第34話 市長討伐ミッションクリアー!!
【勇者の矜持】
「この! このぉおおお!!!」
叫びながら祖父江・金五郎が地脈の剣を振り回している。
しかし、龍太はそれを万年筆で軽く弾き返し、あまつさえ退屈そうに欠伸までしていた。
「なぜだ、こんなことがあってたまるか!! あり得ない!! あり得ない!!」
最初の一撃目以降、地脈の剣の攻撃力は落ち続けている。
どうやら、蓄えられていた力は減っていく一方のようだ。
龍太は一撃目だけは危険なので、受け止めた地脈の剣の力を窓から外へと逃がした。
そうしなければ、室内に倒れている警備員たちや、隅で怯えている女性秘書が巻き添えを受けて危険だったからだ。
しかし、それ以降は適当に天井や壁に向けて弾き飛ばしていた。
初めの頃は調度品や天井の照明が破壊されていたが、今ではゴムボールをぶつけた程度の衝撃力しかない。
「だらしがない奴だ。鍛錬を怠っていたな。ボスキャラとしての自覚が足りないぞ」
龍太がそう言うと、足元でお座りをして、右に左に弾き飛ばされていく地脈の剣の力を眺めていたゼルが、
『まあ、魔剣を毎日素振りしている市長というのも、嫌な絵面ではあるがな』
と思念波で呟いた。
「まあ、確かにそうだな」
ついにピンポン玉程度にまで弱まった地脈の剣の力を、万年筆を使わずに指で弾き飛ばした龍太がそう答える。
地脈の力が尽きると、最後は剣そのものによる直接攻撃を仕掛けてきた。
鉄製の剣を振りかぶり、龍太の頭めがけて振り下ろしてくる。
しかし、それすら彼は万年筆で軽く弾き返した。
「なぜだ、なぜ、そんな物で剣戟を防げるんだ?!」
ついに体力の限界に達した祖父江・金五郎の手から、地脈の剣が抜け落ちた。
床の上で甲高い音を立てつつ、剣がクルクルと回転する。
市長はゼェゼェと肩で息をしつつ、フラフラな状態で辛うじて立っていた。
「な、なぜだ……我が一族に伝わる地脈を操る剣が……小学生に負けるなど……」
一時は何かに憑りつかれたようにトリップしていた彼が、今は真っ青な顔色で汗まみれになっている。
「あり得ない、絶対にあり得ない……」
そんな彼に向けて、龍太が冷たい表情で一喝する。
「うぬぼれるな。大地の力を、たかだか人間ごときが操れるわけがないだろ。お前たちは地面から滲み出ている力を掠め取っていただけだ」
それを聞いた祖父江・金五郎が、悔しさで歯を食いしばる。
そんな彼に背を向けると、龍太は手に持っていた万年筆を市長の執務机の上に戻そうとした。
しかし、その時、愕然としていたはずの祖父江・金五郎の口元が大きく歪み、右手を上着の内ポケットへと入れた。
そして、その手が再び外に出た時、右手には拳銃が握られていた。
「まだ終わっていない!!」
剣よりよほど使い慣れているようで、拳銃の銃口が一瞬で龍太の背中に照準をつける。
さらに彼は、何のためらいもなく引き金を引いた。
こんなことなら、最初からこうしておけば良かった。そうすれば恥をかかずに済んだのに、と彼は勝利を確信していた。
しかし、彼が放った銃弾は龍太の背中に命中する直前に、
「なに?!」
真っ二つになって彼の足元にポトッと転がった。
そして、聖包丁エルグレイザを構えた龍太が、その切っ先を祖父江・金五郎に向けている。
まさに一瞬の出来事だった。
さらに、彼の手の平に握られていた拳銃も真っ二つになる。
「う、うわぁあああ!!」
さすがの祖父江・金五郎も、これには驚いた。
彼の足元に、綺麗に切断された元拳銃がガシャ!! と落ち、その衝撃で部品が飛び散る。
驚いたことに、弾倉に装填されていた銃弾まで見事に切られていた。
それでいて、祖父江・金五郎の手や体は掠り傷一つ負っていない。
悲鳴を上げつつその場で腰を抜かすと、彼は包丁を持った小学生の顔を見上げながら涙を流した。
「ば、化物ぉおおおお!!」
それを聞いて龍太が微かに口元を歪める。
「失礼な奴だな」
そして、聖包丁エルグレイザを軽く振ると、
「俺は勇者だ」
と言った。
