第49話 3人デート
【美月のお出かけ前】
この日は美月も朝からシャワーを浴びていた。
長くて艶のある黒髪は、頭の後ろで器用にまとめられている。
そのため、あかりとは違った魅力に溢れた肢体がよく分かるようになっている。
以前から3人で出かけることはよくあったが、中学の卒業から高校の入学にかけて、色々と忙しかったので少し間が空いていた。
おそらく、あかりはそれが寂しかったのだろう。
まさか大盛りラーメンの店に行きたがるとは思わなかったが……。
龍太は、あかりと美月がお願いをすれば、よほどのことがない限り、それを叶えてくれる。
だからこそ二人も、あまり無茶なことはお願いしないようにしていた。
水着売り場には付き合ってもらっても、下着売り場には誘わないなど。なんとも微妙な線引きだが、おそらく龍太なら、どちらであっても二人のためならついて来るだろう。
基本的に龍太は、それが悪いことや誰かを傷つける行為でない限り、嫌な顔一つせずに承諾してくれるのだ。
そういう意味では、ラーメン太郎は彼にとって結構楽しみな場所だろう。
異世界転生勇者とはいえ、彼の身体は育ち盛りの高校生なのだから。
「今日は、朝ご飯は抜いて行かないと」
いくら太りにくい体質とはいえ、美月は大食いというわけではないのだ。
シャワーを浴び終えると、脱衣所に出て、バスタオルで身体をくるむ。
そのとき、洗面台の鏡が目に入った。
あかりと並ぶと若干凹凸が控えめではあるが、我ながらなかなかなものだと思っている。
白くてきめ細やかな肌。
彼女は覚えていないが、この身体は一度、車に潰されて死にそうになったことがある。
しかし、龍太が異世界の魔術で彼女を助けてくれたのだ。
もし彼がいなければ、たとえ生き延びたとしても、一生、普通の人間と同じ生活が送れない身体になっていたことだろう。
当時、彼女は小学3年生だったが、あのとき心に決めたのだ。
どこまでも龍太について行こう。いや、彼と一緒に歩んで行こうと。
その思いは決して、あかりに負けるものではないと自負している。
「お姉ちゃん、まだぁ~!!」
「お姉さん、急がないと間に合わなくなりますよ」
脱衣所のドアが賑やかにノックされ、双子の弟たちの声が聞こえてきた。
食後の歯磨きの時間なのだが、美月がシャワーを浴びているため、中に入れなかったのだ。
やんちゃ盛りの弟たちは、以前、彼女が入浴中に脱衣所に準備しておいた下着を勝手に持ち出して大はしゃぎし、そのまま家の外まで出て行ってしまったことがあった。
「あなたたちは、決して許されないことをしたわ」
慌てて着替えをして後を追いかけた美月が、室井総合病院の屋上で怯える二人を前にして、そう言った。
仁王立ちになって腕を組み、まだ乾ききっていない黒髪が風でたなびいている。
何より、普段からあまり感情を表に出さない彼女は、この日も無表情だったが、どういう原理か分からないものの、瞳が赤く輝いていた。
「今ここで選びなさい。私がお風呂に入っているときは、脱衣所への立ち入りは禁止。もちろん、シャワーを浴びているときもよ。それを守るか、ここから飛ぶか?」
幼い双子は、姉の下着を握りしめたままガクガクと震えつつ、後者を選んだ。
それ以降も、二人の悪戯は相変わらず続いているが、その約束だけは決して破らなかった。
「ごめんなさい、もういいわよ」
美月がそう言うと、二人がドアを開けて中に入ってきた。
「なんで、今日は朝からシャワーなんか浴びているの?」
「竜也、そんなの決まっているでしょう。龍太お兄さんとデートだからだよ」
やんちゃな竜也に、落ち着いた雰囲気の一也。
「ふぅ~ん」
理解したのか、していないのか分からないが、竜也が洗濯機の上に畳んで置かれている美月の下着に気づいた。
あの日以来、二人は決してそれに触れないようになっている。
「ねえねえ、お姉ちゃん」
「何?」
いくら姉弟とはいえ、二人の前で着替えるのは恥ずかしいので、美月は着替えを持って自分の部屋に向かおうとしていた。
少々はしたないとは思うが、今は父親が病院に行っていて、家には母親しかいないため、ギリギリセーフだろう。
