第39話 美人生徒会長と転生勇者
私立豊成高校の入学式の最後は生徒会長による祝辞だった。
「続きまして、生徒会長、瀬戸恵理巣さん」
司会がそう言うと、舞台袖から一人の女子生徒が姿を現した。
それを見て、新入生たちが一斉に息を呑む。
美しい金髪、青い瞳、そして日本人離れしたスタイル。
「えっ、モデル?」
「もしかして、芸能人のドッキリ?」
新入生たちがざわついている。
今どき、ハーフやクオーターなど珍しくもないが、彼女はどこからどう見ても、生粋のブロンド美人にしか見えない。
高校の制服は彼女によく似合っていたが、まるでコスプレ衣装のようにしか見えなかった。
「新入生の皆さん、ようこそ豊成高校へ」
恵理巣が新入生たちに向き直ると、恐ろしく魅力的な笑顔でそう言った。
先ほどの校長の式辞など、一瞬で上書きされてしまう。
彼女は丁寧ではあるが、分かりやすい言葉で新入生たちに語りかけた。
「高校は勉強をする場所です。しかし、勉強といっても、そのやり方や内容はさまざまです。授業で習うことだけがすべてではありません」
そんな彼女を見て、龍太は驚いていた。
「あの人は、昨日の夜、不良に絡まれていた人だ。ここの生徒会長だったのか」
暗い路地ではあったが、彼女の顔ははっきりと覚えている。
彼女を助けたあと、帰り道で黒柴犬のゼルが、
『なかなか美しい娘だったな。我の下僕に相応しい』
と言っていたので、
「膝の上に抱っこされたり、お手や伏せをしたりして、頭を撫でてもらいたいんだな」
『うむ、さぞかし気持ちがよいであろう……って、おい! それのどこが下僕だ?!』
と言い合ったのを覚えている。
彼がそんなことを考えていたとき、その生徒会長と目が合った。
相手も龍太に気づいたようだ。
そのとき、龍太は何か違和感を覚えた。
敵意や悪意ではない。しかし、彼女が普通の人間ではないような気配がしたのだ。
「何だ……これは?」
壇上で新入生たちに祝辞を述べていた瀬戸恵理巣は、新一年生の顔を一人ひとり順番に眺めていた。
この中に、彼がいるはずだ。
そして、すぐに見つけることができた。
茂野龍太、とても興味深い男子生徒だ。
副会長の谷川徹は、彼について、頭は良いが喧嘩ばかりしている不良のようなことを言っていた。しかし、それが誤りであることを、彼女自身は知っている。
不思議な男の子だ。
気がつくと、彼女の視線に気づいた龍太と目が合っていた。
思わず微笑みかけてしまう。
それを見て、龍太は微かに会釈をした。
どうやら、彼も昨夜のことを思い出してくれたようだ。
さらに、彼の近くにいる二人の女子、神崎あかりと室井美月の表情が険しくなるのが分かった。
なるほど、いろいろと苦労をしているようね。
恵理巣は、今度は別の意味で微笑んでしまった。
ほとんどの新入生は、彼女の微笑みに気づいていない。
彼女の祝辞が終わると、新入生たちの間から自然と拍手が沸き起こった。
校長先生の式辞のときには、そのようなことは起きなかったというのに。
【生徒会長からの招待】
入学式が終わり、教室に戻ると、お約束の自己紹介が始まった。
無難にやり過ごす者もいれば、ウケを狙って滑り、大恥をかく者もいる。
「神崎あかりです。友達をたくさん作りたいです。皆さん、仲良くしてください!!」
あかりがそう自己紹介をしたとき、男子生徒たちが総立ちになり、一斉に拍手を送った。
「室井美月です。私は騒がしいのが苦手なので、あまり構わないでください」
美月がそう自己紹介をすると、それはそれで男子たちがうっとりとした表情になった。
「茂野龍太です。よろしく」
龍太の自己紹介はシンプルそのもので、特に誰からも注目を集めなかった。
これは、彼なりの保身術だった。
幼稚園や小学校では、わざとではないが目立ちすぎたために、担任の教師に監視されたり、当時の市長に命を狙われたりした。
だからといって、転生勇者である彼は、今でも反射的に人助けを続けている。
ただし、目立たないように、こっそりとやるようにしていた。
ただ……。
あかりと美月と仲良くしているだけで、悪い意味で目立ってしまうのだが。
自己紹介が終わると、担任の吉岡勉が、今後の学校行事などについて説明してくれた。
進学校だけあって、一年生のうちから大学受験に向けたカリキュラムが組まれており、選択科目も多い。
そして、この豊成高校は文武両道をモットーとしている。
そのため、クラブ活動への参加は義務ではないが、強く推奨されていた。
実際、運動部、文化部ともにかなり有名で、それなりの成績も残している。
「クラブ活動の新入部員勧誘はかなり強引なので、覚悟しておいてくださいね」
困ったものです、と笑いながら吉岡先生が言った。
さらに
「ちなみに私は将棋部の顧問ですので、興味のある人はいつでも声を掛けてください」
と、ちゃっかりアピールもする。
「皆さんは、もう入部したいクラブを決めていますか? もしそうなら、早めに入部届を出してください。まだ決めていない人は、勧誘されたからといってすぐに決めず、見学や体験入部などをしてからにしてくださいね。最初に声をかけられたクラブに、強引に入部させられる人もいますから」
そこまで苛烈な勧誘が行われるのか?
