第42話 室井家の双子達
【双子の弟達】
「ただいま」
室井美月が玄関のドアを開けると、家の奥から二人の幼児が駆け出してきた。
「お帰り、お姉ちゃん!!」
「お帰りなさい、お姉さん!!」
そう、この二人は彼女の双子の弟たちだ。
年齢は茂野茂音と同じ五歳で、通っている幼稚園も一緒である。
よく一緒に遊んでいるため、もちろん美月も龍太も、お互いの妹や弟のことはよく知っている。
「お利口にしていたかしら?」
美月が龍太とあかり以外の人間に無条件で微笑みかけるのは、この二人しかいない。
室井総合病院の院長である父親ですら、彼女の笑顔を見ることは滅多にないというのに。
「もちろん、お利口にしていたよ!!」
「もちろん、全然していないよ!!」
そっくりな笑顔、そっくりな声で、正反対の返事を返す二人。
ちなみに、素直な返事をした方の名前は竜也で、ひねくれた返事をした方の名前は一也という。
美月が靴を脱いで廊下を歩き始めると、双子も彼女の後ろについていった。
「今日ね、幼稚園の園長先生がみんなにお菓子をくれたの!!」
竜也がニコニコと笑いながらそう言った。
「へぇ、園長先生が」
もちろん、美月もその園長先生のことは覚えている。
ベテランで子どもの扱いが上手かったが、いたずら好きな大門寛太には、ほとほと手を焼いていた。
その後、龍太が寛太の調教係になったため、ずいぶん仕事が楽になったとか。
「あまり美味しくなかったけど、一応お礼は言っておいたの!!」
一也もニコニコと笑いながらそう言った。
同じ笑顔、同じ声だというのに、話の内容はまったく違う。
これも個性と言っていいのかしら?
一也は、何となく姉である美月に性格が似ているような気がする。
ただし、美月は思っていても口に出さなかっただけだ。
「ねえ、お姉ちゃん。また、交通事故で死にかけたときの話をしてよ!!」
無邪気な表情で瞳を輝かせながら、竜也がそう言った。
それは、美月が小学三年生のときに死にかけた交通事故のことだ。
(実際には、事故に見せかけて神崎あかりを狙ったものだったが、美月は巻き添えになってしまった)
あのとき、彼女は即死寸前の重傷を負ったが、龍太の治癒魔法によって命を救われている。
以前、双子と外で遊んでいたとき、はしゃぎすぎた二人が車道に飛び出し、車にひかれそうになったことがあった。
そのとき、教訓として自分の体験を話したことがあったのだが、あまり効果はなかったようだ。
「嫌に決まっているでしょう」
美月は冷たく返事をした。
一歩間違えば、「面白そう!!」などと言って、自分から車の前に飛び出していきそうだ。
すると、一也が肩をすくめ、首を左右に振りながら言った。
「馬鹿だな、竜也は。ああいうのは、たまに聞くから面白いんだよ!!」
「ええ~っ、どうせ聞いてもすぐに忘れるから、別にいいじゃん」
「あなたたちね……」
性格は全然違うのに、本当に息ぴったりなのよね。
美月は途方に暮れるのだった。
【勇者の妹】
妹の茂音が安らかな寝息を立てている。
ここは彼女の部屋で、ベッドの足元では黒柴犬のゼルが丸くなって寝ていた。
よく遊び、よく食べ、よく眠る。幼い子どもの幸福とは、とてもシンプルなものだ。
幼い妹を寝かしつけるために絵本を読んであげていた龍太は、それを本棚に戻しながら囁いた。
「この子も、いずれ美月やあかりみたいになるのだろうか」
タイプとしては、あかりに似ていると思う。
いつも笑顔で、その場にいるだけで周囲を明るくする。
「うう~ん、会心の一撃ぃ~」
茂音が寝言で、とても勇者らしいことを言った。
もしゼルが起きていたら、
『せめて痛恨の一撃と言え』
と、ツッコミを入れていたことだろう。
