第37話 新キャラ金髪美少女生徒会長
豊成高校本校舎の2階の窓辺に、誰かが立っていた。
そこは生徒会室で、その窓辺から一人の女子生徒が、眼下を賑やかに通り過ぎていく新入生たちを見つめている。
彼女は、当然ながら私立豊成高校の制服を着ていた。
紺色のブレザーで、左胸には校章の刺繍がある。白いワイシャツに水色のネクタイ(ちなみに、1年生のネクタイは赤色)、紺色に白いチェック柄のプリーツスカート、そして紺色のソックスに茶色のローファー。それは、ごく普通の制服だった。
しかし、なぜかかなり違和感がある。
それは服装が原因ではなく、それを着ている人間が原因だった。
美しいブロンドの髪は肩までの長さで、緩くウェーブしている。それは染めているのではなく、地毛だ。
瞳もカラーコンタクトなどではなく、生まれつきの濃い青色で、肌も透き通るように白い。
どこからどう見ても、外国人の白人美女なのだった。
彼女の名前は、瀬戸恵理巣。イギリス人の母親と日本人の父親の間に生まれたハーフだ。
学年は2年生。金髪の美人であるうえに生徒会長で、さらに成績優秀で人望もある。
生徒会選挙では、投票者の約9割が彼女に票を投じたと言われているが、それも無理はない。
そんな彼女が、校舎の前を通り過ぎていく3人の新入生、龍太たちを見つけ、少し驚いていた。
「あの子は……」
彼女の視線は、目立ちまくっているあかりや美月ではなく、その2人に挟まれている龍太に向けられていた。
恵理巣の瞳が大きく見開かれる。
「まさか、新入生だったなんて」
そうつぶやくと、彼女は日本人離れしたスタイルの体をひねるようにして、遠ざかっていく龍太の後ろ姿を見つめ続けた。
そして、息を整えるように深呼吸をしたのだった。
【こうして伏線は引かれていく】
それは、入学式の数日前の夜のことだった。
瀬戸恵理巣は、金髪をなびかせながら夜の街を疾走していた。
ママチャリにまたがって……。
そう、彼女はその外見のイメージからは想像できないほど、バリバリの庶民の娘だったのだ。
この日も、トレーナーにジャージ姿で、自転車の前かごにはエコバッグが載せられている。
その中身は、近所のコンビニで買った菓子パンと紙パックのコーヒー牛乳だ。
勉強をしていたところ小腹がすいたので、外出して買ってきたのだった。
彼女は、自分の外見が周囲の人たちからどのように見られているか、十分すぎるほど自覚している。
そのため、人通りの少ない場所は、よほどのことがない限り通らない。夜となれば、なおさらだ。
しかし、この日は運が悪いことに、いつも使っている表通りが工事中で、どうしても途中で暗い裏路地を通って迂回しなければならなかった。
そして、こういう日に限って、品のない男と鉢合わせしたりする。
「おおっ、すげえ外人?」
「めちゃ可愛いじゃん」
チャラい男のお手本のような若い男が2人、彼女の前に立ちはだかった。
慌ててブレーキをかけて止まると、逃げられないようにガシッと自転車の前かごをつかまれる。
「ねえねえ、俺たちとちょっと遊ばない?」
「君、めちゃ可愛いね。髪は染めたの? それとも地毛?」
「ちょ、ちょっと、私、急いでいるんですけど」
そう言って逃げようとするが、2人のチャラい男たちは自転車の前かごを離さない。
これまでも、何度かこのような強引なナンパをされたことはあった。
そして、こういう男たちは何を言っても絶対にこちらの言うことを聞かないし、しつこく誘えば、こちらが根負けすると思い込んでいる。
そのため、最後は大きな声で悲鳴を上げ、周囲に助けを求めることにしていた。
ただし、気をつけないと口を塞がれ、どこかに連れ込まれる可能性があるため、悲鳴は逃げながら上げなければならない。
いよいよ、その奥の手を使おうかと考えたときだった。
「ゼル、ちょうどいいところに電柱があるぞ。マーキングしろ」
若い男の声が、驚くほど近くで聞こえた。
恵理巣と2人のチャラい男たちが驚いて声のした方に顔を向けると、そこには夜の闇に溶け込むような黒いパーカー姿の若い男が立っていた。
さらに、
「うわっ?!」