【ミッションクリアー】
完全に戦意を失い、床に座り込んだ祖父江・金五郎を見下ろしながら、龍太はまず右手に持っていた聖包丁エルグレイザを家に帰した。
ホームセンターで購入した文化包丁が、光の粒子になって消える。
ちなみに、なぜ文化包丁などと呼ばれているかというと、明治後期以降、日本に近代的な西洋様式の食文化が広まった際、それまで使われていた魚中心の和包丁に代わり、刃先が尖った万能型包丁が普及した。
そして、古い菜切包丁と洋包丁の要素が融合したものを文化包丁(三徳包丁)と呼ぶようになったのだった。
他にも、新しくて進歩的な物にどんどん「文化」という言葉をつけ、文化住宅や文化鍋などが生まれている。
「ひとつ質問をしてもいいか?」
龍太がそう言うと、魂が抜けかかったような姿の祖父江・金五郎が、ゆっくりと顔を上げる。
「なぜお前の先祖は、集落以外の女と子供を作ったんだ? やはり閉鎖された集落での生活を嫌い、自由な外の世界で生きることを望んでいたのか?」
もし、祖父江・金五郎の先祖が、そのようなことをしなければ、集落は滅びずに済んだはずだ。
もしかしたら、今ではパワースポットなどと呼ばれて観光名所になっていたかもしれない。
「それとも、他の集落の娘が、掟を破りたくなるほど魅力的だったのか?」
それを聞いて、祖父江・金五郎が肩を震わせながら、気の抜けた声で答える。
「その時の集落には、ブスかオバサンしかいなかったらしい」
「…………」
しばしの沈黙のあと、龍太はゼルに目を向けた。
黒柴犬は、敗者である市長に少しだけ憐みの視線を向けている。
「そうか。それは何というか、少しだけ同情する」
そう言うと、龍太とゼルが侵入してきた時に綺麗にガラスを切り取った窓へと近づいていった。
そして夜の街を見下ろすと、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてくる。
さすがにこれだけ騒げば、誰かが警察に通報してもおかしくない。
そして、四方八方からパトカーが近づいてくると、市役所の正面玄関前でタイヤを鳴らして急停止する。
ドアが次々と開き、警察官たちが一斉に飛び出してきて、市役所に駆け込んでくるのが見えた。
彼らは1階の警備室に誰もいないことを確認すると、唯一照明が点いている10階の市長室を目指してエレベーターと階段で上がって行く。
そして、開け放たれたままになっていた市長室のドアから室内に雪崩れ込むと、そこで驚く光景を目の当たりにすることになる。
惚けたように床に座り込んでいる市長と、床の上で失神している警備員たち、そして部屋の隅で蹲っている女性秘書。
「一体なにがあったんだ?」
一人の警察官がそう言うと、市長室の窓が割れているのに気付いた。
そして、その隣の硝子は、何を使ってどうやったのかさっぱり分からないが、綺麗に切り取られて穴が開いている。
ただ、市長室に小学生の男の子と黒柴犬の姿は、どこにも見当たらなかった。
【市長転落】
夜明け前の市役所の周囲を、パトライトを点灯させたパトカーが取り囲んでいる。
そこに数台の救急車が近づいていく。
市長室に乗り込んだ警察官が、意識を失った複数の警備員がいると119番通報したためだ。
ストレッチャーを押した救急隊員たちが、続々と市役所へと駆け込んでいく。
当然だが、これだけ騒げば、地域の住民たちが気付かないはずがない。
「何事だ?」とばかりにスマホ片手に野次馬たちが集まってきたが、警察が張った規制線に阻まれて、市役所には近づけなかった。
「本当なんです、包丁を持った小学生が窓から入ってきて!!」
市長室では、女性秘書が涙ながらに警察官にそう訴えている。
「ええ~っと……」
そして警察としては、「なるほど、そうですか!!」とは答えられない。
なにせ、この部屋は10階にあるのだ。
「警部、防犯カメラの映像を確認しましたが、小学生や犬など、どこにも映っていません」
警備室で防犯カメラの録画記録を確認していた警察官が、無線でそう報告してきた。
