第48話 お出かけの約束
【癒しの時間】
結局のところ、謎が増えただけで高校生活二日目が終わった。
あの後、龍太はあかりと美月に両腕を掴まれたまま学校を出て、そのまま下校した。
本音を言えば、もう少し瀬戸恵理巣から天野静流の情報を聞き出したかったのだが、とてもそれができるような雰囲気ではなかった。
まあ、彼は有名人のようなので、会長以外からも情報を得ることはできるだろう。
下手に固執して幼馴染二人の機嫌を損ねる方が、後々面倒なことになる。
「お兄ちゃん、高校って面白い?」
実は彼は今、自宅で妹の茂音と一緒に風呂に入っていた。
湯船に一緒に浸かりながら、アヒルのおもちゃで遊んでいる。
「ん? ああ、そうだな。面白そうだよ」
可愛い妹の頭を撫でながら、そう答えた。
「何をして遊んでるの?」
「学校は勉強をする場所だから、あまり遊ばないんだ」
特に、豊成高校は進学校のため、授業の内容はかなりハイレベルだ。
明日からは通常どおりの授業が始まるため、今の浮かれた空気も一掃されるだろう。
「ええ~、遊ばないの?」
幼稚園児の茂音にしてみれば、友達がたくさんいるだけで楽しいのだろう。
「勉強も楽しいぞ」
「茂音もお兄ちゃんと一緒にする勉強は好きだよ」
天使としか表現できない、明るくて可愛い笑顔でそう言われ、龍太は魅了の効果を受けた。
あ~っ、なんて可愛いんだ。こんなに可愛いなら、あと2、3人妹がいてもいいぞ。
さすがに両親に「頑張ってほしい」と直接お願いするわけにもいかないので、心の中だけでそう考えるのだった。
【幼馴染の機嫌取り】
翌朝、龍太は幼い頃からのルーティンであるトレーニングをしていた。
ジョギングと呼ぶには速すぎるペースで、早朝の町内を走っていく。
その足元には黒柴犬のゼルがいて、ピタリと彼に張り付いている。
『なるほど、その天野静流という男は怪しいな』
『ああ、しかし魔力などは感じない』
二人(正確には一人と一匹)は、走りながら思念波で会話をしていた。
『もしかしたら、魔王城で転生の魔法陣に巻き込まれた魔族じゃないかと考えているんだが』
『う~む、あの時、魔王の間にはお前たちにやられた我の配下の者たちが大勢倒れていたからな』
『死者でも転生の魔法陣の影響を受けたりするのか?』
『それはない。虫の息であっても、生きていればあり得るがな』
二人は猛スピードで住宅街を駆け抜けていく。
たまにすれ違う人は、短距離走か?! と勘違いするレベルだ。
『異世界の悪霊召喚魔法陣か……。魔法陣の種類と召喚者の魔力に応じて、呼び出される者のランクが決まるが』
龍太は、昨日、オカルト研が低級悪霊を召喚していたことをゼルに伝えていた。
それによると、魔力を持たないこの世界の人間では、ほぼ無害な者しか呼び出せないらしい。
『この世界の人間が召喚した場合、どうなる?』
『そうだな。少し眠くなったり、小腹がすいたり、幸運度が下がって足の小指を箪笥の角にぶつけるぐらいか』
言い換えれば、上級の悪霊などが呼び出されたら、いきなり意識を失ったり、錯乱や発狂したり、信号無視をして突っ込んできた車に跳ねられて瀕死の重体になったりしかねないということだ。
『どのみち、すぐに霧散して消滅するだろうがな』
『そうか』
その時、角を曲がった瞬間、狭い路地を軽トラックが走ってきた。
制限速度は守っていたが、龍太とゼルの速度が速すぎたため、かなり際どいタイミングだった。
運転手が驚いて急ブレーキを踏もうとするが、それより先に二人(一人と一匹)がヒョイとジャンプして軽トラックを飛び越えた。
そして、スチャッと着地すると、何事もなかったかのようにそのまま走り去っていく。
『もし本当に異世界からの転生者なら、また貴様に接触してくるだろう』
『それまで様子見か』
『下手に刺激して、学校で暴れられたりしたら大事だからな』
確かに、学校には人質にできる生徒や教職員がウジャウジャといるのだ。
