが、ブゥゥゥ……と長閑な音を立てて風を切っていた。

そのすぐ隣を、一本の箒に乗ったラーテルが並んで飛んでいる。

本来、ラーテルの風魔法の飛行速度はこんな生易しいものではない。

本気を出せば、音速を超えて一瞬で雲の彼方まで飛んでいける。

それでも、今日は違った。

息子の作った翼の隣を、同じスピードで飛びたかったのだ。ただ、それだけのために。

「母さん……飛ぶの、遅くない?」

「ふふっ」

ラーテルはいたずらっぽく笑う。

「今日は、これくらいでいいのよ」

「でも、本気を出したら母さんの箒のほうがずっと速いんでしょ?」

「そうね」

ラーテルは赤いスクーターと、誇らしげにハンドルを握るアロンを見つめた。

そして、心から愛おしそうに目を細める。

「でもね、アロン」

「……?」

「昔は、私の箒の後ろを必死に追いかけていたあなたが……」

ラーテルは、どこまでも澄み渡る夕空を見上げた。

「今は、こうして私の隣を飛んでいる」

アロンはきょとんと目を丸くする。

「……なんだか、すごく嬉しいのよ」

「母さん」

「なあに?」

「僕……本当に母さんを迎えに来られたんだね」

ラーテルは驚いたように目を瞬かせ、やがて優しく微笑んだ。

「ええ。ちゃんと、私を迎えに来てくれたわ」

アロンは照れくさそうにえへへと笑った。

しばらくの間、二人は言葉を交わさず、ただ風の音に耳を傾けながら空を進んだ。

やがて――。

「ねぇ、アロン」

「うん?」

「そろそろ下に降りましょうか。……そういえば、私お腹が空いちゃったわ」

「あ」

そう言われた途端、アロンのお腹がぐぅ、と盛大に鳴り響いた。

「あはは! 下に降りて、何か食べましょうか」

「うん!」

二人は心地よい風に乗って、近くの青々とした草原へ舞い降りた。

「それで?」

ラーテルが首を傾げる。

「旅の途中、あなたどうやって食事をしてたの? まさかずっと何も食べてなかったんじゃないでしょうね?」

アロンは不思議そうに首をひねった。

「ちゃんと毎日食べてたよ?」

「何を?」

「これ」

そう言うと、アロンはその場にしゃがみ込み、地面の土へそっと手をかざした。

淡い魔導の光がじんわりと広がる。

土が小さく盛り上がり、やがてコロンと小さな茶色い団子が姿を現した。

「……え?」

ラーテルが固まる。

アロンは至極当然といった様子でそれを拾い上げた。





(つづく)

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