第33話 市長の奥の手、地脈の剣
【地脈を封じる刀】
「その箱から漏れ出す気配……これは、あの造成地で感じたものに似ているな」
龍太が古い木箱に狙いをつけるように聖包丁エルグレイザの切っ先を向けつつ、そう言った。
「そんなことまで分かるのか?」
祖父江・金五郎が、感心半分、驚き半分といった表情でそう言う。
龍太が1年生の時、郊外の自然公園で学校主催のキャンプ大会に参加したことがあった。
その時、公園の奥に立ち込める禍々しい魔力を感じて、夜中にゼルと一緒に原因を究明したことがあった。
それは、公園の側の造成地の端、あかりの父親が主導して推進してきた計画の工事現場が発生源で、それは地下から湧き出してくる地脈の力だった。
地脈自体は、大地の血液のようなものなので、決して悪いものではない。
ただし、濃度が濃すぎると、動植物、もちろん人間も含む生物に悪影響を及ぼす。
現に当時も、工事現場で心霊騒ぎや怪奇現象騒ぎが頻発し、業者が怖がって工事がストップしていた。
その原因を突き止めた龍太は、聖包丁エルグレイザの力を借りて地脈を抑え込み、今は収まっている。
その時、感じた地表に溢れ出していた地脈と同じ力を、市長が抱えている古い木箱から感じるのだ。
人間にとって血液は、生命活動を維持する上で必要不可欠なものだ。
しかし、傷口から出血した血液に触れると感染症にかかるリスクが高く、手当てをする人間はもちろん、怪我をした本人も直接触れてはいけないと言われている。
地脈の力もそれと同じだった。
それが地上に漏れ出すということは、人間でいうところの傷口から出血をしているのと同じ状態ということになる。
龍太は、その大地の出血を止めて傷口を塞いだのだ。
「フフフッ、その通り。これは、あの滅びた集落にあったものだ」
そう言うと、祖父江・金五郎が古い木箱の蓋を開け、中から1本の剣を取り出した。
それは日本刀とは違い、片手で振るう直剣だった。
かなり古いもののようだが、錆などは浮かんでおらず、刀身には見たことのない模様のような文字が刻まれている。
「魔剣か?」
龍太が微かに眉を寄せてそう言うと、市長が何かに憑りつかれたような表情になり、クックックッと喉の奥で笑った。
「そんなふざけた名前で呼ばないでもらおうか。これは地の竜、地脈を操り、封じる刀だ」
そう言い、剣を顔の前で立てると、その表面をうっとりとした表情で見つめる。
「あの滅びた集落のあった土地は、大昔から龍脈の力が溢れ出していた。その大地の力は土地を豊かにし、そこで暮らす人間を災いや病から守ってもいた。しかし、強すぎる力は、時として災いをもたらす」
「その力を操ってきたのが、これだ」
どのような仕組みかは分からないが、実際にその剣は地脈を封じてきたのだろう。そして、それを長い年月続けるうちに、剣自体にも力が宿った。
もしかしたら、元はただの普通の鉄製の剣でしかなかったのかもしれない。しかし、人々が大地の竜の力、つまり地脈の力を封じることができると信じ込み、儀式などを行っているうちに、本当にそのようなものに変質していったのかもしれなかった。
今も魔力か霊力か分からないが、剣から漏れ出す力によって、祖父江・金五郎がトリップ状態になっている。
彼は刀身をうっとりと見つめつつ、指でそっとなぞっていた。
「確か、あそこにあった集落は流行病で住民が全滅したと聞いたぞ。もしかして、お前の先祖がその剣を盗み出したせいで、災いが起こったのか?」
龍太の口調が険しくなる。
彼の前世の世界でも、同じような事件は時々起こっていた。
封印された場所に力や財宝を求めて入る者、わざと封印を解いて災いを引き起こそうとする者、理由は様々だが、結果は皆同じだ。
