第50話 らーめん太郎
【ぬいぐるみ魔王】
龍太たちが雑貨店の前に到着した。
「あ~っ、これ可愛い!!」
さっそく、あかりが店頭に並べられているぬいぐるみに駆け寄る。
「本当に子犬みたいな子ね」
そう言いつつ、美月も近づいていく。
最後に龍太が追いついた頃には、二人はお互いに次々とぬいぐるみを手に取って、見せ合っていた。
「ねえねえ、これ、ゼルちゃんに似てると思わない?」
そう言って、あかりが黒柴犬のぬいぐるみを美月に見せる。
「ゼルちゃんより可愛いかも」
「何を言ってるの。ゼルは男前なのよ」
美月はフッと笑ってそう答える。
その後、話題はゼルが可愛いか男前かということで盛り上がり始めた。
二人が騒いでいる隣の棚には、ゲームのキャラクターたちのぬいぐるみが並べられていた。龍太は二人の会話を聞きつつ、そちらに目を向けた。
その棚の一番目立つ位置には、ゲームのラスボスのぬいぐるみが置かれている。
「ゼルに一番似ているのは、あれだな」
もちろん、それは転生前の姿のことだが。
もし、この場にゼルの思念体がいたら、何と言うだろうか?
異世界では、人間からも同族の魔族からも恐れられていた彼だが、転生後は可愛いと言われながら頭を撫でられると喜ぶ。
もし、何かの奇跡や異変が起こり、異世界に再転生して元の姿に戻ったとしても、もう魔王ゼルザ・ネクロヴァルに畏怖や恐怖を感じることはないだろうと断言できる。
「我が前にひれ伏すがよい!!」
などと言われたら、思わず、
「お手」
と言って右手を出してしまいそうだ。
「ねえ、龍太君はどっちが可愛いと思う?」
あかりにそう言われて顔を向けると、彼女がアライグマのぬいぐるみを、美月がタヌキのぬいぐるみを手に持っていた。
「……すまないが、尻尾を見せてくれないか?」
龍太がそう言うと、二人は手に持っていたぬいぐるみをクルリと回転させた。
あかりが持っている方の尻尾は、縞模様になっていた。
それを見て初めて、龍太は「ああ、あかりが持っているのはアライグマか」と気づいた。
それくらい、正面からでは違いが分からなかったのだ。
「すまない。俺にはどちらも可愛いとしか言えない」
もし、あかりと美月がぬいぐるみを持っていなければ、周囲からはただのナンパ野郎にしか見えないような返事を龍太がする。
「ええっ?! アライグマだよ、洗うんだよ。絶対こっちの方が可愛いでしょ」
「何を言っているの、あかり。アライグマは見かけによらず凶暴なのよ。甘く見ていると噛まれるわ」
「二人とも、それってぬいぐるみの外見とはあまり関係ないと思うんだけど」
その後、3人は服売り場の前を通りかかった。
当然、そのような場所に来ると、あかりが美月の手を引いて中へと入っていく。
「ねえねえ、ちょっと見ていこうよ」
「いいけど、時間は大丈夫なの?」
「まだ平気だよ」
まあ、確かに映画やコンサートに行くわけではないので、多少は時間の融通が利く。
要するに、営業時間内に行けばよいのだ。
こういう場所に来ると、二人はよくお互いの服を選び合う。
美月はあかりにシンプルなデザインの少し大人びたワンピースを選び、逆にあかりは美月に派手でヒラヒラした飾りのついたギャルっぽい服を選んだ。
二人が同時に試着室へと入っていき、龍太が売り場に一人取り残されることになった。
すると、周囲から何とも言えない視線が彼に集中した。
「なに、あの男の子。二股?」
「まさか、あんな可愛い子たちと?」
ヒソヒソと話す囁き声まで聞こえてきた。
「龍太君、覗いたら駄目だからね」
「私は構わないけど、覚悟してもらうわよ」
試着室を仕切るカーテン越しに、二人の声が聞こえてくる。
「安心しろ。頼まれても覗かないから」
「ええ~っ、ちょっとぐらいなら許してあげるよ」
「さっきと言っていることが違うぞ」
そのような会話をしていると、周囲の視線に怒気というか、殺気が含まれ始めた。
「ねえ、あかり。これってどうやって着るの?」
「龍太君、教えてあげて」
「すまないが、俺をからかうのはほどほどにしてくれ。そろそろ警備員を呼ばれそうだ」
気まずい空気は、二人が試着室のカーテンを開けると霧散した。
それほど、二人は魅力的だったのだ。
「わぁ~、可愛い」
「ホント、綺麗な子は何を着ても似合うわね」
先ほどまで龍太に敵意を向けていた客たちが、二人を見て驚いている。
「うん、いいね。こういうのをギャップ萌えと言うのか?」
あかりから「ねえ、龍太君、どっちが似合う?」などという質問が飛んでくる前に、龍太が感想を口にした。
「そうかしら。私にこういう服は似合わないと思うけど」
そう言いながらも、美月は照れていた。