龍太は妹の頭を軽く撫でてから部屋を出て、一階へと降りていった。
リビングでは、両親が晩酌をしていた。
テーブルの上には缶ビールと、焼酎を注いだグラスが置かれている。
「茂音は寝たの?」
龍太に気づいた母親が尋ねた。
「ありがとう。お前は良いお兄ちゃんだよ」
父親も笑顔でそう言った。
ちなみに、焼酎を飲んでいるのは母親で、ビールを飲んでいるのは父親だ。
龍太も転生前は、泥酔しない程度によく酒を飲んでいた。
異世界も日本のヨーロッパと同様、ワインなどは水代わりで、子どもの頃からよく口にしていたのだ。
もっとも、味は薄く、あまり美味しくはなかったが。
もちろん、今の龍太は未成年なので飲酒はしない。
彼はキッチンの冷蔵庫からフルーツジュースを取り出すと、リビングに戻ってきた。
「毎日楽しそうで何よりだよ」
すっかりお兄ちゃんの顔になった龍太がそう言った。
「龍太のときは全然手がかからなくて、あまり子育てをしている実感が湧かなかったけど、茂音はやんちゃで大変だわ」
母親がそう言った。
まあ、龍太は前世の記憶を持ったまま転生していたため、外見は子どもでも、中身は魔王を討伐した勇者で、よほどのことがなければ、泣いたりしなかった。
さらに言えば、乳幼児の頃からベビーベッドの上で寝返りを打ったり、エビ反りをしたりして筋トレをしていたのだ。
「でも、そっくりなところもあるのよ」
母親がそう言うと、父親が「何かあったのかい?」と聞き返した。
「実は、何日か前に、幼稚園から近くの公園に遊びに行ったらしいの」
それは、龍太が幼稚園に通っていた頃からよく行われていることだった。
そのとき、近所の猛犬が逃げ出して公園に乱入してきたことがあった。
そして、逃げ遅れた美月が襲われそうになったとき、龍太がプラスチックのスコップとバケツの蓋で犬を撃退した。それがきっかけで、彼女と仲良くなったのだ。
まさか、また犬が?
「そしたら、違う幼稚園の園児たちと鉢合わせしたらしくて」
「それはカオスだな」
龍太がそう言った。
おそらく、両方の幼稚園の子どもたちが入り乱れ、教諭たちは大変だっただろう。
「そのとき、相手の幼稚園の子たちと遊び場の取り合いになったらしいの」
「何だか先が読める展開だ」
「そうしたら、茂音が意地悪をしてきた相手の幼稚園の男の子たちに、『お前ら、どこの園のもんだ、オラァ!!』って啖呵を切ったらしいの」
ほとんど不良やチンピラのようなノリだ。
「それは、あの子らしいね。ハハハハ」
笑い事ではないのだが、父親はそう言って笑った。
「本当に、正義感が強いところは龍太にそっくりだわ」
実際のところ、相手の幼稚園の男の子たちが、茂音の通う園の女の子のおもちゃを取り上げて泣かせていたらしい。
茂音は、それにブチ切れたのだ。
実際に取っ組み合いになる前に、教諭たちが間に入って仲裁したらしいが。
「お前らの顔は覚えたからね。次に会ったらパンツを脱がして泣かせてやる!!」
そんな、どこまで本気なのか分からないことを言って、相手を怖がらせたとか。
全然違うよ、母さん。
龍太は苦笑いを浮かべながら、心の中でそう考えた。
龍太は、異世界で得た勇者としての力を持っている。
実際、三歳のときにはヤクザの事務所に殴り込みをかけ、組員全員を倒したこともあった。
しかし、茂音は違う。
あの子は普通の子どもで、特別な力はない。
それなのに、友達のために、複数の男の子たちに立ち向かっていったのだ。
俺なんかより、茂音の方が何倍も勇気がある。
また褒めてあげる理由が増えたな。
龍太はそう思った。
ちなみに、茂音が意地悪な男の子たちに立ち向かっていったとき、室井家の双子は彼女の後ろで、
「いいぞ、やっつけろ、茂音ちゃん!!」
