第29話 転生勇者の告白
【病室での告白】
夜の病室は静かだった。
美月がいる部屋は個室のため、特にそう感じる。
エアコンの音だけが微かに天井から聞こえてくる以外、時々廊下を看護師が通り過ぎる足音しか聞こえない。
「眠れない」
体は元気そのものだ。
本当は家に帰りたかったのだが、両親がそれを許さなかった。
皆、彼女の精神状態を心配して、事故には触れないようにしているが、今回の事故は相当酷いものだったらしい。
夕食後にトイレに行った時、ナースステーションの前を通ったのだが、夜勤の看護師が話しているのが聞こえてきた。
「美月ちゃんの事故現場って、かなり酷かったらしいのよ」
「えっ? でも、私さっき夕食のトレイを下げに行ったけど、全然普段通りだったわよ」
「でもね、警察の人が話しているのを聞いたんだけど、生きているだけで奇跡なのに、軽傷なんてあり得ないって」
「へぇ~、そうなんだ」
美月は物心つく前から、よくこの病院に連れて来てもらっていた。
口に出してハッキリとは言わないが、父親は彼女にも医師になってもらいたいらしく、この仕事の素晴らしさと病院の雰囲気を体験してもらいたかったようだ。
可愛いが不愛想な美月のことを、看護師たちはとても可愛がってくれた。
今ナースステーションで雑談をしている二人の看護師も顔なじみだ。
美月の姿が見えると、二人は口を閉じた。
自分が巻き込まれた事故の話題など聞かされて、喜ぶ人間はいない。
ましてや、あれで何で生きてるの? レベルの事故だ。
「どうしたの、美月ちゃん?」
看護師が彼女に声をかけてきた。
「トイレです」
「そっか、大丈夫? どこか痛くない? 立ち眩みとかしない?」
「はい、全然平気です」
そう答えると軽く会釈をして、トイレに向かって歩き出す。
美月は予想や想像ではなく、自分は龍太に助けられたと確信していた。
方法は分からない。しかし、彼ならオカルトかファンタジーの摩訶不思議パワーを使えても驚いたりはしない。
それどころか、3歳からの付き合いで、普通では考えられないことを何度もやってのける彼を見てきた。
まさか、即死レベルの怪我を短時間で治せるのは、さすがに凄すぎると思うが。
トイレから自分の部屋に戻ると、その摩訶不思議少年が窓際に立っていた。
「龍太君……とゼル」
そう、それは茂野・龍太と、その愛犬というか相棒の黒柴犬ゼルだった。
「こんばんは、美月」
この病院の窓は、2階から上の階は開かなくなっている。
空気の入れ替えができるように、何枚かに1枚だけ少しだけ傾くように、隙間ができる程度だ。
ゼルだけならいざ知らず、龍太では、その隙間を通ることができない。
「面会時間は午後5時までのはずだけど、どうやって入ってきたの?」
「こっそり忍び込ませてもらった。迷惑だとは思ったんだけどね」
「いいえ、嬉しいわ」
そう言うと、美月がベッドに腰かけ、龍太は面会者用の椅子に座った。
「気分はどうだ? 痛いところはないか?」
「ところどころ少しだけ痛いけど、平気よ」
「すまない。後ろに美月がついてきていることに気付いていたのに、自分の力を過信していた」
どうやら龍太は、とぼけたり誤魔化したりするつもりはないようだ。
「怪我も、もう少し時間があれば完璧に治せたんだけど、救急車が到着したから」
「やはり、これは龍太君の力だったのね」
美月がそう言って、自分の左手を見つめた。
そこには包帯が巻かれている。
「そうだ。もう隠しておけないから、先に話しておこうと思って」
そして龍太は、前世の記憶、自分は異世界の勇者で魔王を倒した後、転生の魔法陣によってこの世界に飛ばされてきたことを、かいつまんで説明した。
「そして、ゼルがその時の魔王、ゼルザ・ネクロヴァルだ」
最後にそう言って、龍太が黒柴犬ゼルを抱え上げる。
普段から態度がデカくて目つきの悪いゼルが、この時はドヤ顔をしていて、何だかムカついた。
美月が龍太とゼルの顔を交互に見る。
「信じられないだろうけど」
