第25話 誹謗中傷
【飛び火する陰謀】
最後の造成地の契約が保留され、揉め始めてから街の雰囲気が変わった。
しかし、それは小学生にはあまり関係がない。
そもそも、市議会で揉めていることすら、彼らは知らないはずだ。
だが、龍太は詳しくは分からないものの、市議会のことは何となく察していた。
友達の神崎・あかりが、とても分かりやすく落ち込んでいるからだ。
美月と違い、彼女は思っていることがすぐ表情に出るので分かりやすい。
おそらく、あのイケメン議員の父親が毎日苦悩しているのだろう。
この日も龍太は学校から帰ると、日課であるゼルの散歩をしていた。
『ん? この臭いは……我が領域を犯すとは良い度胸だ。骨すら残さず焼き尽くしてくれるわ!!』
電柱の付け根の臭いを嗅いだゼルが、そのようなことを思念で言っている。
『やめろ、相手は犬だぞ』
まあ、お前もだけど、と龍太が思念で言う。
『フンッ、冗談だ。……ところで、あの女が来ているぞ』
ゼルがそう言いつつ顔を上げると、その視線の先に、愛犬のクゥを散歩させている神崎・あかりがいた。
彼女も小学3年生になり、今では一人で散歩をさせてもらっている。
龍太が彼女に近づいていき、声をかける。
「やあ、あかり」
「龍太君」
彼を見て、あかりが笑ってみせたが、その表情はやはり少し暗い。
あと、彼女の愛犬のクゥも飼い主の心情を察しているらしく、元気がない。
「元気がないな?」
「そんなことないよ」
そう返事をするが、やはり、あかりの笑顔にはどこか陰りがある。
以前の彼女はこういう時、龍太から目を逸らして笑ったりはしなかった。
彼女が無理をしていることが分かるのだろう。
トイプードルのクゥが心配そうに彼女の顔を見上げ、その足に身体を寄せている。
「……って言っても、龍太君にはバレちゃうよね」
いや、俺以外でもすぐにバレると思うけど。
「最近、お父さんがずっと難しい顔をしているの。何かあったの? 元気出してって言っても、大丈夫だよ、全然平気だよって言って、疲れた顔をしているの」
「そうか」
龍太には、それ以上何も言えなかった。
いつも明るく笑っているあかりだが、だからこそ、元気のない人や落ち込んでいるクラスメイトを見つけると、すぐに駆け寄って励ましていた。
しかし、大好きな父親にそれが通じない。それがとても辛いのだろう。
その時だった。
『……現在、外資系の大手製薬会社がこの街に製薬所を作ろうとしています。それが成れば、多くの雇用が生まれ、市の財政も潤う。しかし、一部の議員の利己的なプライドを守るために、その計画が頓挫しようとしています』
遠くから、けたたましい拡声器の声が聞こえてくる。
それを聞いて、あかりが唇を噛みしめて俯いた。
龍太が声の聞こえてくる方に顔を向けると、屋根の上に大きなスピーカーを取り付けた白い軽自動車が、ゆっくりと近づいてくるのが見える。
世にいう街宣車で、ボディーには「市の財政再生」「市民有志の会」などという文字がペイントされていた。
『破格の条件で誘致された企業に対して難癖をつけ、市の発展を妨げているのは、驚くべきことに市議会議員である神崎・誠司です。彼は前市長が起ち上げた事業を横取りし、その功績を独り占めしようとしているのです』
それは市民団体を名乗ってはいるが、実質は現市長・祖父江・金五郎の資金で活動している広報部隊だった。
どこにも市長の名前は書かれていないし、車に乗っている連中を問いただしても、絶対に市長との関係を認めないだろうが。
「違うもん、お父さんはそんな人じゃないもん!!」
あかりが肩を震わせ、公園の隣でわざと速度を落として騒音をまき散らしている街宣車に向けて叫んだ。
