第6話 クウちゃん捜索
【クゥちゃんを救え】
ある日、龍太が幼稚園に行くと、いつも元気に走り回っている神崎・あかりが、ポツンと遊戯室の端で膝を抱えて座っていた。
何かあったのか?
そう思って近付いて行くと、彼より先に来ていた美月が声をかけた。
「おはよう、あかりちゃん。何かあったの?」
しかし、あかりは俯いたまま何も答えない。
まさか、家が盗賊の襲撃でも受けたか?
確か、あかりの父親はこの街の権力者だったな、と龍太は思い出す。
そこに、あかりと一番仲の良い教諭が近付いて行き、
「どうしたの、あかりちゃん?」
と優しく声をかけた。
すると、あかりが顔を上げる。
それと同時に両目から涙が溢れ出し、
「クゥが、いなくなっちゃったの……ウワァアアアア」
と号泣しだした。
クゥ?
確か、彼女が飼っているトイプードルの名前のはずだ。
泣きながらあかりが話した内容によると、彼女は昨日の夕方、母親と一緒に散歩をしていたらしい。
そしてこの前、龍太とゼルが彼女と会ったあの公園に着いた時、花壇に綺麗な花が咲いているのを見付けた。
しゃがんでその花を見ている時、あかりの手からクゥのリードが離れてしまう。
タイミングが悪いことに、その時、彼女と一緒にいた母親は近所のおばさんと挨拶をしており、二人の方を見ていなかった。
そして、急にクゥが走り出し、そのまま公園から飛び出して行ったのだった。
「もしかして、誰かに連れて行かれたのかも」
あかりの説明を聞いた美月がそう言った。
「クゥちゃんはトイプードルなのよね。とても人気がある犬種だわ」
それを聞いて、あかりがさらに号泣しだす。
「だ、大丈夫よ。そうだ、迷子犬の貼り紙とかしたら?」
教諭がそう言うが、あかりは、
「クゥちゃ~ん、クゥちゃ~ん」
と名前を呼びながら泣き続けている。
そんな彼女を見て、龍太は考えていた。
この世界には魔物や魔族はいない。
しかし、その反面、自動車やバイクなど、魔力を使わずに動く鉄製の乗り物が走り回っている。
クゥちゃんのあの小さな体では、それらと接触したらひとたまりもないだろう。
神崎・あかりは友人だ。
ここは、俺が動くしかないだろう。
母親と一緒に幼稚園から自宅に戻ると、龍太はゼルを探した。
そして、リビングのカーペットの上で、ビロォ~ンと伸びた姿勢で爆睡している黒い柴犬を見付ける。
こいつ、本当に転生魔王か?
平穏無事な第二の人生、いや、魔王生を満喫しすぎだろう。
『おい、ゼル。起きろ』
龍太が思念で話しかけると、ゼルが、
『うう~ん、もう食べられぬわ』
と、どれだけ格好つけても、間抜けなお約束寝言を言う。
『あっ、保健所の職員さんが網を持ってうろついてる』
『な、何だと?!』
ゼルが飛び起きた。
『なんだ、勇者ではないか。質の悪い冗談はよせ』
思念波が聞こえなければ、子犬が前脚を踏ん張って背伸びをした後、ピョコピョコと歩いて近付いて来るという、とても愛らしい姿だ。
『ゼル、手を貸してくれ』
『断る。何故、魔王たる我が勇者の頼み事など聞かねばならんのだ』
『この間、公園で会ったトイプードルのクゥちゃんが、行方不明になった』
『それがどうした。ゴブリンかオークにでも食われたのだろう』
『この世界には、そのどちらもいない』
『ならば、放っておいても戻って来るだろう』
そう言うと、ゼルはピョンとソファーの上に飛び乗り、そこで丸くなる。どうやら、まだ寝足りないようだ。
それを見て、龍太は、
『チュールチュールワンコチュール』
と、ひたすら犬や猫が細長いチューブの切り口を舐めるCMソングを心の中で歌う。
それを聞いて、ゼルの耳がピョコっと立ち上がった。
『手を貸してくれれば、今度、母さんと一緒に買い物に行った時に、おねだりをしてやる』
『な、なん、だと』
『俺は、滅多におやつを欲しがらないからな。きっと買ってくれるぞ。俺の両親は、子供の我儘に飢えているのだ』
それは、あまりに聞き分けが良すぎる子供を持った親の、贅沢すぎる悩みと言えるだろう。
『皆、旨そうに舐めているなぁ~。さぞかし美味しいのだろうなぁ』
『わ、分かった。そこまで言うなら、我の力を貸してやらんこともない』
元いた世界の人類は、こいつに滅ぼされかけたというのに……本当にチョロいな。
そう思ったが、黙っておく。
『ありがとう、恩に着る』
母親に、ゼルの散歩に行ってくると言うと、ゼルと一緒に家を出た。
『臭いを追えるか?』
『貴様、誰に物を言っている』
ゼルは、公園で会った時のクゥちゃんの臭いをしっかりと記憶していた。
一度、公園まで行き、そこから臭いを辿る。
『ここまで一直線に走っているな』
そこは、公園の側にある信号のある交差点だった。
龍太が周囲を見回す。
『おそらく車だな。知り合いの犬でも乗っていたのだろう。そして、駆け寄っている間に車が走り出し、それを追いかけているうちに、あかりから離れてしまった』
一人と一匹は、クゥちゃんの臭いを頼りに、小走りで移動していく。
すると、近くにある繁華街に入り、そこから迷走しだす。
『ここまで来て、あかりとはぐれたことに気付いて、公園に戻ろうとしたのだろうが、どんどん間違った方向へ向かっている』
そして、ゼルの足がピタリと止まった。
『ここで、臭いが薄くなった。誰かに抱きかかえられたな』
『追えるか?』
『おい、貴様。何度も同じことを言わせるな。我は魔王ゼルザ・ネクロヴァルなるぞ』
『分かった、分かった。悪かった』
そうは言ったものの、そこからのゼルの足取りはかなり慎重になった。
そして、一軒の古いビルの前で足を止める。
『ここだ』
龍太とゼルが同時に、そのビルを見上げた。
三階建ての鉄筋コンクリート建築。
ただし、窓は全てすりガラスで、さらに分厚いカーテンで覆われているため、人影すら確認できない。
店舗や企業名を示すものはどこにもなく、ただ、やたらと監視カメラが多く設置されていた。
『何となく、小さな魔王城のような雰囲気だな』
『しかし、あの雌犬の臭いは、確かにここへ入っている』
『魔法使いもシーフも神官もいない状態でダンジョンに入るなど、前の世界なら自殺行為だが』
『フンッ、魔王と勇者のパーティーだぞ。無敵ではないか』
『そうだな。躊躇う理由はないな』




