第51話 フロアーボス 増し増しラーメン
【アルバイト先にも出現】
ラーメン太郎の店内は、良く言えばレトロで趣があり、悪く言えば雑然として薄汚かった。
壁には、今では立派なオバチャン俳優となった女性が、若かった頃に水着姿で写っているポスターが貼られている。カウンターも壁際のテーブルも油と指紋で黒ずみ、さらに、あちらこちらが欠けていた。
そしてカウンターの奥には大きな寸胴鍋があり、ゴツい体の店主がアルバイト店員と話しながら、麺の湯切りをしていた。
3人が店内に入ると、ちょうど店の奥から出てきた若い女性アルバイトが、元気よく声を張り上げた。
「いらっしゃいませ!!」
その声を聞いて、店内にいた客たちが龍太たちの方に目を向け、驚いた。
目を見開いたままラーメンを啜っていた手が止まり、中には、手に持っていたレンゲをスープの中に落としている者までいた。
しかし、実はこのとき、龍太たちも驚いていた。
元気な声で出迎えてくれた女性アルバイトが、知人だったからだ。
「な、何でここに生徒会長が?」
「しまった、罠か!」
あかりと美月の表情が険しくなり、そのまま回れ右をして店から出て行こうとする。
「どうしたんだ、二人とも?」
「実は私、お腹がいっぱいだったことを思い出したの」
「ここは駄目よ。いいえ、ここだけは駄目よ」
二人が龍太の腕をつかんで連れ出そうとしたが、
「あら、茂野君たちじゃない。へぇ~、あなたたちもこういう店に来るのね?」
マスクを外しながら瀬戸恵理巣がそう言い、カウンターから出てきた。
「それに、休みの日まで一緒なんて、本当に仲が良いのね」
「どうも、会長」
龍太が軽く頭を下げながら挨拶をする。
「会長こそ、ここで何をしているのですか?」
店のTシャツにジーンズ姿の彼女は、学校にいるときとはまったく印象が違った。しかし、金髪と青い瞳までは隠せない。
豊成高校では、アルバイトは原則禁止である。
ただし、事情があって学校から許可をもらえば可能だった。
例えば、社会勉強になる場合や、家計が厳しい場合などだ。
「ここって、叔父さんのお店なの。だから、休みの日とかに、たまにこうやってアルバイトをさせてもらっているのよ」
喫茶店やレストランというならいざ知らず、よりによって街の増し増しが売りのラーメン屋さんとは。
平日は豊成高校の生徒も部活帰りによくこの店に来るが、逆に休日はあまり来ない。そのため、このことを知っている者はほとんどいなかった。
ただ、彼女は別に隠しているわけではない。そもそも知られるのが嫌なら、こんな学校の近くでアルバイトなどしないだろう。
「さあ、さあ、こっちへ」
恵理巣がそう言うと、嫌悪感丸出しの表情になっているあかりと美月を無視して、龍太を店の奥に案内した。
そこには4人掛けのテーブルがあり、その上には前の客が食べた丼や皿が残っていた。
「すぐに片付けるから、座って」
そう言うと、手際よく食器を下げ、さらに台拭きでテーブルの汚れを落としてから、お冷やを置いた。
「本当に手慣れていますね」
「そうかしら?」
龍太たちは、店の入り口にある自動販売機で購入した食券をテーブルの上に並べた。
「並が二つに小が一つね……。えっ、並って結構量があるけど、大丈夫?」
3人いて小が一つということは、あかりか美月のどちらかが並ラーメンを食べることになる。
「大丈夫です」
あかりが鼻息を荒くしながら答えた。
「そう。でも、無理しないでね」
彼女たちの会話を盗み聞きしていたカウンター席の男たちも、うんうんと小さく頷いていた。
ここから先は、店員が直接注文を受けることになっている。
要するに、ニンニク増しや野菜抜きなどの指定をするわけだ。
しかし、恵理巣は、
「あとは私に任せて」
と言うと、ウィンクをしてカウンターの方へ向かっていった。
その後ろ姿を、龍太たちは複雑な表情で見送った。
『これは、本当に偶然か?』
さすがの龍太も、ここまでくると疑わずにはいられない。
クラブ見学のときのオカルト研の魔法陣、前生徒会長の天野静流、そして瀬戸恵理巣。
確証などまったくないが、何かを感じずにはいられなかった。
【山盛りとてんこ盛り】
待つこと5分。
ドン!! ドン! ドン!! と、ラーメンの器がテーブルに置かれるたびに重たい音が響き、床が震えた。
「おお……」
龍太、あかり、美月の3人が驚きながら唾を飲み込む。
もうもうと立ち昇る湯気の中に、それは鎮座していた。
普通のラーメン屋のものより倍近く大きな丼。その上には、野菜とチャーシューが山のように積み上げられている。
「スープが見えない……」
「スープどころか、麺も見えない」
美月とあかりが怯えていた。