もちろん、市民有志の会の連中は、ここに神崎議員の実の娘がいることなど知らない。
ただ、この近くに彼の家があることはよく知っていた。
つまり、わざとだ。
龍太は必死で涙をこらえている幼馴染の横顔を見つめてから、足元に転がっている小さな石を右手で拾い上げた。
そして、あかりからは見えないように身体の横で構えると、その小石を親指で弾く。
直後に、街宣車のスピーカーが静かになった。
公園を通り過ぎてから路肩に寄せて車を停めると、運転手と助手席に座っていた男がドアを開けて降りてきた。
そして、街宣車の屋根の上に取り付けられているスピーカーを調べ始める。
「どうしたんだろ?」
急に静かになったそれを見て、あかりがそう言う。
「さあ、出鱈目なことばかり言うから壊れたんじゃないか?」
そう言いつつ、龍太が右手を軽く振っている。
「もしかして、龍太君、何かした?」
「何もしていないよ。そもそも離れていたから、何もできないし」
そう答える彼の足元で、ゼルが、
『嘘つけ』
と思念波で突っ込んでいる。
「とりあえず、ざまあみろだな」
「うん、そうだね」
そう言うと、あかりがはにかむように笑った。
街宣車に乗っていたのは、二人の中年の男だった。
正確に言うと、大門組の組員たちだ。
「何で音が出なくなったんだ?」
一人がそう言うと、もう一人が「あっ?!」と声を上げた。
「どうした?」
「これ見ろよ」
そう言うと、スピーカーとマイクを繋いでいたコードを手に取る。
それは見事に千切れていた。
ナイフのような鋭い刃で切られたわけではないし、根元から引き抜かれてもいない。
切断面はかなり荒かった。
【新たなる戦い】
市役所にある自身の市議会議員室で、神崎・誠司は誰かに電話をかけていた。
何かを調整していたようだが、どうやらうまくいかなかったようだ。
「そうか、やはり駄目か……では仕方がない。私費で行くしかないな」
彼はそう言って電話を切ると、フゥと小さく溜息をついて、自分の椅子に腰を下ろした。
隣の彼の秘書室では、ずっと電話が鳴り続けている。
それは抗議の電話だ。
秘書が朝から晩まで、ひっきりなしにかかってきている電話の対応に追われている。
電話をかけてきている相手は男女年齢問わずバラバラだが、内容だけは共通していた。
市政に害をなす議員は辞職しろ、というものだ。
市長が議会で、造成地にメディファルナ社が工場を建てたがっていると言った後、神崎・誠司は一貫して反対の姿勢をとっていた。
正確には、怪しすぎるからきちんと調査をするべきだと言い続けているのだ。
一度契約を交わしてしまえば、取り返しがつかなくなる。
やっぱりメディファルナ社は怪しいから解約したいと言っても、そのためには違約金を支払わなければならない可能性があった。
そして、前の契約予定だった日本の薬品会社に再度話を持っていっても、今さら遅いと言って断られてしまうだろう。
そうならないために、本当にメディファルナ社が真っ当な会社なのか、しっかりと調べなければならないと彼は言っているのだ。
しかし、祖父江市長はそれが気に食わなかったらしい。
今までの傍観姿勢が嘘のように、彼を敵視してきた。
街中を街宣車が走り回り、ネット上にも神崎議員の悪口が書き込まれている。
おそらく彼が、市長の考えに素直に頷けば、それらはピタリと止まることだろう。
しかし、だからこそ、なおさら怪しい。
神崎・誠司が執務机の上に置かれている企業紹介のパンフレットを手に取った。
それはメディファルナ社のものだ。
美しい施設、先進的な研究設備、地域への貢献など、魅力的な文字と写真がカラー印刷されている。
もし現物もそれと同じなら、全く問題はない。
しかし、本当にそうなのか?
