第44話 部活動見学
【筆は凶器】
室井美月は、主に文化系のクラブが活動している校舎の中を歩いていた。
廊下にはさまざまなクラブのポスターが貼られ、自分たちがどこで活動しているのか、目立つように記載されている。
当然、部員たちも新入生をスカウトするため、プラカードを持って歩き回っていた。
「書道部です。字が綺麗だと勉強が楽しくなりますよ!!」
美月の前に、「書の美しさは心の美しさ」と達筆な文字で書かれたプラカードを持った女子生徒が立っていた。
そして、彼女に向かって笑顔で勧誘してきた。
「あなた、いいわね。とても綺麗な文字を書きそう!!」
まあ、書道は幼い頃から習っていたので、それなりに自信はある。
「ちょっと、覗いていかない?」
そう言って、目の前にある教室を指さした。
ドアの前には「新入部員歓迎!!」と、やはり達筆な文字で書かれた大きな半紙が貼られている。
まあ、手始めにはちょうどいいわね、と考えると、美月は中に入っていった。
「ようこそ……って、おおっ?!」
入口で待機していた男子部員が、美月を見て驚いた。
無理もないだろう。彼女の外見が、それだけ魅力的ということだ。
「えっと、君、学校の授業以外で書道の経験は?」
そう聞かれ、彼女は「少しだけ」と答えた。
「そっか。じゃあ、ちょっと書いてみようか。その方が雰囲気を味わえるだろうし」
男子部員はそう言って、教室の中へ美月を招き入れた。
そこには机がずらりと並べられ、見学に来た新入生が何人か書道体験をしていた。
そして、机の反対側には部員たちが座り、
「いいね、センスあるよ」
「個性的な字だね。いいよ、いいよ。思ったとおりに筆を動かして」
などと、調子のいいことを言っている。
「部長、この子をお願いします」
男子部員がそう言うと、空いている机のそばに立っていた三年生の男子が振り返り、手を上げた。
どうやら、彼が部長らしい。
細身で、肩まである長い髪。いかにも文科系といった雰囲気のイケメンだ。
「こちらへどうぞ」
部長に呼ばれ、美月は近づいていった。
「もしかして、君は室井さんかい?」
「なぜ、私の名前を?」
「噂になっているからね。今年の新入生に、長い髪のものすごく可愛い子がいるって」
「そうですか」
勧められるままに椅子に座ると、机の上には半紙と、墨の入った硯が置かれていた。
「好きな文字を書いてみてよ」
そう言うと、イケメン部長が彼女に筆を渡した。
それを受け取ると、美月は毛先に指で触れ、硬さを確かめた。
そして背筋を伸ばすと、筆に墨を含ませた。
「おっ、君、なかなか筋がいいね」
一画ずつ丁寧に書いていく彼女の指の動きを見て、部長が静かな声でそう言った。
美形がそのようなことをすれば、普通の女子なら頬を赤らめて照れてしまうだろう。
現に、入部希望者は男子よりも女子の方が圧倒的に多かった。
「頑張れ、部長」
「その子は超大物新人ですよ」
「そうそう、その子が入部してくれたら、さらに(男子の)入部希望者が増えます」
他の部員たちが、声には出さずにそんな声援を送っている。
「君、字が綺麗だね」
部長が美月に顔を近づけながら、少し鼻にかかった声でそう言った。
「字が綺麗な人は心も綺麗だけど、君は髪も綺麗だ」
普通の男が口にしたらドン引きされる台詞だが、彼が言うと、それなりに絵になる。
実際、彼のこの囁き攻撃で、数名の新入部員を獲得していた。
『フフフ、これでこの子も入部確定だな』
部長は心の中でそう確信していた。
しかし、美月は頬を赤らめるどころか、不快そうに眉をしかめ、
「気が散るので、顔を近づけないでください」
と、冷たく言ってきた。
「えっ、あ、ああっ、ごめんね」
少し傷ついた表情の部長が、顔を離した。
おかしい。俺の甘い囁き攻撃が通用しないなんて。
しかし、そうか。この子は照れているんだな。クールすぎるから、外見にはそれが出ないだけだ。そうだ、そうに決まっている。
部長はそう考えると、椅子から立ち上がり、美月の背後に回り込んだ。
この子は後ろ姿も綺麗だな、などと考えながら、
「いい姿勢だけど、少し肩の力を抜こうか」
そう言って、彼女の肩に触れようとした。
しかし、その直前に、
「触ったら筆を鼻に突っ込みますよ」
美月が冷たい声でそう言い放った。