「麺は固めにしているから、野菜を崩している間に食べ頃になっているわよ」
運んできた瀬戸恵理巣が胸を張り、ドヤ顔でそう言った。
「では、ごゆっくり」
彼女が去っていくと、3人はその背中を見送り、再び目の前の特盛ラーメンに視線を向けた。
「小でこれなのね……」
美月はそう言いながら箸を手に取り、モヤシとニラとキャベツの山を慎重に崩していく。
すると、確かにその奥底には麺とスープがあった。
その隣では、あかりがスマホを取り出し、SNS用の写真を撮っていた。
「少し、他の客のものと違うな」
周囲の客を見回してから、龍太がそう言った。
「どこが?」
美月も自分のラーメンと他の客のラーメンを見比べた。
そして、すぐに違いに気づいた。
他の客たちのラーメンは、知らない人が見たら「残飯か?」と疑いたくなるほど、雑然と具材が盛りつけられていた。
それに対して、3人のラーメンは山盛りなところこそ同じだが、美味しそうに見える。
「きっと、会長がやったんだろう」
そう言いながら、龍太がさっそく食べ始めた。
そして、一口食べて少し驚いた。
「野菜にも味が染みていて旨い」
「えっ、ホント?」
すぐにあかりも美月も龍太に続いた。
確かに美味しかった。
スープはこってりしていて味付けも濃いが、決して辛いわけではない。
麺も太めの縮れ麺で、スープがよく絡んでいた。
しばらくの間、3人は無言で箸とレンゲをひたすら動かし続ける。
店内を忙しく走り回りながら、恵理巣はそれを見て微笑んでいた。
ちなみに、彼女は普段、目立たないように大きめのマスクをつけ、伊達眼鏡などで変装している。
別に誰かに見られても困ることはないが、彼女の外見がラーメン屋のイメージとかけ離れていたからだ。
しかし、今日はそれらを外していたため、
「おおっ、バイトの子、外国人だったんだ?!」
「あんな可愛い子がいるなら、俺、毎日来るよ」
と、男性客たちを魅了していた。
ちなみに、恵理巣は休日しか店を手伝っていないし、それも毎週ではない。そのため、毎日通っても滅多に会えないのだが。
それに、君可愛いね、などと声をかけようものなら、カウンターの奥から、
「お客さん、スープの出汁になりたいのかい?」
と、殺気のこもった声と表情で店長に脅される。
「これ……並じゃないな」
龍太がそう呟く。
野菜とチャーシューの山でカモフラージュされていたため分かりづらかったが、かなり食べ進めたところで、彼は気づいた。
小の美月と量が違うのは当然として、同じ並のはずのあかりのラーメンより、かなり量が多い。
「美味しいけど、これはかなりくるわね」
髪を耳にかけながら、美月がそう言った。
男たちは女性のこういう仕草にドキッとするらしいが、今の龍太にそのような余裕はない。
「全然減らない」
あかりもかなり苦戦していたが、どこか嬉しそうだった。
いくら食べても減らないというのは、彼女にとって幸せなことのようだ。
最初に食べ終わったのは美月だった。
彼女は増し増しラーメンを食べていてさえ、上品で行儀が良い。
「ごちそうさまでした」
そう言って、唇についた油をティッシュで拭き取る。
しかし、かなりお腹が膨れたらしく、少し苦しそうだった。
「ぐふっ、ご、ごちそうさま」
あかりも無事に食べ終えた。
しかし、こちらは限界を超える量を食べたため、めちゃくちゃ苦しそうだ。
「大丈夫、あかり?」
「今年1年分のラーメンを食べた感じ……」
あかりは口とお腹を手で押さえていた。
そして、二人は龍太に目を向けた。
彼もほとんど食べ終えていた。
「大丈夫、龍太君?」
彼は無表情のまま、黙々と箸を動かしていた。
「やっぱり男の子だね」
「逞しいわ」
彼に好き嫌いはない。
いや、好きな料理はあるが、嫌いな料理はない。
「うちでは、出されたものは残さず食べるように躾けられているからな」
そう言った龍太は、ふぅと小さく息を吐いた。決してノーダメージというわけではないようだ。
そして、最後まで食べきり、箸を置いた。
どうやら異世界には、消化を早める魔術はなかったようだ。
「今、敵に襲われたらピンチだ」
「そんなことにはならないから大丈夫よ」
「よくゲームとかだと、何か食べると体力が回復するけど、ここのラーメンは逆にダメージを受けるんだね」
「人聞きの悪いことを言わないでよ」
偶然近くを通りかかった恵理巣が、笑いながらそう言った。
「まあ、龍太君のは私が勝手に大に変えたんだけどね」
「やはりそうでしたか」
「可愛いガールフレンドたちに、格好良いところを見せないとね」
「他のことで見せたいです。ところで、俺は並の代金しか払っていませんけど」
「いいのよ、私のおごり」
そう言われても、とてもお礼を言う気分にはなれなかった。