周囲を巻き込んで盛大に自爆をする。
はた迷惑なことこの上ない。
「違う、違う」
祖父江・金五郎が薄ら笑いを浮かべつつ、大げさに首を左右に振る。
「人聞きの悪いことを言うな。あたしはこれの正当な継承者なのだから」
「正当な後継者だと? お前は、あの滅びた集落の生き残りなのか?」
「その通りだ。いいだろう、少し昔話をしてやろう。子供はそういうのが大好きだからな」
そう言うと、祖父江・金五郎が剣を軽く振った。
空気が振動し、市長室に飾られていた調度品などがカタカタと震える。
まずいな。あのような物を全力で振り回されたら、死人が出るぞ。
龍太がそう考える。
なにせ市長室の床の上には、彼とゼルが叩きのめして失神させた警備員たちと、怯えて身動きが取れない女性秘書がいるのだ。
あまり祖父江・金五郎を激昂させずに、隙を伺わなければならない。
【禁忌の力】
銀色の刀身を恍惚とした表情で見つめつつ、祖父江・金五郎が淡々と語り始めた。
その声には、まるで遠い昔の出来事を、実際に自分が体験してきたような響きが含まれている。
「私の先祖は代々、あの集落で地脈の力を操ってきた一族だった。村の中央には祠があり、そこにこの剣が納められていたのだよ。今でもそうだが、昔はもっと天候によって人々の暮らしが左右されていた」
雨が降り過ぎれば河川が氾濫し、全てを押し流す。
逆に少し日照りが続けば、田畑は枯れ、家畜が死んだ。
しかし、あの集落だけは、それらの天のご機嫌など関係なく、平和で安定していた。
「全ては、私の先祖たちの働きによるものだ。集落の住民たちは、私の先祖に感謝をし、龍脈の力を神として崇めていた」
龍太は、彼の話を黙って聞いていた。
彼の前世の世界でも、同じような特別な土地や、そこを治める者はいた。
その源は魔力であったり地脈の力だったりと色々だったが、そういう土地は当然のように狙われ、よく奪い合いをしていたのを覚えている。
だから、祖父江・金五郎の言うことを、世迷い言だとか、気でも狂ったのかと言って笑い飛ばすようなことはしない。
しかし、特別な能力を持った者の多くは、最後はその力に飲み込まれたり、暴走させたりして命を失っている。
この男は生きている。そして、集落は滅びた。
それだけで龍太にとって、祖父江・金五郎の先祖を侮蔑する理由は十分だった。
「豊かな実り、安定した生活を約束された土地。しかし、その平和な集落には、決して犯してはならない決まりごとがあったのだよ」
ほら、来た。
目を細め、醜い笑みを浮かべる祖父江・金五郎の顔を、龍太が睨みつける。
「それは、血を濁らせないことだった」
祖父江・金五郎の先祖が守護していた集落は、あらゆる意味で閉鎖的な場所だった。
地脈による加護を受けられる土地があまり広くなかったことも、その原因だ。
要は、受け入れることができる住民のキャパシティーが少なかったのだ。
そのため、周囲の他の集落との接触は最低限に抑えられ、娘を嫁に出すことも、逆に他の集落から嫁をもらうことも拒み続けていた。
しかしある時、祖父江・金五郎の先祖がその禁忌を破ってしまった。
彼は、子供の頃から自由奔放な性格をしていて、狭い集落での生活に嫌気がさしていたらしい。
こっそりと抜け出しては、他の村や町に遊びに行っていた。
そして、一人の若い娘と知り合う。
彼は集落の掟をよく知っていたが、それでも新鮮な誘惑に抗うことはできなかった。
その知り合った娘と恋仲になると、すぐに子供ができてしまう。
