第30話 転生勇者と魔王の反撃
【市長の影】
室井 美月が病院で、龍太とゼルと会っていたころ。
鈍い音と男の悲鳴が聞こえた。
ここは市長の自宅にある祖父江・金五郎の書斎だ。
「失敗しただと……なんの冗談だ? あれだけ派手にやっておいて、小学生一人やれないのか?」
金五郎が睨みつけているのは、今日、あかりを見張っていた不審な男の一人だ。
彼は今、額を押さえて蹲っている。
さらに彼の隣には、黒づくめの男が立っていた。
日頃は市長のボディーガードや、この自宅の警備をやっているが、警備会社の社員というよりは、暗殺者のような雰囲気だ。
「も、申し訳ありません。次は必ず……」
唇の端から血を流しつつ、男がそう言う。
そんな彼を金五郎が冷めた目で見下す。
「『次は必ず』と言う台詞はな、三流の悪役が使うもので、そして必ず返り討ちに遭って終わるんだよ」
彼がそう言うと、相手が肩を落として俯く。
「それにしても……」
金五郎がそう言うと、執務机の上に置かれているタブレットを手に取った。
その画面には静止画像が表示されている。
それは今、口から血を流している男が現場で車内から撮影していたものだ。
元は動画だったのだが、それをコマ送りで再生し、一時停止している。
それは、知らない人が見れば、特撮技術のワイヤーアクションにしか見えなかっただろう。
なにせ、ランドセルを背負った男の子が、同じくランドセルを背負った女の子を抱きかかえてミニバンを飛び越えているのだ。
二人の足元にはミニバンの屋根があるが、50cm近く離れている。
こんなことは、プロのスタントマンやアクションスターでもできないだろう。
「この餓鬼は……」
彼がそう言うと、黒づくめの男が口を開いた。
「3年前に、市長の命令で監視をしていた茂野・龍太という子供です」
「入学当初は目立っていたが、その後は大人しくなっていたので油断したが、やはりこいつは普通の子供ではないな」
市長の命令で、龍太のクラスの担任教師に監視をさせ、さらに自分の手下たちを使って、茂野家を調査させたが、彼は優秀ではあるが普通の子供で、両親もその実家も典型的な一般家庭という報告しか上がってこなかった。
本当に普通の親子なのか? と思いつつ、最近はその存在すら忘れていたというのに、ついに尻尾を出した。
こんなことができる小学3年生などいてたまるか。
そう呟くと、金五郎は黒づくめの部下に目を向けた。
「これでハッキリした。この餓鬼は特別な訓練を受けている。そして、神崎・誠司の味方だ」
「確かに、普通の身のこなしではありませんね」
黒づくめの男がサングラスの下で目を細めつつ、そう言う。
「計画は失敗した。おまけに、関係のない室井病院の娘をはねている」
そちらは軽傷で済んだらしいと報告を受けているが、普通ならば死んでいただろう。
室井病院の娘が幸運の持ち主だったのか、それとも奇跡が起こったのか分からないが、茂野・龍太は幼馴染の二人が狙われたことは認識したはずだ。
地元のヤクザの大門・丈二が言っていたことを思い出す。
茂野・龍太は、自分が攻撃されるより、身内や友達を狙われた方が怒る。
それは龍太個人ではなく、茂野一族による反撃を示唆していると考えていた。
「やられる前に、茂野を潰せ。家族そろって失踪だ」
「分かりました」
「あと、市役所の警備も厳重にしろ」
「こちら(自宅)の方は?」
「俺は、これから数日の間、市役所に泊まり込む」
「市役所にですか?」
「あそこには俺の切り札があるんだよ」
祖父江・金五郎はそう言うと、悪役っぽい笑みを浮かべた。
「さあ、戦争だ」
そして、そう宣言するように言った。
【反撃の開始】
深夜の住宅街を、1台のハイブリッドで有名な乗用車が走っていた。
街中でよく見かける車種で、塗装は白色、全く特徴はない。
もっとも、この車種はよく高齢者がアクセルとブレーキを踏み間違えて事故を起こしているため、ミサイルなどという不名誉な通り名が付けられていたが。
その車は住宅街の中にある古い空き家の前で停車し、エンジンを切った。
前列と後列の左右4枚のドアがそれぞれ開き、4人の人影が降りてくる。
三人は男で1人は女、それはスタイルでしか識別できない。なぜなら全員が黒いトレーナーにズボン姿で、頭には目出し帽を被っていたからだ。
手にはバールやナイフを持っている。
まるで闇バイトで集まった強盗のような格好だが、彼らは一言も口をきかず、それでいて無駄のない動きで静かに住宅街を移動していく。
つまり闇バイトを装ったプロということだ。
そして100mほど移動をして、外灯の光が届かない高いブロック塀の影で足を止めた。
「確認をするぞ」
一人の男が渋い声でそう言うと、他の3人が周囲を警戒しつつ彼の側に集まった。
「ターゲットは茂野・龍太とその両親だ。全員の身柄を確保しろ。抵抗するようなら多少痛めつけても構わない。できるだけ素人っぽく派手に暴れろ」
そう、彼らは市長、祖父江・金五郎が個人的に雇っているボディーガードたちだった。
ただ、この会話を聞く限り、身辺警護以外の仕事も得意なようだが。
4人の視線が、少し離れた位置に建っている1軒の2階建ての民家に向けられた。
家の灯りは全て消えている。
「突入から離脱まで3分以内だ。いいな?」
