第40話 天野 静流
【バスの中の尋問】
バスに乗ると、最後部のシートに龍太を挟んで、右にあかり、左に美月が座った。
車内は彼らと同じように下校中の生徒で、そこそこ混雑している。
学校を出てから、三人とも一言も口をきいていなかった。
何とも言えない空気のせいか、彼らの周囲には他の乗客が寄りつかない。
「な、何をそんなにピリピリしているんだ?」
バスが走り出すと、龍太がそう切り出した。
すると、美月がにっこりと笑顔になりながら、
「龍太君、生徒会長とは一体どういう関係なの?」
と、ど真ん中への直球ストレートで聞いてきた。
普段は無表情で、どちらかというと冷たい氷のような印象を受ける彼女が笑っているというのに、背筋が凍るような殺気を感じる。
「どうと言われても……」
「そうだよ。何でいきなり生徒会室に呼び出されるの?」
あかりの方は分かりやすく怒っているが、彼女の方が美月より怖くない。
「…………」
左右から幼馴染に睨みつけられ、龍太は途方に暮れてしまう。
「実は昨日の夜、ゼルの散歩をしていたとき、不良に絡まれている女の人がいたんだ」
それを聞いただけで、二人はすべてを理解した。
ハァ~ッと深いため息をつき、顔を手で覆う。
「あれだけ言っておいたのに……」
「本当に……。人助けをするときは、細心の注意を払わないと駄目だよ」
「だ、だって、仕方がないだろう。二人の男が、人通りの少ない裏路地で一人の女の人を強引にナンパしていたんだぞ?」
「だからといって、ホイホイ何でも助ければいいってものではないでしょう?」
「そうだよ。人助けは計画的にって、いつも言っているでしょ」
「しかしだな……」
「助けるときは、自分の正体を隠してやらないと」
「それができないときは、見捨てるか、自分が助ける代わりに警察を呼ぶの」
「そんな余裕はなかったんだよ」
人助けをしたというのに、二人の幼馴染に責められる転生勇者。
「そもそも、自分が進学する高校の生徒会長だなんて、知らなかったわけだし」
これは本当だ。
「誰にでも優しくて、困っている人を見捨てられないというのは、素晴らしいことだと思うけど、私たちの身にもなってほしいわ」
美月が腕を組みながらそう言った。
過去にも、同じようなことがあった。
それは、夕暮れの河川敷での出来事だった。
一人の女子高生が家路についていた。
勉強と部活で疲れ果ててはいたが、河川敷の遊歩道を歩いていると、疲れた心が癒やされていく。
今は真冬で寒いからやらないが、暖かくなれば、途中のコンビニでジュースやお菓子を買い、土手に座って休んだりもしている。
しかし、この日、彼女の癒やしの時間を、甲高い子犬の鳴き声が切り裂いた。
助けを求めるようなその鳴き声に気づいた彼女が周囲を見回すと、川の方から聞こえてくることに気づいた。
そして、驚いた。
緩やかな流れの水面を、段ボール箱が流されている。そして、その中に子犬の姿が見えた。
なぜ、そのようなことになっているのか分からない。
心ない飼い主に捨てられたのか? それとも、子犬が段ボール箱で遊んでいるうちに、誤って川に落ちてしまったのか?