彼らを盾にされたら、龍太は手も足も出せなくなる。
家に帰ると、龍太は筋トレをしてからシャワーを浴びた。
それが終わると、妹の茂音を起こし、着替えさせてから一緒に朝食を食べた。
朝食後は着替えを済ませ、母親と妹に見送られながら家を出る。
別にこのまま走って学校まで行ってもいいのだが、あかりと美月が一緒に登校しないと怒るので、バス停へ向かった。
家から10分ほど歩いて表通りに出ると、そこにバス停があった。
時間どおりにバスがやって来ると、それに乗り込み、吊革を持って立った。
彼は電車であっても、一人の時はシートに座らない。
少し走ると、
「次は室井総合病院前」
という車内アナウンスが自動で流れた。
それを聞いて龍太は吊革から手を離し、空いているシートに腰を下ろした。
すると、そのバス停で、室井総合病院院長の娘、室井美月が乗ってきた。
「おはよう、龍太君」
「おはよう、美月」
そう挨拶を交わすと、美月が龍太の隣に腰を下ろした。
この時、龍太が立ったままだと、彼女もそれに付き合って座らないので、龍太はわざとシートに腰を下ろしたのだ。
「今日から本格的に授業が始まるわね」
「そうだな。昨日の説明だと、週に数回、抜き打ちテストがあるらしい」
「あかりが嫌そうな顔になっていたわ」
美月が口元に手を当てて上品に笑う。
さすがは進学校と言うべきだろう。あの手この手で生徒たちの学力を上げようとしている。
バスに乗り合わせた乗客たちも、二人の制服を見ると、少し距離を置く。
それほど私立豊成高校は有名なのだ。
その後、いくつかバス停を経由すると、神崎あかりが乗ってきた。
「あっ、二人ともおはよう」
他の乗客に迷惑にならない程度の声で挨拶をしながら、彼女が近づいてくる。
「おはよう、あかり」
そう挨拶を返すと、龍太が立ち上がり、代わりに彼女を座らせた。
今、車内はそれなりに混雑しているため、三人が並んで座れる余裕はない。
「そういえば、昨日チア部で聞いたんだけど、学校の近くに美味しいラーメン屋があるんだって」
「ああ~、もしかして大通りの?」
このままバスで学校に近づいていくと、その店の前を通るのだが、よく客が並んでいるのが見えた。
「ここ、ここ」
あかりがスマホを取り出すと、「ラーメン太郎」という店の情報を呼び出し、その画面を龍太と美月に見せた。
「こ、これは……」
そこは、世にいう大食いが集まる店で、スープが見えないほど麺と焼き豚と野菜が盛り付けられていた。
店の雰囲気も、昭和のラーメン屋のような内装で、壁や天井は黄ばみ、床も油でベタベタしていそうだった。
部活でお腹を空かせた学生たちには人気があるだろうが、一般の女子高生には敷居が高すぎるような気がする。
デートはもちろん、女友達同士でちょっと寄っていくという雰囲気ではない。
「今度、食べに行こうよ」
しかし、あかりはすっかり食べに行く気になっていた。
「とっても美味しいんだって」
それを聞いた美月の表情が少し険しくなる。
『死ぬ気?』
実は、美月はいくら食べても太りにくい体質なのに対して、あかりは摂取カロリーに比例して体重が増える体質だった。
そのせいで、過去に何度も美月はあかりのダイエットに付き合わされている。
しかし、その後、無事に体重が落ちても胸のサイズは増えたままという、何だか納得がいかない結果に終わっていた。
「そうか、いいだろう」
龍太がそう返事をすると、美月が今度は彼の顔を見上げた。
彼が行かないと言えば、あかりは諦めるだろうが、基本的に龍太はあかりと美月の誘いを断ったりしない。
「本当に行くの?」
美月がそう言うと、それを不満と受け取ったあかりが、
「え~、じゃあ龍太君と二人で行こうか?」
と、龍太に言った。
「何を言っているの。私も行くに決まっているでしょう」
少しムッとした表情で、美月がそう言った。
【あかりのお出かけ前】
