第4話 転生魔王
【ペットショップにて】
茂野・龍太にとって、母方の祖母・詠子が家にやって来た。
彼女にとって、龍太は初孫であり、可愛くて仕方がないのだろう。何かあってもなくても、遠路はるばる遊びにやって来る。
「こんにちはぁ~、龍太ちゃん、おばあちゃんが遊びに来たわよぉ~」
玄関まで出迎えに来た龍太に、デレデレの笑顔で彼女がそう言う。
「お久しぶりです、おばあちゃん」
「まぁ、お利口さんねぇ~。はい、お土産のサンダーヴァルカン刀よ」
「ありがとうございます」
プラスチック製のゴテゴテとした形の剣のおもちゃを受け取って喜ぶ龍太。
さらに、ブンブンとそれを振り回すが、恐ろしいほど剣筋が鋭く、滅茶苦茶様になっている。
「本当に、可愛いわねぇ~」
孫が可愛くて仕方がない詠子に、母親がお茶を出す。
その彼女の視線の先で、龍太がフンッ、フンッ、と腕立て伏せをしだした。
それが終わると、次は腹筋だ。
「最近の子供って、あんなにストイックに自分の身体を虐めるものなの?」
「さあ、知らないけど、うちの龍太は身体を鍛えるのが大好きよ」
そもそも、三歳の幼児が自ら進んで筋トレするなど、聞いたことがない。
「私、数えていたんだけど、腕立て伏せを百回もやっていたわよ」
「本人は修行って言ってるわ」
腹筋も百回やった龍太が、今度はスクワットを始める。
「たまに、魔力の流れがどうとか言って、精神統一とかしているし」
「あなたたち、いったいどんな教育をしているのよ?」
「私たちは、あんなこと一度も教えていないわよ。私も夫もスポーツとか苦手だし」
「……」
「テレビで覚えたのかしら?」
幼児がひたすら筋トレする番組など、見たことも聞いたこともない。
詠子は真剣な表情で孫を見つめ、
「この子は、将来は大物になると思う。でも、このままだとかなり偏った大人になりそう」
「どうしたら良いと思う?」
「情操教育が必要よ」
「具体的には?」
「ペットよ。犬とかいいわね」
こうして、茂野家はペットを飼うことになったのだった。
翌週末、龍太は両親に連れられて、ペットショップに来ていた。
犬、猫、小鳥に始まり、金魚や爬虫類まで、様々な生き物たちがケージに入れられている。
色々な動物の鳴き声と匂いが混じる店内に入ると、龍太がふと足を止めた。
何だ? これは魔力か?
明らかに禍々しい気配を店内から感じる。
大人の勇者だった頃なら、もっと遠くから細部まで察知できたかもしれないが、まだその能力は未熟だ。
「どうしたんだ、龍太?」
彼と手を繋いでいた父親が、そう聞いてきた。
「いえ、初めて来る店なので、少し驚いただけです」
「そうか、今日はここに子犬を買いに来たんだよ」
「子犬ですか」
「そうよ、龍太のお友達になってもらうの」
そう言ったのは母親だ。
なるほど、子供の教育にペットは有効だとテレビで言っていたな。
遊び相手として、兄弟として、そして子供が成長した頃、ペットは寿命を迎え、命の大切さと儚さを教えてくれる。
両親とともに、子犬のケージが並ぶコーナーへとやって来た。
人気の犬種、トイプードルやチワワ、そして柴犬の子供たちが一匹ずつ入れられている。
ガラス越しに一つずつケージを覗いて行くと、店員が出て来て両親に話しかけた。
「いらっしゃいませ、子犬をお探しですか?」
「ええ、息子の遊び相手として」
「どの犬種か、決めておいでですか?」
「そうですね、初めてなので世話がしやすい方がいいかな」
その会話を聞きつつ、龍太は端から順番にケージを覗いて行く。
すると、一番端の黒い柴犬の前で足を止めた。
間違いない、ここから魔力が流れ出している。
日本犬特有のスラッとした顔、フワフワの毛と小柄な体、そしてクルッと巻いた尻尾。
この禍々しい魔力は……。
この場に聖剣エルグレイザがあれば、間違いなく鞘から抜き、この柴犬に剣先を向けていただろう。
『クックックッ、久しぶりだな、勇者よ。まさかこのような形で再会をしようとは』
龍太の頭の中に、直接、声が響く。
思念通話、魔族が得意とする特殊な意思疎通方法だ。
異世界において、魔族が人間を惑わす時によく使用していた。
最大の特徴というか、便利なところは、使用する言語が違っても、この方法だと会話が可能なところだろう。
それこそ魔族の中には、声帯すらない者もかなりいたため、この能力がないと意思の疎通ができない。
『き、貴様……魔王ゼルザ・ネクロヴァルか?!』
『いかにも、黒の塔では世話になったな』
傍から見ると、幼児と子犬がガラス越しに見つめ合っているようにしか見えないが、異世界で世界の存亡をかけて戦った者同士の運命の再会だ。
『随分と、可愛らしい姿ではないか、勇者よ』
『貴様にだけは言われたくないぞ、魔王』