どちらにせよ、このままでは水を吸った段ボール箱が沈み、子犬は溺れてしまうだろう。
女子高生は思わず駆け出し、子犬の入った段ボール箱を追った。
とても川岸から手が届く距離ではない。かといって、冬の川に飛び込んで助けるなど、自殺行為だ。
「だ、誰か、助けて……」
彼女がかすれる声でそう言ったとき、
「任せろ」
驚くほど近くで、その声が聞こえた。
そして次の瞬間、彼女を追い越した男子生徒が川へと駆け込んでいった。
その制服はよく知っている。近くの中学校のものだ。
バシャバシャと水をかき分け、腰まで水に浸かりながら、その男子生徒は段ボール箱に追いつき、子犬を抱き上げた。
「よしよし、よく頑張ったな。もう大丈夫だぞ」
男子中学生はそう言いながら、真冬の冷たい水などまったく気にした様子も見せず、岸へと戻ってきた。
彼女は駆け寄って頭を下げた。
「ありがとう。助けてくれて」
彼女も助けたいと思ったが、真冬の川に飛び込む勇気はなかった。
制服姿ということもあるが、たとえ季節が夏で私服姿だったとしても、彼と同じことができたかどうか分からない。
「この子犬は、あなたのか?」
男子中学生が岸に上がりながら、そう尋ねてきた。
彼が子犬を芝生の上にそっと降ろすと、子犬はブルブルと全身を震わせて水を払う。
それを半歩下がって避けながら、彼女は、
「違うけど」
と答えた。
「そうか。それでも、助けたいと思ったのだな?」
「え、ええ。でも、川に入る勇気がなくて……」
彼女がそう言うと、男子中学生は子犬を撫でながら、
「俺より先に、この子を見つけて走り出したのは、あなただ。俺は手助けをしたにすぎない」
と、微笑みながら言った。
それを見た瞬間、彼女の顔が真っ赤になった。
この男子中学生とは、もちろん龍太のことだ。
何度も礼を言う彼女に名乗ることなく、その場を後にしている。
さらに言うと、人目につかない場所で、濡れた服や靴は魔術で乾かしていた。そもそも、この程度で風邪をひくほど、彼は軟弱な体をしていない。
その翌日以降、中学校の校門前で、ソワソワしながら誰かを待っている女子高生の姿が目撃されるようになった。
そして、あかりと美月は、
「えっ、校門で女子高生が誰かを待っている? そういえば、先日、川で子犬を助けたな」
と龍太から聞き、二人を再会させないために、いろいろと苦労をしたのだった。
それと似たようなことが定期的に起こるため、二人は気が気ではない。
「いい? 生徒会長と会ったりしたら駄目だからね」
あかりにそう言われ、
「いや、しかし、相手は上級生だし……」
「だ・め・だ・か・ら・ね」
「わ、分かった」
異世界では魔王軍に最強の敵と恐れられ、魔王をしのぐ力を持っていた彼だが、転生先では幼馴染の女の子にすら勝てない。
龍太は渋々うなずくことしかできなかった。
【謎の男】
生徒会副会長の谷川徹が、生徒会室に向かって歩いていた。
元々、神経質で気難しそうな表情をしているが、今はそこに、さらに不機嫌さが加わっている。
まあ、無理もないだろう。生意気な新入生が、恐れ多くも生徒会長の呼び出しを断ったのだから。
いや、確かにそれは腹の立つことだったが、何よりもムカついたのは、二人の美少女に左右を挟まれ、連行されるように帰っていったことだ。
ふざけるな。なんて羨ましい……。
心はとても正直だった。
思わず眉を吊り上げ、ギリッと歯を食いしばると、正面から近づいてきていた新入生たちが「ヒィッ」と小さく悲鳴を上げ、廊下の両端に寄った。
「んっ?」
廊下の先を、生徒会長の瀬戸恵理巣が歩いていた。
彼女に関しては、決してほかの生徒と見間違えることはない。
そのスタイルと美しい金髪のためだ。
「瀬戸会長」
そう声をかけると、彼女がクルッと髪をなびかせながら振り返った。
「谷川君」
「あの新入生、茂野龍太は、生意気なことにあなたの呼び出しを断りました」
