第47話 前生徒会長と現生徒会長
【謎の先輩】
「茂野龍太君だね?」
振り向いた龍太に、その先輩がそう尋ねてきた。
小顔で長身。まるで最近流行りの韓流男性アイドルのような外見をしている。
『誰だ?』
これだけ目立つ外見なら、一度でも会っていれば覚えているはずだ。
しかし、まったく記憶にない。
「あなたは誰ですか?」
とりあえず、先輩であることに間違いはないので、警戒しつつも丁寧に聞き返す。
「ああ、ごめんね」
そのイケメン先輩が、柔らかい笑みを浮かべながら言った。
「僕の名前は天野静流。3年生で、先代の生徒会長だよ」
『先代の生徒会長? もしかして、瀬戸(恵理巣)会長が俺を執行委員に誘うために、説得を頼んだのか?』
会長本人が来たら、あかりと美月が警戒する。しかし、同性なら近づきやすいだろうと判断したのかもしれない。
龍太がそう考えていると、
「いいや、違うよ。恵理巣ちゃんとは無関係だ」
彼が何か言う前に、天野静流が先回りしてそう言った。
心を読まれた? それとも、洞察力が優れているのか?
どちらにせよ、別に龍太を小馬鹿にしているわけではないのだろうが、ずっと余裕の笑みを浮かべているため、何となく不快に感じる。
『とりあえず、敵意も害意も感じないが、掴みどころがないな』
そう考えていると、さらに、
「君は川井先生って覚えているかい?」
と聞いてきた。
「川井先生? 小学生のとき、お世話になりました」
龍太がそう答えると、
「今は結婚して、天野姓になっているんだよ」
それを聞いて、ピンときた。
「まさか……あなたは川井先生の旦那さんの肉親ですか?」
「正解。僕は、(旧姓・川井)良子さんの旦那さんの弟だよ。でも、ヒントをあげすぎたから、ポイントは半分ね」
天野静流は飄々とした態度を崩さない。
『この男、一体何が目的だ? もしかして、オカルト研の魔法陣と関係があるのか?』
「君、小学1年生のとき、良子さんに監視されたりしなかった?」
「なっ?!」
確かに、そのようなことがあった。しかし、それは当時の市長である祖父江金五郎の差し金だった。
彼女は生徒思いの優しい教師で、その指示に嫌々従っていたのだ。
「次のヒントだ。僕の兄は市役所で働いているんだよ」
それを聞いて、何となく線がつながったような気がした。
しかし、龍太を驚かせたのは、それに続く言葉だった。
「祖父江市長を引きずり下ろしたの……君でしょ?」
『こいつ、何者だ? 何を知っている? そして、何を企んでいる?』
龍太の表情が険しくなった。
右手を握り、いつでも聖包丁(剣)エルグレイザを召喚できるように魔力を高める。
【見抜く者】
「こら、そこで何をしているの!?」
突然、声が聞こえ、張り詰めていた緊張が一気に解けた。
龍太と静流が同時に顔を横に向けると、生徒会長の瀬戸恵理巣がスタスタと近づいてきて、龍太と天野静流の間に割り込んできた。
「やあ、恵理巣ちゃん。見回りかい?」
天野静流が、相変わらず飄々とした笑みを浮かべたまま、そう言った。
「ええ。先輩のような人が新入生相手に何か悪戯をしないよう、見張っています」
腰に両手を当て、肩を怒らせる現生徒会長。
龍太はその後ろ姿を見つめながら、ふと思った。
そういえば、異世界でのパーティーメンバーにも、綺麗な金髪の女性がいたな……。そもそも、俺も金髪だったし。
などと、少しずれたことを考えていた。
そして、重いため息をつきつつ、心の中で彼女に感謝した。
危うく、学校で包丁を振り回して警察に捕まるところだった。
「大丈夫? 茂野君、何か変なことをされていない?」
恵理巣が振り返り、龍太に向かってそう尋ねてきた。
どうやら、本当に心配してくれているようだ。
「ええ、特に何もされていません」
「おいおい、何で僕が彼に変なことをする前提なんだよ?」
「実際に、あなたが変なことばかりしているからです」
二人の掛け合いを見て、龍太は考えた。
そうか。先代と現役の生徒会長同士、何かあったみたいだな。
そもそも、この軽薄なイケメンが生徒会長とは、この学校の生徒は真面目に投票したのか? それとも、立候補者が彼一人しかいなかったのか?
女子には人気がありそうだが、とても真面目に生徒会活動をするようには見えない。
そういえば、現役の生徒会長も金髪美人だな。もしかして、生徒会長は外見で選ばれているのか?
「天野先輩、彼と何を話していたのですか? 女子には優しいのに、男子に声をかけるときって、だいたい相手を怒らせて喧嘩になりますよね」
「失礼だな。僕が彼に声をかけたのは、彼が優秀だからだよ」
「なぜ茂野君が優秀だと分かるのですか?」
恵理巣にそう詰め寄られ、静流は、
「雰囲気かな」
と答えた。
「また、訳の分からないことを」
「だって、恵理巣ちゃんが気に入るぐらいだもん」
「そ、それは……」
彼女が龍太に興味を持ったのは、入学式の前日に不良たちから助けてもらったからなのだが、さすがにこの場では言えない。
「あと、彼は普通の人間じゃないよね」
そう言った瞬間だけ、天野静流の顔から軽薄な笑みが消えた。
それに気づいた龍太も、表情を引き締める。
この先輩、俺に何を感じたんだ? 何を知っている?