そう言われ、柴犬魔王がテクテクと歩いてガラスに近付くと、首を傾げる。
『そうだな、我はこの姿で転生をしてしまった。本来であれば、我に相応しい器に魂が宿るはずだったのだが、最後の貴様の一撃が原因だろう』
『そうか、私の捨て身の一撃は無駄ではなかったということだな』
『クックックッ、まったく忌々しい奴だ。この器に転生して半年。しかし理解できないことに、我は売れ残り、気が付くとこの一番端のケージに移されてしまった』
『きっと目つきが悪いからだな』
『黙るがよい。つぶらな瞳の魔王など、身の毛がよだつわ』
その時、両親と店員が龍太の所にやって来た。
「あら、このワンちゃんが気に入ったのかな?」
「黒い柴犬ね……何だか目つきが悪いけど」
母親がそう言う。
「ちょっと待ってね」
そう言うと店員が、中身が魔王の柴犬をケージから出して、龍太のところに連れて来た。
そして、龍太の前の床の上に降ろす。
『人間ごときが我に直接触れるなど、万死に値する』
今にも柴犬魔王は店員の喉笛を食い千切りそうな殺気を放つ。
もちろん、そのようなことを龍太は許すつもりはないが。
「お手」
タシッ。
店員の差し出した手の平に、右の前脚を乗せる柴犬魔王。
『……ゼルザ、貴様……』
『く、くそっ、この肉体が勝手に反応するのだ!!』
「おすわり」
ぺたん。
『やめろぉおおおお!! 我は魔王ゼルザ・ネクロヴァルだぞ、人類を滅ぼし世界を支配する存在だ!!』
それを見て龍太は、プッと吹き出した。
異世界で世界を滅ぼしかけた魔王が、この世界では餌をくれる店員の言いなりか。
そんな彼の姿を見て、母親が、
「もしかして龍太、この子が気に入ったの?」
「はい、この犬が良いです」
「柴犬って、素人には飼いにくいって聞いたけど」
そう言ったのは父親だ。
もともと猟犬だった柴犬はプライドが高く気難しい。さらに大量に毛が抜けたり、何でも噛むので家の中がボロボロになるとよく言われていた。
「あと、目つきが悪いわ」
これは母親。
「大丈夫です。俺が責任をもって面倒をみます」
龍太がそう言うと、柴犬魔王が、
『何のつもりだ、勇者? 同情か? 貴様の情けを受けるぐらいなら、我は大人しく去勢される道を選ぶわ!!』
『違う、お前のような危険な存在を野放しになどできるか。きちんと見張っておかなければならないだろう』
『……勇者』
『あと、もっと芸を仕込んでやる』
『き、貴様』
自分たちの息子と、目つきの悪い柴犬が、頭の中でそのような会話を交わしていることなど知らない両親が、顔を見合わせている。
「まあ、龍太がそこまで言うなら」
「そうね、物欲の欠片もない龍太が自分から欲しいって言い出すなんて、滅多にないことだし」
そして、両親も魔王柴犬を飼うことを了承する。
なにより、売れ残っていたこの目つきの悪い柴犬は、かなりお手頃価格になっていたのだ。
ペットを飼うと一言で言っても、色々と買い揃えなければならない。
家の中で飼うなら、屋内版犬小屋であるケージ、移動時に入れるペットキャリー、トイレ、餌、さらに首輪やリードなどが必要になる。
それらを全て購入し、父親が運転する車で家に帰って来た。
「そう言えば、このワンちゃんの名前は何にするの?」
母親がそう言うと、父親が、
「そうだな、クロなんてどうだ?」
これは見た目が黒いからだろう。
「安直すぎるでしょ」
「じゃあ、何がいいんだ?」
「レンなんてどう?」
「それは、母さんの好きなアイドルグループのメンバーの名前だろ」
どうやら母親はSn〇w M〇nの目黒君のファンのようだ。
そして二人は、愛犬のために小さな体で一生懸命ケージを組み立てている息子に目を向けた。
「ここは、龍太に決めさせよう」
「そうね」
「ねえ、龍太。ワンちゃんの名前どうする?」
母親がそう聞くと、龍太が作業の手を止め、ペットキャリーの中でだるそうに寝転がっている柴犬魔王に目を向けた。
『分かっておるだろうな、ポチなどと名付けたら、思い切り噛み付くからな』
『噛み付くって、お前……』
思念でそう会話をしてから、少し考え込み、
「では、ゼルにします」
「ゼル?」
「それって、何から取ったの?」
『貴様、我が名を省略するとは……』
両親が首を傾げる一方、当の本人、元魔王ゼルザ・ネクロヴァルがウウ~ッと唸っている。
「問題があるなら、代えます。そうですね、ヨーゼフとか良いかもしれません」
それはアルプスに住む元気な女の子の家で飼われているセントバーナードの名前だ。
「もしくはグーフィーかチーズでも」
『分かった、悪かった、ゼルで良い!!』
「でも、やはりゼルが良いと思います」
それを聞いて両親は、まあ龍太がそれでいいならと言って納得してくれた。
こうして、異世界に転生した勇者と魔王がタッグを組むこととなったのだった。