「ほ、本当なんだ。狂暴な小学生が、そ、そこの窓から包丁で窓ガラスを切り抜いて入ってきたんだ!!」
まるで別人のように憔悴した市長も、涙と鼻水を垂れ流しつつそう言う。
「この窓からですか?」
警部が窓へと近づく。
確かに、円形に綺麗に切断されたガラスが室内に転がっている。
さらに、その隣の硝子は内側から割られていた。
もし下に通行人がいたら、大惨事になっていたことだろう。
「ここから、小学生が?」
梯子もロープも見当たらない。そもそも、そのような物があっても、この窓から侵入することは不可能だ。
室内に目を向けると、壁や天井もかなり傷んでいる。
そこにストレッチャーを押した救急隊員たちが駆け込んできて、床の上で失神している警備員たちを順番に運び出していった。
「彼らは?」
「その包丁を持った小学生にやられたんだ!!」
「……」
その時、室内のあまりの惨状のため気付かなかったが、床の上に無造作に転がっている警棒や、切断された拳銃が警部の目に留まった。
「これは……」
まるでレーザーか斬鉄剣によって両断されたような拳銃を見つめる。
本当は手に取って調べたかったが、鑑識が来るまで現場の物は動かせない。
「祖父江市長、これは本物ですか?」
「えっ、ああっ、そ、それは……」
祖父江・金五郎が我に返り、慌て出す。
「そう言えば、住宅地の方で4人の不審者が身柄を確保されたが、そこにも真っ二つになった拳銃が落ちていたとか」
「…………」
床に落ちた拳銃から目を上げた警部が、市長に鋭い視線を向ける。
さらに言うと、床の上には、今は力を失った地脈の剣も落ちている。
「あんた達、本当に何をやっていたんだ?」
警部の口調が変わった。
そして、壁の隠し金庫が目に留まる。
その視線に気づいた市長が慌てて立ち上がると、扉が開いたままになっている隠し金庫に駆け寄ろうとした。
「市長を押さえろ」
素早く警部がそう言うと、部下の警官たちが市長の肩を左右から捕まえて、身動きを封じる。
「こ、こら、無礼者!! 貴様ら、俺は市長だぞ!!」
「市長といえど、現場の物に触れさせるわけにはいかない」
そう言うと、警部は隠し金庫に近づき、その中を覗き込む。
そこには地脈の剣を納めた木箱以外にも、色々な物が隠されていた。
紙のファイルやハードディスク等々、いかにも悪事の証拠っぽい。
「やめろ、それに触れるな、貴様をクビにするぞ!!」
「私のクビの前に、自分のことを心配した方が良いんじゃないですか?」
市長室の隠し金庫から出てきたのは、彼の悪行の数々の証拠だった。
賄賂や違法な契約の記録の数々。その中には、外国の医療メーカー、メディファルナ社が祖父江・金五郎に送った賄賂の記録も残っていた。
当然、すぐに裁判所に家宅捜査の申請がされ、承認が下りると、彼の自宅にも捜査官たちが押し寄せることになる。
世紀の大スキャンダルとして、マスコミが大騒ぎをし、市役所の職員をはじめ、祖父江市長の腰巾着だった市議会議員たちが追い回されることになった。
そして、次々と祖父江・金五郎、いや、祖父江一族の悪事が明るみになっていく。
その一方で、一体何者が深夜の市長室を襲撃したのか話題になったが、こちらは全く手がかりがない。
祖父江市長をはじめ、女性秘書や病院に運ばれた警備員たちが口々に、包丁を持った小学生と黒い柴犬にやられたと証言したが、逆に彼らが口裏を合わせて嘘をついていると判断された。
それはそうだろう。どこの小学生が10階の窓から侵入し、拳銃や警棒で武装した警備員たちを一方的に叩きのめして、再び窓から飛び降りて逃げるというのか。
Xファイルのモルダー捜査官でもない限り、そのような戯言を信じる人間などいない。
そもそも、市役所の至る所に設置されている防犯カメラには、不審者の影すら映っていなかった。
最終的に警察は、祖父江市長と警備員たちが、原因は不明だが仲違いをして、それが乱闘に発展したのではないかと判断する。