男の一人がそう叫んで飛び上がった。
その足元では、黒柴犬が後ろ足を片方上げている。
「こいつ、人の足にションベンしやがった!!」
「よくやった、ゼル」
パーカー姿の男がそう言うと、黒柴犬はまるで人間の言葉が分かるかのように胸を張り、ドヤ顔になった。
「こいつ!!」
チャラい男たちが顔を真っ赤にして怒り、パーカー姿の男に掴みかかった。
しかし、黒柴犬の飼い主は半歩下がって、その手を避ける。
同じようなことを数回繰り返した後、ブチ切れたチャラい男たちは、今度は直接攻撃、つまり殴る蹴るの暴行に切り替えた。
しかし、やはり彼らの拳や足は宙を切るだけで、かすりもしない。
パーカー姿の男は、最小限の動きでそれらをすべて避けているのだ。
それどころか、相手の体のバランスをわざと崩させ、そのタイミングで、先ほどマーキングをした黒柴犬が一人の男の足元を駆け抜けた。
「うわっ!!」
驚いた男が、仲間に向かって転倒する。
2人は情けない悲鳴を上げ、路上に転がった。
「大丈夫ですか?」
無様な格好でひっくり返っている2人に向かって、黒いパーカー姿の男がそう尋ねた。
「う、うるせぇ!!」
「舐めやがって!!」
羞恥のためか、それとも怒りのためか、はたまた両方か。そう怒鳴って2人が立ち上がると、再び黒いパーカー姿の男に殴りかかる。
しかし、やはり当たらない。
人間の体の動きは、関節の可動域で決まっている。
どれほど体が柔らかくても、肘や膝は反対側には曲がらないのだ。
どうやらパーカー姿の男は、そのことをよく理解しているらしい。手が届くほど近づいているというのに、余裕で攻撃をかわし続けている。
そして、苛立って大振りの攻撃を繰り出し、バランスを崩すと、黒柴犬がとどめとばかりに一押しした。
男が転倒すると、地面や建物の壁に激突し、勝手にボロボロになっていく。
最後には、2人が顔面からぶつかり合い、抱き合うようにひっくり返った。
「……この人、凄い」
恵理巣は、それを呆然と見つめ続けていた。
なんというか、まるでジャッキー・チェンのカンフーアクションを生で見ているようだ。
本来であれば、この隙に逃げて警察に通報するべきだったのだろう。しかし、なぜか彼女は、もう自分は安全だと確信していた。
「い、いてぇ……」
「クソッ……」
ついにチャラい男たちは、諦めて逃げていった。
まあ、これだけ醜態をさらしておいて、もうナンパなどできないだろう。
2人の姿が見えなくなると、黒いパーカー姿の男は黒柴犬に向かって、
「さあ、トレーニングの続きをするか」
と言い、走り出そうとした。
このとき、恵理巣はあることに気づいた。
彼はリードを持っていなかったのだ。
ペットの散歩をする際のマナー違反ではあるが、黒柴犬はまるで人間の言葉が分かるかのように、コクッとうなずいた。
「あ、あの!」
そのときになって我に返った彼女は、慌てて声をかけた。
「……」
それを聞いて黒いパーカー姿の男が振り返ると、そのとき初めて彼の顔が見えた。
若い。自分と同年代の男だ。
「ありがとうございました」
驚きながらそう礼を言うと、彼は、
「大したことはしていないから」
と軽く答え、「じゃあ」とばかりに軽く頭を下げて走り出した。
それはジョギングと呼ぶより、短距離走のような速度だった。黒柴犬と彼の姿は、あっという間に見えなくなった。
慌てて引き留めようとしたが、間に合わない。
「犬の散歩じゃなくて、本当にトレーニングみたい」
その後、何とか彼に会えないだろうかと、少し周囲を探した。しかし、彼の姿はどこにも見当たらなかった。
逆に、またおかしな連中に絡まれたら困るため、彼女は諦めて渋々帰宅したのだった。
そして、今日。
校舎の2階にある生徒会室から新入生たちを見つめていた彼女は、彼と再会することができた。
正確には、まだ会話を交わしたわけではないのだが。
暗い裏路地、それも夜で、相手の顔も少ししか見えなかった。しかし、絶対に間違いない。
「これは偶然か、運命のいたずらか……まあ、どちらでもいいわ」
そう言うと、彼女は口元に手を当てて微笑んだのだった。