どのクラブに入るか決めていない龍太は、そう考えた。
「ただし、新入部員の勧誘はクラブ説明会のあとになりますから、今日は安全に帰れますよ」
クラブ説明会のあとには、安全に帰れなくなるのか?!
「それでは、また明日」
最後にそう言われ、入学初日は終わった。
「龍太君、一緒に帰ろ!!」
あかりがそう言いながら、小走りで彼に駆け寄ってきた。
さらに、その後ろには美月もいる。
ああ……クラスメイトたちの視線が痛い。
クラスどころか、学年でもトップクラスの美少女二人と仲良くしていれば、目立たないはずがない。
もっとも、だからといって二人と距離を取るような真似はしないが。
なにせ、龍太たちは勇者パーティー(ー1)なのだ。
「そうだな」
そう言って鞄を持つと、三人で教室を出ていった。
クラスメイトの何人かは、あかりと美月に声をかけて仲良くなりたかったようだが、今日は無理そうだと諦めた。
「今日は緊張したぁ~」
大きく背伸びをしながら、あかりがそう言ったが、とてもそうは見えない。
「本当ね。気疲れしたわ」
美月もそう言ったが、こちらもまったくそうは見えない。
「龍太君はどうだった?」
「うん? 俺は別に、普段どおりだ」
魔物が棲みついたダンジョンに初めて足を踏み入れたときに比べれば、何でもない。
クラスメイトがいきなり襲ってくることはないし、床が抜けて落とし穴になったり、壁や天井から毒矢が飛んできたりすることもないのだから。
そんなことを考えていると、廊下の角から黒縁眼鏡をかけた男子生徒が三人の前に現れた。
「茂野龍太君だね?」
それは、副会長の谷川徹だった。
彼は腕を組み、眼鏡のフレームを右手の中指でクイッと持ち上げながら、龍太を睨みつけてきた。
「そうだが、あなたは?」
「失礼。僕は生徒会副会長の谷川徹だ」
生徒会と聞いて、あかりと美月の眉がピクッと引きつった。
「実は、生徒会長が君に話があると言っていてね。このあと予定がなければ、生徒会室まで来てもらえないだろうか?」
それを聞いた瞬間、二人が龍太の左右の腕をガシッと掴んだ。
驚いた龍太が二人に顔を向けると、二人はブンブンと首を左右に振った。
どうやら、龍太と生徒会長を会わせたくないようだ。
勇者は異世界でもこの世界でもモテるということを、二人は身に染みて学んできた。
なにせ、困ったときや危ないときに颯爽と現れ、簡単に問題を解決すると、何の見返りも求めずに去っていくのだ。
助けられたのが同年代の女性だった場合、勘違いする人は少なくない。
かといって、龍太に人助けをするなとも言えず、二人はさまざまな意味で苦労してきたのだ。
「すみません。今日は用事があるので」
「そ、そうか」
二人の美少女に両腕をガシッと掴まれている龍太を見て、こいつ……なんて羨ましいんだ、と歯ぎしりしながら、谷川徹は三人に道を譲った。
「では、失礼します」
龍太がそう言うと、三人は彼の前を通り過ぎていった。
その際、副会長はあかりと美月にキッと睨まれた。
「なんで会長は、あんな奴と会いたがっているんだ?」
遠ざかっていく三人の後ろ姿を見送りながら、彼はそう呟いた。
本当は、瀬戸恵理巣自身が龍太のところへ行こうとしていたのだが、それを谷川が、
「会長は目立ちすぎます。僕が迎えに行きますから、生徒会室で待っていてください」
と言って、半ば強引に出てきたのだ。
もちろん、嘘ではない。
恵理巣の外見は、良い意味でとにかく目立つ。そんな生徒会長がいきなり一年生の教室に男子生徒を訪ねて行ったりしたら、大騒ぎになるだろう。
「まあ、用事があるなら、仕方がないよな」
恵理巣は残念がるだろうが、こればかりはどうしようもない。
「でも、諦めないだろうなぁ」
ああ見えて、彼女はかなり強引な性格をしているのだ。