そんな疑念が頭をよぎる。
龍太の反応を見て、静流はすぐにニヤケ顔に戻った。
「それじゃあ、怖い生徒会長に見つかったことだし、退散するよ」
「そういえば先輩、さっき生徒会室のパソコンで何かプリントアウトしたでしょう?!」
恵理巣がそう言って後を追いかけていくが、静流は手をヒラヒラと振りながら逃げていく。
「こら、待ちなさい!! 個人情報漏洩ですよ!!」
「可愛い新入生の超極秘情報だよ」
「そんな物は、あのパソコンに入っていません!!」
【前生徒会長の謎】
天野静流の長身が遠ざかり、廊下の角を曲がると、それまで彼の背中を威嚇するように睨みつけていた瀬戸恵理巣が、龍太の方に振り返った。
「大丈夫だった?」
そして、再び少し心配そうに尋ねてきた。
「ええ、大丈夫です」
「本当に? 少し顔色が悪いわよ」
真正面から顔を見つめられ、龍太は驚いた。
えっ? そんなに不安そうな顔をしていたのか、俺は?
これまで、誰かを守ったり、心配したりすることはあっても、その逆は滅多になかったので、新鮮で戸惑ってしまう。
まあ、時々あかりや美月に心配されることはあるが、それは龍太がしつこく女性に迫られ、途方に暮れているときだった。
実は龍太は、魔術で魅了が使える。しかし、異世界でも現世でも、人間相手にそれを使うことは滅多になかった。
どうしても手に入れなければならないアイテムを商人から買おうとしたとき、お金が足りず、相手を魅了して少し値引きさせたり、城や牢屋に潜入するときに、門番や牢番を魅了して油断させたり。そのような使い方しかしていない。
魅了という魔術は、相手に好意を持たせるというより、好感度を上げる程度の効果しかないのだ。
そういえば、勇者パーティーでこれを使えたのは、俺と大僧侶ぐらいだったな。それに対して、魔王軍には結構使える魔族がいて、人間を裏切らせたり、仲間割れさせたりと、大変な目に遭わされた。
ちなみに、人間が使う魅了の魔術は魔族や魔物にはまったく効果がなかったのに対し、魔族が使うそれは人間に効きまくったのを覚えている。
「それなら良いけど」
龍太の表情から険しさが消えたのを見て、恵理巣の表情も元に戻った。
「あの人って、何というか、底が見えないというか、掴みどころがないのよね」
「でも、生徒会長だったのですよね?」
いくらイケメンでも、そんな怪しい人間が生徒会長に選ばれるだろうか?
いや、逆か。真面目で堅苦しいことを言う者より、ああいう軽いノリの人間の方が、案外受けが良かったりするものだ。
「そうなんだけど、選挙のときは皆が彼に投票しまくって、びっくりするぐらい圧勝だったのよ」
「他に、魅力的な立候補者がいなかったのですか?」
「見た目だけならそうだけど、優しくて明るい本命の人は別にいたのよ。選挙活動も一生懸命やっていたし、天野先輩はその点、まったく選挙活動をしていなかったわ」
「では、選挙演説のときに、ものすごく良いアピールをしたのですか?」
「う~ん、ろくなことを言っていなかったわね。やる気もまったく感じられなかったし、逆にそれが良かったのかもしれないけど」
首を傾げ、2年前の秋に行われた生徒会選挙のことを思い出しながら、恵理巣がそう言った。
かく言う彼女も、天野静流に一票を投じていたのだ。
豊成高校の校則では、生徒会長をはじめ、役員は1年しか務められないことになっている。
もしそのルールがなく、昨年の秋の時点で彼が再び生徒会長に立候補していたら、恵理巣は負けていた可能性が高い。
ちなみに、恵理巣のときは、彼女が立候補した時点で、他の候補者たちは皆、立候補を取り下げている。
天野静流のときとは違い、彼女は1年生のときから良い意味で目立ちまくり、男女を問わず人気があったからだ。
下手に立候補しようものなら、スマホに脅迫メールが分単位で届くことになる。
「私もあの人に投票したんだけど……一生の不覚だわ」
彼女がそう言ったとき、
「あ~っ!!」
天野静流が去っていった方向から、甲高い声が聞こえてきた。
驚いた恵理巣と龍太が顔を向けると、あかりと美月がものすごい勢いでこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
「ちょっと龍太君、これどういうこと?!」
「瀬戸会長、やり方が少し卑怯なのではありませんか?」
そう言いつつ、二人は恵理巣と龍太の間に割り込んできた。
「ひ、卑怯って、偶然よ。私は行き過ぎた勧誘が行われていないか見回りをしていただけで、ここで偶然、茂野君と会っただけ」
「本当にぃ~?」
今度は二人が龍太の方に振り返った。
「ああ、会長の言うとおりだ」
彼がそう答えると、二人の怒りのボルテージも下がった。
「そうなんだ。それでは、私たちは帰りますから」
「失礼します」
「お、おい、二人とも」
昨日からこればっかりだな、と思いつつ、龍太は二人に左右から腕を掴まれ、連行されていく。
「すみません、瀬戸会長。失礼します」
「はいはい、気をつけてね」
そんな三人を、恵理巣は苦笑いを浮かべながら手を振って見送った。