ラーメン太郎に行く約束をしてから数日がたった、高校に入って初めての休日。
神崎あかりは朝からシャワーを浴びていた。
今日の昼食は、龍太や美月と一緒に、そのラーメン太郎に行くのだ。
たとえ行き先が大盛りラーメン店であっても、龍太と出かける以上、おめかしをしなければならない。
あと、絶対に美月もおしゃれな格好をしてくる。
鼻歌を歌いつつ、体の隅々まで綺麗にしていく。
風呂場の鏡に映る自分の姿を見て、ニヤリと笑う。
「我ながらよく育ったものだわ」
その視線は自分の胸に向けられていた。
幼馴染である室井美月は、同性のあかりから見ても綺麗で魅力的だった。
外見に関しては、決して自分も負けてはいないと思っているが、タイプが違いすぎるため、勝っているとも言い切れない。
その点、この二つの膨らみだけは自信があった。
もっとも、一番重要なのは龍太の好みだ。
どれだけ大きさや形が整っていても、彼が魅力的に感じてくれないのでは意味がない。
そう、あかりにとって、すべての基準はそこにあった。
明るく可愛く、スタイルも良いあかりは、中学時代からよく異性にモテた。
クラスメイトはもちろん、先輩や後輩に至るまで、何度も告白されている。
しかし、彼らは誰一人として龍太を超えることができなかった。そもそも、比べることすらできなかった。
それほど彼への想いが強くなっている。
異世界からの転生勇者。普通の人間がそのようなことを言えば、
「そう、凄いね。じゃあ」
と言って、二度と関わらないようにするだろう。
しかし、彼は本物だった。
現に、そうでなければ説明がつかないことが何度も起こっている。
実は、小学生の時に転生勇者だとカミングアウトされてから、彼はあかりと美月の前では時々魔術を使っていた。
ちょっとした怪我を治癒したり、遅刻しそうになった時に、彼に抱えて走ってもらったこともあった。
さすがに、軽々と二階建ての住宅や路上駐車されているトラックを飛び越えられた時は、「勇者ってすごく便利だ!!」と驚いてしまった。
龍太の説明によると、勇者の能力として、常時、魔力で身体が強化されているらしい。
あかりや美月と一緒にいるときに、絵に描いたような不良に何度か絡まれたことがあった。
「おうおう、お前、何、人前でイチャついてんだよ?」
といった感じで、要するに、可愛いあかりと美人の美月と一緒にいる龍太が気に食わなかったのだろう。
そして、相手が暴力に訴えてきたとき、龍太は誰からも格闘技など教わっていないはずなのに、カンフーアクション映画のように軽々と相手の攻撃を避け続け、最後は相手が勝手に自滅していた。
「あの程度の動き、ゼルの攻撃に比べればスローモーションに見えるよ」
目つきの悪い黒柴犬がそんなに凄い攻撃をするのか?! と驚いたが、実はゼルは異世界からの転生魔王らしい。
まあ、とりあえず、そのような不思議な能力を持ち、優しくて頼りになる彼と幼稚園から一緒にいれば、他の異性など眼中に入るはずがないのだ。
ただ、あかりは親友である美月も大好きだったため、できればいつまでも三人で一緒にいたいとも考えている。
シャワーを浴び終えると自分の部屋へ戻り、お気に入りの下着を身に着ける。
今日のお出かけでは、これを誰かに見せる予定はないが、
「魅力的な女は、見えないところもおしゃれをするものよ」
と母親に言われて以来、それを守っているのだ。
ちなみに、彼女の母親は現市長、神崎誠司の妻でもある。
あと、見せるとすれば龍太だけだ。
他の男どもには見せるつもりはない。
「龍太君って、どんな下着が好きなんだろ?」
気にはなるが、彼のことだから真顔で、
「そうだな、動きやすくてシンプルなものが好みだな」
などと、女心を跳ね返す盾のような回答をしてくるだろう。
「とりあえず、特盛ラーメンを食べるから朝ごはんは抜いて行こう」
そう言うと、下着姿のままフンッと気合を入れるあかりだった。