「なんでそんなにパンツが小さいの?」
そう言いつつ、竜也が自分のズボンを少しずらして、ディ〇ニーのキャラクターがプリントされたパンツを見せる。
「体は大きいのに、俺のより小さいじゃん」
その幼児らしい疑問に、美月が何か言う前に、弟の一也が口を開いた。
「そんなの決まっているじゃないか。肌の露出が高いほど男の人が喜ぶからだよ」
そう言って、胸を反らした。
「一也、あなた、そんな言葉をどこで覚えてきたの?」
発言の内容に驚くというより、呆れてしまう。
「なるほど、お姉ちゃんは龍太お兄ちゃんにパンツを見せるために、わざとそんな小さいのを履いているんだ!!」
「ち、ちょっと、竜也! 大きい声でなんてことを言うの?!」
「えっ? 違うの? 他の男の人にも見せるの?」
「見せないわよ!!」
「龍太お兄ちゃんにも?」
「龍太君には……」
そこまで言って、美月は双子の弟たちがそっくりな顔でニヤニヤと笑っているのに気づいた。
「ハァ、あなたたち、性格は全然違うのに、本当にそういうところだけはソックリよね」
10歳も年下の弟たちに、朝からからかわれてしまった。
【待ち合わせ】
龍太は駅前にある大きな時計の下に立っていた。
あかりと美月との待ち合わせまで、まだ10分ほどある。
「可愛い幼馴染二人と、ラーメン屋デートか……」
色気の欠片もないが、自分たちらしいとは思う。
二人とは幼稚園の年少組からの付き合いだ。
彼女たちのことはよく理解しているつもりだ。
そして、この世界で自分が異世界からの転生勇者だと知っているのも、あの二人だけだ。
今でも、あの小学3年生のときのことはハッキリと覚えている。
自分のミスで室井美月を死なせるところだった。
そして、二度と同じ過ちを犯さないために、さらに自分を鍛え、目立たないように生活態度を変えた。
元勇者として人助けはやめられないが、助けるときは人知れず、こっそりとするようにしている。
それこそ、助けられた人すら気づかないように。
もっとも、高校入学直前にやらかしてしまったが。
まさか、不良に絡まれていたのが、自分が入学する高校の生徒会長とは夢にも思わなかった。
待ち合わせの時間の5分前に、美月が到着した。
春物のワンピースとおしゃれなサンダル姿で、長い黒髪はハーフアップにして、頭の後ろで緩くまとめている。
「龍太君、お待たせ」
「いいや、全然待っていないし、そもそも待ち合わせの5分前だ」
そう言ってから、さらに続けた。
「その服、よく似合っているよ。とても春らしいし、今日の美月の髪型にピッタリだ」
龍太は元勇者だけあって、コミュニケーション能力も高い。
性別どころか人種すら違うパーティーメンバーをまとめ上げているうちに、鍛え上げられた能力だ。
「あ、ありがとう」
美月が頬を染め、ソワソワしながら礼を言う。
彼女のこのような表情を見ることができるのは、彼だけだろう。
年頃になってからは、父親にすら無表情で接するようになっている。
「さて、あとはあかりだが」
「そうね。まず、家を出るときにスマホを部屋に忘れていることに気づいて5分、玄関の鏡で前髪が跳ねていることに気づいて、それを直すのに5分、散歩に行きたがるクウちゃんをなだめるのに5分……というわけで、15分の遅刻といったところかしら」
「ああ、まさに目に浮かぶようだ」
そう言うと、二人は笑い合った。
そして、本当に約束の時間から15分後に、あかりが手を振りながら走ってきた。
春らしいベルト付きのミニスカートに薄手のハイネックセーター、さらに厚底のショートブーツという姿だ。
かなり踵が高いはずだが、驚くほど見事な走りっぷりだ。
おそらく、転んだら捻挫は確定だろう。
もちろん、その程度の怪我なら、龍太が軽く触れるだけで治癒することができるが。
「ごめんねぇ~。家を出ようとしたらスマホを部屋に忘れていることに気づいて、あと、前髪が跳ねていたから直したり、クゥちゃんが一緒に行くって騒いでいたから、なだめるのに時間がかかっちゃって」