この世界に転生してから今年で9年になる。その間、彼なりに情報を集め、この世界の常識を身につけてきたつもりだ。
それによると、勇者や魔王という存在は、妄想や幻想の世界でしか認知されておらず、現実にそれがいると信じている人間はいないという。
もし、昼間の学校で龍太が、
「俺は異世界から転生した勇者だ!!」
などと叫んでも、ギャグとして笑い飛ばされるか、呆れられて終わる。
そして、成人を過ぎてそのような行為をすると、時として心療内科の受診やカウンセリングを浮けることを勧められたり、最悪の場合は警察を呼ばれたりするらしい。
つまり、今、龍太が美月に対して行っているカミングアウトは、かなり危険な行為ということだ。
下手をすると、可愛い幼馴染との間に、修復不能な溝ができる可能性すらある。
「俺は勇者としての記憶が残っていて、戦い方や異世界で使っていた魔法を覚えている。車とぶつかり、死にそうになっていた美月を救うことができたのも、その魔法を使ったからだ」
「それで、こんな掠り傷で済んだのね」
「ああ、そもそも俺が転生前の半分の力でも使えれば、君に怪我すらさせずに済んだと思う」
「そうだったんだ。色々と納得がいった」
そう言う美月を見て、龍太が驚く。
「信じるのか?」
「ええ。逆に色々な謎が一気に解けたわ。ただ……」
「ただ?」
「ゼルが元魔王というのは、さすがに信じられないけど」
彼女がそう言うと、龍太に抱きかかえられたゼルがショックを受ける。
そして、ウウ~ッと唸るが、あまり怖くない。
『おのれ小娘、この魔王を愚弄するとは良い度胸だ』
「ゼルが、美月が信じてくれなくて悲しいと言っているぞ」
「龍太君は、ゼルの言葉が分かるの?」
「言葉ではなく、思念で意思の疎通ができる」
「へぇ~、便利だね。あかりが聞いたら、やり方を知りたがるわよ。クゥちゃんとお話がしたいと言って」
美月がそう言うと、龍太も微笑みながら頷き、そしてすぐに表情を引き締めた。
「美月、よく聞いてくれ。今回のことは事故ではない」
「それって……」
「何者かがあかりを狙っていたんだ。最初は少し脅す程度か、最悪、誘拐かと予想していたが、実際はもっと凶悪で直接的だった」
「何で、あかりが?!」
「今はこれ以上は話せない」
「それって……」
「すぐに決着がつくと思うから、それからきちんと説明をする。ただ、美月はこれ以上危険な目に遭うことはないと伝えたかったんだ」
「決着がつくって、龍太君、何をする気なの?」
「決まっているだろう」
そう言うと、彼がゼルを下におろし、椅子から立ち上がった。
「落とし前をつけるんだよ」
そしてそう言うと、ドアに向かって歩き出した。
こんな時間に子供と犬が病院内を歩いていたら、誰かに見つかって大騒ぎになるか、たとえ人間に見つからなくても防犯カメラに姿を記録されるはずだ。
しかし、龍太とゼルは堂々と看護師がいるナースステーションの前を通り過ぎ、正面ロビーから出て行ったが、誰にも気付かれず、防犯カメラの記録にも残らなかった。
【屋上の告白】
翌日、朝から教室は微妙な空気になっていた。
昨日、クラスメイトが学校の近くで交通事故に遭い、病院に入院をしているのだから無理もないだろう。
特に下校時に、事故現場を見た生徒は、
「車がビルに突っ込んでいてさ、グシャグシャになっていたんだぜ!!」
「室井はきっと今頃、集中治療室、とかいうところで手術中だよ」
「救急車とパトカーが来て、立ち入り禁止になってた」
幸いなことに、事故の瞬間を目撃したクラスメイトはいなかったようだ。
神崎・あかりは自分の机で黙ったまま座っていた。
なにせ、その事故現場の一番近くにいたのは彼女と龍太だ。
そもそも龍太があかりを抱きかかえて車を飛び越えていなければ、今頃病院のベッドの上にいるのは彼女の方だった。
いつも明るく賑やかな彼女が、教室に入ってきてからまだ一言もしゃべっていない。
ただ、幼馴染が交通事故に遭ったのだから、ショックを受けているのは間違いないので、誰も無理に話しかけようとはしなかった。