ムスッとした表情のまま、眼鏡のフレームを右手の人差し指で持ち上げながら、忌々しげにそう言った。
「もう、あいつには関わらない方がいいですよ」
彼がそう言うと、恵理巣は怒るどころか、プッと小さく噴き出した。
「どうしたの? 何か言われた?」
「茂野は二人の女子と一緒に下校しました。あいつはとんでもないスケこましですよ」
「ああ、あの二人の幼馴染の子たちね」
登校時から一緒だった、可愛い女子たちのことだろう。
あんなに可愛い女子たちに一緒に帰ろうと誘われたら、断れるはずがない。
「まあ、仕方がないわね。何の約束もなしに、いきなり呼び出したわけだし」
「あ、あの、会長。あいつは何者なのですか?」
「何者って……」
「知り合いでもない新入生を、いきなり生徒会室に呼びつけるなんて、何か理由があるのでしょう?」
そう問いただされ、恵理巣は少し考え込むと、悪戯っぽく笑い、
「内緒」
とだけ答えて、再び歩き出した。
副会長の谷川徹と別れると、恵理巣は一人で生徒会室へと戻ってきた。
そしてドアを開けると、その表情が強張った。
部屋の奥にある生徒会長の席に、一人の背の高い男子生徒が座っていたのだ。
そして、生徒会の事務用ノートパソコンの液晶モニターを見つめながら、ニヤニヤと笑っている。
「何をしているんですか? 勝手に触らないでください」
人当たりの良い美人生徒会長でも、そんな表情ができるのかと驚くほど、露骨に嫌悪感をあらわにしている。
しかし、知らない相手ではないようだ。もしそうなら、すぐに教師か警備員を呼んでいたはずだ。
彼の名前は天野静流。三年生で、実は先代の生徒会長だった。
端正な顔立ちと明るい性格のおかげで女子たちからとても人気があり、生徒会長を交代したあとは、学校にアルバイトの許可を取り、読者モデルなどをやっているらしい。
「おぉ! びっくりした。いやぁ、今年の新入生のデータを見ていただけだよ」
彼は顔を上げ、画面を指さしながら、ニヤニヤと笑ってそう言った。
「それにしても、今年の新入生は可愛い子が多いねぇ。プロフィール欄にスリーサイズもあったら、もっと良かったのに」
微笑みながら黙って立っていれば、完璧なイケメン男子高校生なのだが、言動が軽すぎるため、ただの女好きの遊び人にしか見えない。
そのふざけた台詞に、恵理巣の片方の眉がピクッと引きつった。
そして、ツカツカと彼に近づいていくと、ノートパソコンの画面に目を向けた。
そこには、長い黒髪の新入生、室井美月の顔写真が表示されている。
「この子、俺の好みだわぁ」
自分はとことん軽薄なくせに、こういうクールな子が好みとは……。
「この子は……」
朝、茂野龍太と一緒に登校していた幼馴染女子の一人だ。
「忠告しておきますけど、この子に手を出したら後悔しますよ」
龍太の強さは半端ではない。
天野静流が格闘技などをやっていると聞いたことはないので、とてもかなわないだろう。
低い声で恵理巣にそう言われ、天野静流は目を丸くして驚いた。
「あれあれ~? 恵理巣ちゃん、もしかして嫉妬してるの?」
ニヤニヤと笑いながらそう言われ、
「違います」
と、恵理巣は呆れながら答えた。
「そっかぁ。でも、恵理巣ちゃんが俺と付き合ってくれるなら、浮気なんかしないよ」
「天野さん、ここ二階ですけど、突き落とされたいですか?」
恵理巣が指をポキポキと鳴らしながらそう言うと、天野静流は降参とばかりに両手を上げ、首を左右に振りながら椅子から立ち上がった。
「またまたぁ、恵理巣ちゃん。冗談がきついよ」
そう言いながら、静流は恵理巣から距離を取った。
そして、手のひらをヒラヒラと振りながら、生徒会室を横切るように移動していった。
恵理巣は油断なく彼を睨みつけ、彼が生徒会室から出ていくまで視線を外さなかった。
隙を見せると、何をするか分からないためだ。
最後に「じゃあ、またね」と言って天野静流がドアから出ていくと、彼女はため息をついて椅子に腰を下ろした。