おそらく彼は、村の伝承をあまり信じていなかったのだろう。「あれは集落の人口が増え過ぎないための掟」、もしくは「豊かな集落の秘密が外に漏れないための口封じ」だと考えていたのだ。
しかし、本当の理由はきちんとあった。
他の村の娘のお腹に宿った祖父江・金五郎の先祖の子供が生まれた日、彼の集落で原因不明の疫病が流行りだした。
それは恐ろしい感染力と致死力を有していて、どのような治療も薬も効果がない。
そして、一度かかったが最後、致死率は100%だった。
恐ろしいことに、病にかかった者を速やかに隔離しても感染拡大は収まらず、次から次へと集落の人は倒れていき、最後は看病する者がいなくなる。
「集落の人は全員死んだ」
禁忌を犯し、血が濁ったことが原因なのか、あるいは地脈の力が暴走したのか、今となっては分からない。
「だが、結果は伝承のとおりだった」
しかし、この時、龍太には集落が滅びた理由が何となく分かっていた。
おそらく、禁忌を犯した祖父江・金五郎の先祖は、そのことを集落の者たちに知られ、激しく責められたのだろう。
そして、「この俺様のおかげで日々平穏に暮らせているくせに!!」と怒り狂って、地脈の力を暴走させたのだ。
造成地で工事が遅れた原因と同じだ。
地面から滲み出るぐらいであれば、土地を豊かにするが、大量にそれが噴き出せば、人間に害をもたらす。
集落の住民たちは、目に見えない大量の地脈の力によって命を奪われたのだ。
普通の村や街であれば、何か不穏なものを感じて、住民たちは土地を捨てて逃げ出していたかもしれない。しかし、それまでの豊かで閉鎖的な暮らしが、彼らを呪われた土地に縛り付けてしまった。
もちろん、その禁忌を破った祖父江・金五郎の先祖が地脈を暴走させた証拠などない。
しかし、他に原因など思いつかなかった。
おそらく一つの集落で婚姻と出産を続けた結果、近親婚状態になっていたのだろう。
濁った血が地脈の影響を受けやすくなっていたのかもしれない。
「住民が死に絶えたのに、滅びた集落に縛られる理由はないだろう?」
祖父江・金五郎が地脈の剣を持ち上げると、切っ先を天井に向けた。
「私の先祖は集落を捨てた。その際、この剣を持ち出したのだよ」
元はただの金属製の剣でしかなかったはずだが、長い年月、地脈の源の上に置かれていたため、すっかり魔剣のようになってしまった。
おそらく、色々と不思議なことができたことだろう。
そして、その人外の力を宿した剣を使い、祖父江・金五郎の先祖は、この地において不動の地位を築いたのだ。
「つまり貴様達は、自分の集落を滅ぼしたその魔剣を、恥ずかしげもなく私利私欲のために使ってきたというわけだな」
龍太が静かにそう言う。
すると祖父江・金五郎の表情が険しくなった。
「違う、私はこの剣の正当な後継者だ。これをどう使おうが、私の自由なのだ!!」
彼の感情の昂りに反応するように、地脈の剣が微かに光を放ち、市長室の空気が振動した。
転生勇者である龍太でなければ、その超常的な現象に怯えていたかもしれない。
チラッと横を見ると、転生魔王である黒柴犬は、フカフカのソファーの上にチョコンと座り、欠伸をしている。
そして視線を正面に戻すと、ラスボスの祖父江・金五郎が勝利を確信した表情で笑っていた。
【ペンは剣よりも強し】
「どうだ、茂野・龍太。お前には見えないだろう、剣の周囲に集まる強力な力が」
そう言いつつ祖父江・金五郎が、地脈の剣を体の正面で構え直した。
どうやら彼は剣道の有段者のようだ。なかなか様になっている。
そして、彼が持つ地脈の剣からは、陽炎のようにユラユラと見えない何かが立ち上っていた。
「なるほど、すごい濃度だ。肉眼で見えるなんて」