そこへ龍太が登校してきた。
「おはよう、皆」
彼は普段通りで、普通に挨拶をしてくる。
すると、あかりが立ち上がり、彼に真っすぐ向かっていった。
「龍太君、ちょっと話があるんだけど」
普段と違い、真剣な表情をしている。
「分かった。ちょっと場所を変えて話そう」
そう答えると、龍太も自分の席にランドセルを置いて廊下へと出る。
龍太とあかりは屋上へ来ていた。
ここは生徒は立ち入り禁止で、普段は施錠されているはずなのだが、龍太がドアノブに触れると、ガシャと鍵が開き、そのまま外へ出ることができた。
もう、あかりはその程度のことでは驚いたりはしない。
昨日はパニック状態に陥っていたため、疑問に思うどころではなかったが、家に帰って冷静になると、色々と不思議なことが多すぎることに気付いた。
「龍太君、私に内緒にしていることがあるでしょう?」
珍しく真剣な、見方によっては怒っているような表情で、あかりがそう言った。
昨夜、美月に全てを話している龍太は、少しだけ考え込む。
美月には特に口止めなどはしていないが、賢い彼女は、龍太が転生勇者で魔法で自分を助けてくれたなどとは誰にも言わないだろう。
そのようなことを言っても誰も信用しないし、「もしかして頭を強く打ったせい?」と、両親を心配させるだけだと分かっているからだ。
対して、あかりはどうだろうか? この子は良くも悪くも普通の子供である。
もし、龍太が前世の話をして、彼女がそれを周囲に話して回ったとしても、誰もそのようなことを信じたりはしないだろうが、そのせいであかりが危ない子扱いされるようになったら可哀想だ。
幼馴染が痛い子扱いされたら、さすがに罪悪感を持ってしまう。
ただ、あかりは明るくて楽しいことが大好きな女の子だが、どのようなことがあっても龍太との約束だけは絶対に守っていた。
「時間がないから手短に話すけど」
龍太は彼女を信じることにした。
「先に言っておくけど、秘密にすること、その約束ができないなら教えない」
「分かった、秘密にする」
あかりが迷わずそう返事をすると、龍太が手短に、自分とゼルが転生した異世界の勇者と魔王だと話した。
「信じられないのも無理はないけど、嘘は言っていない」
最後にそう締めくくると、あかりが腕を組んで目を閉じて唸りだした。
そりゃそうだ。いくらあかりでも、こんな話をいきなり信じるはずがない。
龍太がそう考えた時。
「なるほど、今まで、もしかしたら龍太君はアンドロイドか宇宙人かもしれないと思っていたけど、転生勇者だったのか」
どうやら、現実よりSF的な予想をされていたようだ。
「えっと、信じるの?」
「そりゃ、私をお姫様抱っこして車を飛び越えたし、前から色々凄かったし。でも、ゼルちゃんが元魔王っていうのは、ちょっと信じられないかな」
屋上の給水タンクの影に身を隠していた思念体のゼルが、人知れずショックを受けている。
「あと、龍太君は私だけじゃなくて、美月ちゃんも助けてくれたんだね」
「あかり、実は昨日の事故は、本当は事故じゃなかったんだ」
「えっ?」
彼女が驚く。
「あの車は、あかり、君を狙っていたんだ。そして、俺たちが避けたせいで、後ろにいた美月にぶつかったんだよ」
「な、何で私が?」
「君のお父さんが市長に反発したからだ」
「え?」
「おそらく、剣崎議員に対する警告のつもりだったのだろう。だから娘の君を狙ったんだ」
「あの車は、私を狙っていた……」
あかりが衝撃を受けている。
正直言って、このことをあかりに話すかどうか悩んでいたのだが、
「でも大丈夫。もう誰もあかりを狙うことはないから」
と、伝える。
「もしかして、龍太君がやっつけてくれるの?」
あかりの顔色が青くなる。
「いや、それは警察の仕事だ」
しかし、龍太がそう言うと、ホッとした表情になった。
「あかりは何も心配しなくて良い。普通に普段通りに生活するんだ」
「うん、分かった」
あかりがそう返事をすると、ニコッと笑った。