「そうだ、僕たちがついているぞ!!」
と、無責任に煽っていたらしい。
【生徒会長再び】
入学式の翌日。
今日は二年生や三年生も登校しているため、学校に近づくにつれて、同じ制服を着た生徒がどんどん増えていく。
龍太、あかり、美月の乗ったバスも、生徒たちで満員状態だった。
「こ、こんな状態が三年間も続くの……」
つり革につかまりながら、美月がそう呟いた。
その隣では、あかりが偶然一緒になったクラスメイトと楽しそうに挨拶を交わしている。
「自転車通学にするか?」
どれだけギュウギュウ詰めでも、まったく普段どおりの龍太がそう言った。
彼はさりげなく盾となり、美月にほかの生徒たちが寄りかからないようにしている。
「でも、天気の悪い日のことを考えると、バスの方がいいと思うし」
「じゃあ、晴れの日は自転車にして、雨の日だけバスに乗るとか?」
「ええ~っ、バスの方が楽しいよ」
話を聞いていたあかりがそう言った。
三人の家から私立豊成高校までは、微妙に距離がある。
そして、三人の中で最も遠い美月の家からだと、自転車で三十分以上かかる。
龍太なら、その気になれば魔術で空を飛べるし、美月が自転車を漕ぐよりも速く走ることもできる。
しかし、二人がそれを許さないだろう。
「慣れるしかないようね」
人付き合いが苦手で、人混みが嫌いな美月にとっては、試練の日々が続くことになる。
バスが停留所に着き、ドアが開くと、生徒たちが一斉に降りていった。
そこから校門までは、緩やかな坂道を百メートルほど歩かなければならない。
龍太たちは、今日から始まる授業について話しながら、ほかの生徒たちの流れに紛れて進んでいった。
そのとき、美月が何かを感じ取り、校門に目を向けた。
眉間に皺を寄せ、目を凝らす。
すると、金髪の上級生が校門の前に立っているのが見えた。
「あれは……」
「えっ、美月ちゃん、どうしたの?」
「生徒会長だな」
三人の中で一番目がいい龍太が、普段どおりの表情でそう言った。
「ええっ?!」
「待ち伏せしているみたいね」
校門の脇に立っている生徒会長、瀬戸恵理巣に副会長の谷川徹が近づくと、小声で言った。
「会長、このようなことはやめてください」
そう頼んだのだ。
「別に、生徒会長が生徒の登校を見守っているだけよ」
恵理巣は「何が問題なの?」とでも言いたげに答え、坂の下の方に目を凝らしている。
「どうせ、あの茂野龍太を待っているのでしょう?」
「よく分かっているじゃない」
「そんなことをしているのがバレたら、会長が一人の男子生徒に固執していると噂になります。あなたは全校生徒の代表なのですよ」
副会長は、周囲の生徒たちの視線を気にしながら、説得を続けた。
すると、恵理巣は一瞬ムスッとした表情になったが、すぐに元に戻った。
「いいわ、やめるわ」
「本当ですか?」
「ええ、もう待つ必要がなくなったから」
そう言うと、彼女は微笑みながら龍太たちに軽く手を上げた。
「おはよう、茂野君」
そう声をかけられ、あかりと美月が身構えた。
「おはようございます」
二人に挟まれた龍太は、普段どおりの態度で挨拶を返した。
「放課後は忙しいみたいだから、待たせてもらいました」
さすがと言うべきか、これでは逃げられない。
彼女の後ろでは、副会長の谷川徹が龍太を睨みつけながら歯ぎしりしていた。
「ちょっと、付き合ってくれるかしら?」
「分かりました」
龍太がそう返事をすると、あかりと美月は嫌そうな表情になった。
「話があるのは茂野君だけだから、二人は別についてこなくてもいいけど?」
恵理巣は含みのある笑みを浮かべながらそう言ったが、これは完全な挑発だった。
当然、二人は無言のまま、龍太にピタリと張り付いた。