それを聞いた瞬間、部長は「ヒィ!!」と小さな悲鳴を上げて、後ずさった。
それほど、美月の声には殺気がこもっていたのだ。
さらに彼女は筆を置くと、自分が書いた半紙をそっと持ち上げた。
そして振り返り、イケメン部長に見せた。
そこには「セクハラは死罪」と、綺麗な文字で書かれていた。
「どうぞ、差し上げます」
そう言って差し出すと、涙目になった部長がそれを受け取った。
「それでは失礼します」
彼女はそう言うと、静まり返った教室から颯爽と出ていった。
そして、彼女の姿が見えなくなると、イケメン部長はその場に膝をつき、部員たちが慌てて駆け寄って彼を慰めたのだった。
【最強装備チア】
体育館と本校舎の間には広めのスペースがあり、今はそこで軽音楽部が演奏をしていた。
ちなみに、この学校にはきちんとした音楽室があるのだが、そこは吹奏楽部が使っている。
「あっ、これ知ってる」
偶然通りかかった神崎あかりが足を止め、五人の女子生徒が奏でるアップテンポな曲に聞き入った。
去年流行ったアイドルグループの曲で、露骨に可愛さをアピールしているのに、最後は片思いの相手に告白して振られ、「世界なんて滅んでしまえ」とデスメタルのような声で叫ぶという、過激なオチがつくことで有名だった。
音楽に興味がない人でも、その部分だけは知っていて、子どもたちが面白がって真似をするため、親たちが眉をひそめているとかいないとか。
そして、たいてい親が子どもに聞かせたくないと考えるものほど、当の子どもたちには受けるものだ。
龍太や美月は音楽に興味がないわけではないが、流行の曲よりも古い歌や渋い曲の方が好きなため、その点ではあかりと好みが合わない。
軽音楽部の周囲には十人ほどの生徒が集まっていたが、その間を、一人の部員が画板と鉛筆を持って声をかけて回っていた。
その部員は唯一の男子生徒で、軽音楽部というより、フォークソング部の方が似合いそうな雰囲気だった。
どうやら、興味を持ってくれた新入生にアンケートを書いてもらおうとしているらしい。
そして、彼はあかりに気づくと、驚いた。
どうやら彼女の外見を見て、「この子が入ればメインボーカル決定!!」などと考えたのだろう。
「君、よかったらアンケートに協力してくれない?」
そう言うと、アンケート用紙を挟んだ画板を差し出してきた。
「まあ、アンケートぐらいなら」
入部する気はないが、好きな曲を演奏してくれていたので、お礼ぐらいはしようと考え、それを受け取った。
用紙の一番上には、
『こんにちは、軽音楽部です。より素敵な演奏ができるように、アンケートに協力してください』
と書かれていた。
その下には、「あなたはどのようなジャンルの曲が好きですか?」「楽器を使ったことはありますか?」「YESの場合、それは何の楽器ですか?」といった感じで、十個ほどの設問が続いていた。
「えっと、明るい曲なら何でも好きです……楽器は……」
などと、一つずつ回答していくと、一番最後に、
『あなたは軽音楽部に入部する気はありますか?』
という質問があった。
その設問だけは、YESかNOの二択式になっている。
男子部員は瞳を輝かせ、あかりがYESに丸をつけるのを期待していた。
しかし、彼女は何のためらいもなく、隣にある否定的な回答に印をつけた。
「ええ~っ……」
「はい、では失礼します」
あかりは可愛らしい笑顔でそう言い、頭を下げると、その場を離れようとした。
「ち、ちょっと待って。君ぐらい可愛かったら、すごい人気者になれるよ」
慌てた男子部員が、そう言って引き留めようとした。
「私、もう入部したいクラブを決めているんです」
そう言って小さく手を振り、あかりは歩き出した。
「えっと、チア部は体育館だって聞いたけど」
私立豊成高校は、文武両道をうたうだけあって、体育館も大きい。
さらに、温水プールや卓球場、レスリング室、ダンス室、筋トレ室も併設されている。
そして、この巨大な体育館とは別に、柔道部や剣道部、空手部などが入る武道館という建物まである。
あかりが目指すチア部は、その体育館内にあるダンス室で活動しているはずだった。
「あった」
体育館の入口には、校舎内と同じく、さまざまなクラブのポスターが貼られ、呼び込みの生徒たちがビラを配っていた。