ハァハァと息を整えつつ、あかりがそう言うと、龍太と美月は顔を見合わせて、プッと吹き出した。
「えっ、なに? どうしたの?」
「いや、何でもない。さあ、走ったらお腹が減っただろう」
龍太がそう言うと、二人と一緒に歩き出した。
【可愛い二人の幼馴染】
昼食を食べに行くには、まだ少し早かったので、龍太たちは駅ビルで時間を潰すことにした。
ここはショッピングモールも兼ねている。
以前はこのような立派な施設ではなかったのだが、市の北部に造った造成地に大企業をいくつも誘致した結果、人口が増え、それに合わせて建て替えられたのだった。
当然、市の税収も増えたため、市駅周辺にはコンサートホールや美術館なども建てられ、それがまた人を呼んでいる。
「この上に可愛い服や雑貨を売っているフロアがあるの」
あかりが嬉しそうに言いつつ、エスカレーターに向かって歩いていく。
「私も時々来るわ」
そう言いつつ、あかりより一足先に美月がエスカレーターに乗り込み、あかりを間に挟んで龍太が最後尾についた。
これは、3人で行動するときの暗黙のルールだった。
元気でよく走り回るくせに、ミニスカートや半ズボンが好きなあかりをガードしているのだ。
実際に以前、あかりがスカートの中を盗撮されそうになったことがあった。
そのときはエスカレーターで駅のホームに上がっていたのだが、ながらスマホをしていた怪しい男が、さりげなくあかりの後ろに張り付き、周囲の視線を気にしつつ、スマホを彼女のスカートの下に忍び込ませようとしたのだ。
当然、そのようなことを龍太が許すはずがなく。
「はい、アウト」
気配を消して男の背後から様子を探っていた龍太がそう言って、男の手からスマホを奪い取り、さらに逃げようとする男の襟首を捕まえて、駅前の交番に突き出したのだった。
警察が調べたところ、男のスマホには数人の女性の下半身の画像が記録されており、そのまま逮捕されている。
ちなみに、あかりの画像はまだ撮られる前だったため、セーフだった。
そのようなことがあったにもかかわらず、あかりは相変わらず今日もミニスカートを履いている。
本人曰く、痴漢なんかには負けない、とのことだ。
「これって、勝ち負けの問題ではないと思うのだけど」
持っているスカートの中で一番裾が短いのは学校の制服という美月が、呆れてそう言っていた。
なんにせよ、本人が強い意志を持ってミニスカートを履いているとはいえ、盗撮のターゲットにされるわけにはいかないので、エスカレーターや階段を上る際には、このようなフォーメーション(隊列)を組むことになったのだった。
エスカレーターを上り終えると、そこはイートインスペースになっていた。
テーブルと椅子が並び、その周辺にジャンクフードやスイーツの店が並んでいる。
まだ昼前のため、食事をする人より休憩している人の方が多く、その視線が一斉に龍太たちの方に向けられた。
「おい、見ろよ、あの二人」
「すげぇ、可愛いな」
特に若い男たちがソワソワしている。
そして、あかりと美月を交互に見た後、最後に上がってきた龍太を見て、眉と唇をしかめる。
「なんだ、あいつ」
「くそ、羨ましい」
龍太もそれなりの外見をしている。
しかし、彼はクラスに2、3人いるイケメンレベルなのに対して、あかりと美月は学年に1人いるかいないかの美少女なのだ。
そのような二人と一緒にいれば、龍太もモブキャラ扱いだ。
「ねえねえ、私たち可愛いって」
ニヤニヤと笑いつつ、あかりが美月に小声でそう言った。
「みたいね。まあ、当たり前すぎて何とも思わないけど」
こちらは相変わらずクールだ。
そして、二人揃って龍太の方をチラッと見た。
「俺にどのようなリアクションを求めているんだ?」
「それは照れるなり、ドヤ顔してほしいところだけど」
あかりがそう言うが、
「そんなことをしたら、面倒なことになるからやらない」
下手に挑発したら、嫉妬に狂った男たちに絡まれたり、嫌がらせをされたりするのだ。
「まあ、調子に乗った龍太君なんて見たくないけど」
最後に美月が肩をすくめて、そう言った。