その後、二人は元の服に着替え直すと、
「さあ、今度は龍太君の服を……」
と言い出したので、
「腹が減ったな。そろそろ行かないか?」
と、龍太は言って、それを阻止した。
男性服売り場で同じようなことをしたら、今度こそ本当に嫉妬に狂った野郎どもに襲われるかもしれない。
【行列のできるラーメン屋】
龍太たちは駅前から歩いて、目的のラーメン太郎に到着した。
普段はバスで店の前を通り過ぎるだけだが、間近で見ると、かなり貫禄がある。
2階建ての古い建物の前には食券の販売機があり、そこに手書きで「ラーメン(大)1000円、(並)800円、(小)600円」と書かれた付箋紙が貼られている。
ラーメン以外には白飯があるだけで、ネギやニンニク、チャーシューを増やしたり減らしたりできるが、驚いたことに値段は変わらないらしい。
ただ、店の入り口には「初めての人はラーメン並を注文してください」と黒マジックで書かれた紙が貼られている。
「物凄い匂い」
美月がそう呟いた。
臭いわけではない。むしろ、とても食欲をそそる匂いだった。
「これは間違いなく美味しいやつだ」
あかりが瞳を輝かせながらそう言った。
時間は昼を少し回っていたため、30人ほどの行列ができていたが、回転が速く、1、2分ごとに次々と客が店内へ案内されていく。
「30分ほど待てば入れそうだな」
龍太がそう言ったとき、
「おい、見ろよ」
「すげぇ可愛い」
後ろからそのような声が聞こえたので、さりげなく振り返ると、通りかかった男たちが列の後ろにどんどん並んでいく。
「あんな子が、こんな店に入るのか?」
「きっと、滅茶苦茶うまいんだろう」
確かに美味しいのだが、店の外観のせいで入ることをためらっていた人たちが、あかりと美月に釣られてどんどん寄ってくる。
「私、大いっちゃおうかな」
「私は、小でいいわ」
自分たちが原因で行列がどんどん長くなっていることに気づいていない二人は、呑気にそんなことを言っている。
見るからにラーメン道を究めた強者のような男性客が、腹をポンポンと叩きながら店から出てきた。
「ごっそさぁん、また来るよ」
「ありやとやんしたぁ!!」
店内から、男たちのドスの利いた声が聞こえる。
そして、その強者客があかりと美月に気づき、少し驚いた。
その表情は、まるで「おやおや、そんな細い体でここのラーメンに挑むとは、命知らずなお嬢ちゃんたちだ」と語っているようだった。
運動部の部員たちが、限界まで減った腹を満たすために立ち寄る店。
考えてみれば、そのような状態なら、何を食べても美味しいのかもしれない。
そのとき、アルバイト店員が行列の人数を数えるために外へ出てきた。
そして、「うおっ! 何だこれは?」と驚いた。
これほど人気のある店なら、スープや麺がなくなれば営業時間を切り上げて閉店するだろう。
そのアルバイト店員は、行列に並ぶ客の人数を一人ずつ数えていった。そして、その途中であかりと美月に気づき、さらに驚いた。
「あの、大丈夫ですか? 品切れとかにならないですか?」
あかりがそう尋ねると、
「え、ええ、大丈夫っすよ」
と、店員は笑顔で答えた。
もし足りなくなっても、あらゆる手段を尽くして、あかりと美月にはラーメンを作ってくれそうだ。
何にせよ、今並んでいる人たちの分は大丈夫なようだ。
アルバイト店員は行列の最後尾まで行くと、店内に戻り、
「店長、店長!」
と、忙しそうにラーメンを作り続けている、プロレスラーのような体型の男に駆け寄った。
「どうした?」
チャッ! チャッ! と麺を湯切りしながら、店長がそう尋ねた。
「外に滅茶苦茶可愛い女の子が並んでいましたよ」
「はぁ? 何言ってんだ。平日ならいざ知らず、休日に来る女なんかいるかよ」
いるとすれば、彼氏と一緒にやってくる大食いの女くらいだ。
「マジなんすよ。エリちゃんの高校の子じゃないですかね。そういえば、エリちゃんは?」
「うるさい。あいつなら今……戻ってきた」
店の奥から、黒地に白い文字で「太郎命」とプリントされたTシャツを着て、ジーンズ姿の若い女の子が出てきた。
髪は白い三角巾で覆い、顔には大きなマスクをつけている。
そのとき、
「やっと、入れた」
「中は少し暑いわね」
あかりと美月、そして、ついでのように龍太も店内に入ってきた。
「な、何だと?!」
二人の姿を見た店長が、思わず固まる。
「ね、ね、超可愛いでしょ」
「マジかよ……」
そう呟いて、店長が頬を赤くした。
さらに、エリちゃんと呼ばれた若い女の子が元気な声で、
「いらっしゃいませ!!」
と言い、店内の人間が一斉に龍太たちの方へ顔を向けた。