「女子バスケ部は、去年インターハイ……に、もうちょっとで行けるところでしたぁ~!!」
「温水プールで一年中泳げます。初心者、大歓迎ですよ!!」
それぞれの部活のジャージ姿の上級生たちは、新入生が近づいてくると、我先にと駆け寄ってきた。
そして、少しでも脈がありそうだと、体育館前にいる生徒に、
「この子、お願い!!」
と言って、そちらへ向かわせる。
体育館前には各部活の案内担当の生徒がいて、そこから先は、先輩たちが他の部活に引き抜かれないようにガードしつつ、見学希望者をエスコートしてくれる仕組みになっていた。
「チア部でぇ~す! 可愛いコスチュームが着られますよぉ~!!」
その中には、チア部の先輩もいた。
どうやら学校の決まりで、勧誘する生徒は制服か体操服以外を着てはいけないらしい。
はっきり言って、それぞれの部活のユニフォームを着ていれば、一目でどのクラブか分かる。
しかし、噂では、過去に目立とうとしてコスプレ大会のような状態になり、校長の怒りを買ったらしい。
厳密に言えば、上級生たちは体操服ではなく、部活で作っているジャージ姿なのだが、その辺りがギリギリのボーダーラインのようだ。
「すみません、見学したいのですけど」
あかりがチア部の先輩に声をかけると、
「ありがとう……って、わぁ~!!」
振り返った先輩は彼女の外見を見て驚き、真剣な表情になった。
「絶対に入部してね!!」
そう言ってきた。
「と、とりあえず見学させてください」
その後、あかりは体育館の二階にあるダンス室へと案内された。
ダンス室も大・中・小と複数あり、チア部は中ダンス室で活動していた。
すでに三十人ほどの新入生が見学に来ていて、壁際に並んでいる。
全員女子で、その視線の先では、先輩たちがチアの衣装を着て、キレのあるダンスを踊っていた。
チア部と言っても、大きく分けて二つの種類がある。
チアダンス部とチアリーディング部だ。
チアダンスは、その名のとおり、キレのあるダンスをするのがメインで、チアリーディングはスタンツ(リフトやピラミッド)やタンブリング(宙返りなど)を行う。
テレビなどでよく紹介される、ハードな組体操をするのは後者で、難易度も高い。
豊成高校のチア部は、そのチアリーディングを主に行っていた。
「主に」というのは、チア部らしく野球部やサッカー部の試合にも出向き、その際には普通に可愛らしくポンポンを振って応援もしているからだ。
「Go! Fight!! Hosei Win!!」
飛んだり跳ねたりしながら、ときどき張りのある大きな声で掛け声を上げる。
「す、すごい……」
それを見て、あかりが呟いた。
実は彼女は、チアダンスをイメージしてチア部に入ろうと考えていたのだが、これはこれで格好いいと感じてしまった。
トランポリンもないのに、小柄な先輩が天井近くまで放り投げられる。
それを見た新入生たちが「わあっ!」と驚きの声を上げ、拍手をした。
空中でくるりと回転した彼女の体を二人の部員が受け止め、さらに前方へと転がすと、全員でビシッと決めポーズをとった。
「Go! Fight! Win!!」
声まで完璧にそろっている。
演技中は気づかなかったが、全員汗まみれで、肩で息をしていた。
しかし、笑顔は決して崩さない。
「こ、これは、ちょっと思っていたのと違うかも……」
あかりの頬を汗が伝った。
決して、明るく楽しいだけのクラブだと考えていたわけではない。
しかし、これは命がけだ……。
そう考えつつ、演技を終えた先輩たちの姿を見つめていると、あかりはハッとした。
全員、赤色を基調とした可愛いコスチュームを着ている。
さらに髪型もある程度統一され、ショートカットかポニーテールになっていた。
もちろん、顔立ちは一人ひとり違う。
その中には、決して口には出さないが、見目麗しいとは言えない先輩も含まれていた。
しかし、今はめちゃくちゃ可愛く見える。
も、もし私がこの部に入ったら……。
『あかり、すごいぞ。可愛いぞ。愛してる!!』
彼女の頭の中に住んでいるバーチャル龍太が、瞳を輝かせながら、現実の彼が絶対に口にしない台詞を叫んだ。
「いいかもしれない」
こうして神崎あかりは、自ら修羅の道へ踏み込むことを決意したのだった。