そう言うと、4人が一斉に小走りで移動を再開した。
しかし、その足がすぐに止まる。
「こんな夜中に何をしている」
彼らの前に、忽然と一人の子供が立っていた。
「お、お前は……ターゲットか?」
リーダー格の男が呻くようにそう言った。
そう、それは彼らがこれから闇バイト強盗を装って襲撃しようとしていた家の息子、茂野・龍太本人だったのだ。
危ないところだった。もし関係ない第三者だった場合、計画を中止するか、強行してその目撃者も一緒に行方不明にしなければならなかった。
「末恐ろしいな。小学生がこんな時間に一人で夜遊びか?」
とりあえず、ターゲットのうちの一人が自分から捕まりに来てくれたのだから、幸先が良いとしか言いようがない。
そう考えて手を伸ばすと、茂野・龍太がスッと半歩下がった。
そして、次の瞬間、リーダー格の男が顔面を押さえつつ大きく仰け反って倒れる。
龍太が地面を蹴ってジャンプし、リーダー格の男の顔面に膝蹴りを入れたのだ。
小学生相手に油断をしていなかったとは言わない。しかし、だからといって顔面にまともに攻撃を受けるなど、あり得なかった。
「こ、こいつ?!」
さすがと言うべきだろうか、残りの3人が素早く身構え、ナイフやバールを構える。
しかし、倒れたリーダー格の男の背中を踏み台にした龍太がジャンプをし、次々とナイフやバールを叩き落としていく。
「さ、猿か、この餓鬼?!」
「クソッ!!」
龍太は地面だけではなく、壁や電信柱も蹴って攻撃してくる。
さらに、闇の中から黒い小さな影が飛び出してきた。
「イテテテッ、犬だ!!」
龍太に向けてナイフを突き出そうとしていた女の手に、黒柴犬のゼルが噛み付いている。
「な、何なんだこいつら?!」
小学生と柴犬、本来なら片手で簡単に制圧できる相手だ。
だというのに、彼らはその動きに翻弄され、捕まえることすらできない。
手に持っていた凶器を全て叩き落とされてしまった。
さらに、それを拾おうとすると、それより先に遠くに蹴り飛ばされてしまう。
「こいつら、舐めてるのか?!」
黒づくめの4人の前に、龍太とゼルが並んで立っている。
ちょうど一人と一匹は外灯の下に立っているため、姿がハッキリと見えた。
驚いたことに、まったく呼吸は乱れておらず、余裕の表情を浮かべている。
「質問に答えろ」
龍太が足元にいる柴犬ゼルに目配せをした後、そう切り出した。
「お前たちは、市長の手先か?」
それを聞いて、4人の表情が(目出し帽の下で)険しくなる。
そして、4人が一斉に懐に手を入れると、拳銃を抜き取った。
これは、できれば使いたくはない。本当の意味での奥の手だった。
拳銃は大きな音が出る上に、銃弾や薬莢が現場に証拠として残る可能性が高い。壁や地面に弾頭がめり込むと、回収をすることができないためだ。
当然だが、相手に命中すれば大量に出血するし、そもそも闇バイト強盗に見せかける工作ができなくなってしてしまう。
発砲事件となれば、当然だが警察の捜査も通常の強盗事件よりレベルが上がる。
しかし、小学生とそのペットを4人がかりで捕まえられなければ、当然だが市長の怒りを買う。そもそも、それ以前に彼らのプライドが許さない。
「動くなよ。子供など撃ちたくないからな」
リーダー格の男が、大人げない台詞を堂々と言った。
しかし、それを見た龍太は右手を頭上に掲げ、静かにこう言う。
「来い、エルグレイザ」
彼の右手で閃光が発生し、不意を突かれた4人が思わず目を閉じて顔を背ける。
夜間にそのようなものをまともに見たら、目がくらんでしばらく何も見えなくなるからだ。
しかし、光は一瞬で消えた。
「何が光ったんだ?」
そう言いつつ、拳銃を構えたまま龍太に目を向けると、驚いたことに彼の右手には包丁が握られていた。
「あ、あんな物どこから?!」
小学生が持つには大きすぎる刃物だ。
そして、彼らが驚いている間に、龍太が動き出した。
人間とは思えない瞬発力で地面を蹴ると、一瞬で10mほど離れていたリーダー格の男の懐に飛び込み、そして聖包丁エルグレイザを一閃させる。
さらにゼルも、彼の動きに呼応してジャンプをしていた。
とても柴犬とは思えない跳躍で、リーダー格の男の鳩尾に頭突きをしている。
グハァ!! と叫びつつ倒れる彼の右手で、拳銃が真っ二つに切断されていた。
そして龍太もゼルも止まらない。何が起こっているのか、知覚も認識力も追いつかないままの残り3人にも次々と襲い掛かる。
龍太が拳銃を切断し、ゼルが人間の急所の一つである鳩尾に一撃を加えていく。
時間にして3秒ほどの間に、四人は拳銃を破壊された挙句、腹部を押さえて悶え苦しむことになった。
「ゲホッ、ゲホッ、お、お前……たち……」
「言っただろう。夜中に騒ぐと近所迷惑だ」
龍太がそう言うと、4人に次々と睡眠の魔法をかけ、昏倒させていった。
「何の騒ぎだ? 喧嘩か?」
外の騒ぎに気付いた住宅の住民が、眠い目を擦りつつ玄関から外に出てきた。
すると、路上に見るからに怪しい黒づくめの格好をした男女が4人倒れている。
おまけに、その周囲にはナイフやバール、さらに壊れた拳銃が散乱しているのだ。
「おわぁ?! なんじゃこりゃ、とりあえず警察に通報だ!!」
こうして、茂野家を襲撃しようとした市長の手先たちは、任務に失敗したのだった。