魔力にせよ、地脈の力にせよ、本来は無色無臭のため、普通の人間には認識できない。
勘が良い人間なら、何か気配のようなものを感じるかもしれないが。
しかし、龍太にはハッキリと剣の周囲に集まる禍々しい力が感じられた。
「今、この剣には、地の龍の力が集まっている。これを解き放てば、市役所すら一刀両断できるぞ」
「市民の税金で作った建物を切ったら駄目だろう」
「さあ、逃げるなら少しだけ待ってやってもいいぞ。それとも、その包丁でこの剣と戦うか?」
そう言うと、大きく口を開けて馬鹿笑いをする。
いかにも悪の大ボスっぽいが、だいたいこういう余裕ぶっている奴は、戦いに負ける。
フゥと溜息をつくと、龍太は聖包丁エルグレイザを足下に置き、その代わり、市長の執務机の上に無造作に転がっていた万年筆を手に取った。
「何のつもりだ?」
「貴様ごとき、これで十分だ」
そう言いつつ振り返った龍太が、掌の中で万年筆を器用にクルクルと回した。
「こ、この剣がお前には見えないのか?」
「見えている。だから、これで十分だと言っているんだ」
それを聞いて祖父江・金五郎の顔が怒りで真っ赤になった。
無理もないだろう。強力な力を宿した剣を持っている自分を相手に、小学3年生の子供が余裕の笑みを浮かべつつ、万年筆で戦うと言っているのだから。
「お、お前は……ふざけているのか?! 包丁を捨てて、そんなペンで、地脈の剣を持ったこの私と戦おうなどと!!」
「貴様ごときを相手にするのに、聖剣エルグレイザなど使ったら、弱い者いじめみたいではないか」
「こ、こ、このクソガキが!!」
「いいか、しっかりと俺を狙えよ」
もし地脈の剣を横に振り回したりなどしたら、床の上で失神している警備員たちが吹き飛ばされるかもしれない。
「良いだろう。死にたいと言うなら、跡形もなく塵にしてやる」
目を血走らせ、髪の毛を逆立てた祖父江・金五郎が、地脈の剣を振りかぶった。
禍々しい力が風圧となって龍太に吹き付けてくる。
普通なら腰を抜かして泣き叫ぶところなのだろうが、彼は余裕の笑みを浮かべたまま、右手で万年筆を握っていた。
「さあ、後悔するがいい!!」
そして地脈の剣が振り下ろされる。
剣の周囲に集まっていた陽炎のような力が、見えない刃となって龍太に襲い掛かる。
それを龍太が、ピン! と万年筆で弾き飛ばした。
目標を逸れた地脈の力が市長室の窓を粉々にして、空の彼方へと飛び去っていく。
「な……なんだと?」
龍太は吹き飛ばされるどころか、右手を少し振っただけで、彼の攻撃をかわしてしまった。
「ば、バカな……」
そう言いつつ祖父江・金五郎が、再び剣に地脈の力を集める。
龍太は、それを律儀に待っていた。
すると、ゼルがソファーから降りてトコトコと歩き、彼の隣にやって来る。
『面白そうだな。我にもやらせろ』
「良いけど、あまり面白くはないと思うぞ」
そこに祖父江・金五郎が2撃目を放ってきた。
見えない力が刃となって龍太へ襲い掛かる。しかし、それが彼に届く前に、ゼルがピョンとジャンプをして口に咥えた。
そう、それはまるで、飼い主が投げたフリスビーを愛犬がキャッチするように。
そして、口で地脈の力を噛み砕いた。
『何だこれは。ゴブリンの石斧の方が強いぞ』
「だから、言っただろう」
つまらなそうに思念波と言葉でそう言い合う一人と一匹。
「ば、バカな、巨石すら切断できるはずなのに」
「フンッ、この程度、ドラゴンのブレスに比べればそよ風だ」
「ふざけるな、子供相手に手を抜いてやっただけだ!!」
「そうか、なら次は全力で来い」
龍太がそう言うと、ウォオオオオオ!! と叫びつつ、祖父江・金五郎が地脈の剣に力を込めた。