そう考えると、顔を窓の外へ向けた。
夜の街の中に、一か所だけ黒く塗りつぶされたような場所がある。
今は閉鎖されているメディファルナ社の研究施設だ。
「自分の目で確かめてやる」
彼は、メディファルナの本社がある外国に直接赴いて確かめるつもりだった。
あと、重大事故を起こした当社の南米にある製薬工場にも。
そのために海外渡航申請を行い、市の会計課に旅費の請求をしたのだが、予算はつけられないと言って断られてしまった。
これは市長の妨害というよりは、もともとかなり強引な調整だったので、ある程度は覚悟をしていた。
「しかし、この街の未来のためだ。少しでも疑義があるなら徹底的に調べなければならない。それが俺の仕事、いや、使命だ」
彼はそう言うと、再びスマホを手に持ち、航空券の手配を始めた。
時間がもったいない。早く動かなければ、市長が強引にメディファルナ社との契約書にサインをしてしまう。
同時刻の市長室。
祖父江・金五郎は革張りの立派なソファーに深く腰掛け、とても良い香りのお茶をすすっていた。
そんな彼に、映画やドラマでしか見たことがないような、美人でナイスバディー、さらに長い髪を頭の後ろで束ね、眼鏡をかけた美人秘書が報告をしている。
「神崎議員の旅費申請は却下されました」
「それはそうだろうな」
悪の大玉そのものの顔で、市長が笑う。
「今は、自費での渡航を考えているようです」
「おやおや、この大事な時期に大切な家族を残して海外旅行とは、随分と余裕じゃないか」
大切な家族という部分を強調してそう言う。
「まあ、一人でできることなど、たかが知れている。そして、無駄な苦労をして帰ってきても……」
彼がそう言うと、美人秘書が何も言わずに頭を下げた。
【小さな勇気と変化】
昼休み、小学校の校庭の隅で、神崎・あかりが数人の生徒に囲まれていた。
そのほとんどは上級生だが、中には同級生も混ざっている。
「うちのパパが言っていたわ。外国の大きなお薬の会社がこの街に工場を作りたがっているって。それができたら皆が幸せになれるんだって」
「何であんたのお父さんは、皆が幸せになれるのに邪魔をしてるのよ!!」
「外国人差別? それって駄目なんじゃないの?」
「選挙のためでしょ。皆の幸せより、自分の方が大事なのよ」
どうやら、市長側が流している情報を鵜呑みにしている子供たちのようだ。
それに対して、あかりは、
「違うもん、うちのお父さんは正しいことをしているんだから」
と言い返しているが、子供である彼女が何を言っても説得力がないし、そもそも周囲にいる連中は、彼女の言葉など元から聞く気がない。
「うちのパパが言っていたわ。そういう人を税金どろぼーって言うんだって」
「泥棒だ、犯罪者だ」
ついに、あかりは何も言い返せなくなり、俯いてしまう。
今の彼女にできるのは、涙を我慢することだけだった。
その時――。
「やろろ!!」
鋭い声に皆が一瞬で口を閉ざして振り返った。
そこに立っていたのは、祖父江・卓斗、つまり市長の息子だ。
「親が何をやっていようが、子供には関係ないだろ! それに、今の段階で誰が正しくて、間違っているかなんて分からないだろうが!!」
入学当初は自分の父親の権威を振り回して偉そうにしていた彼だが、龍太に凹まされて以降、少しずつ大人しくなっていき、小学校3年生の現段階では、少し偉そうで嫌味な程度になっている。
「祖父江君のお父さんは立派な市長だってパパが言っていたわ」
「何で、その君がこの子を庇うのよ?!」
「祖父江君は自分の父親より、神崎・あかりの味方をするの?」
それまであかりに向けられていた悪意が、今度は卓斗の方へ目標を変える。
「俺だって分からないよ。でも、だからって虐めなんかしたら駄目だろう!!」
「い、虐めてなんか……」
「一人を皆で囲んで一方的に責めることは虐めだ!!」
こういう時、日頃から威張っている人間は迫力がある。
あかりを取り囲んでいた生徒たちが皆黙り込み、やがてバツが悪そうな顔で散っていった。
一人取り残されたあかりが、卓斗に目を向け、
「ありがとう」
と、ぽつりと礼を言った。
「ふん、別にお前を助けたわけじゃない。ただ、偉そうにしている連中が鬱陶しかっただけだ」
「そっか。でも、君が言っても説得力なかったけどね」
「う、うるさい!!」
少し離れた木陰から、龍太と美月がそれを見ていた。
あかりの危機を察知して助けに来たのだが、二人より先に祖父江・卓斗がそれをやってくれていたので、身を隠していたのだ。
「まさか、彼があかりを助けてくれるなんて」
美月が驚いている。
「そうだな。でも、卓斗は頼りになる奴だよ」
龍太がそう言う。
「将来、父親の跡を継いで政治の道を目指すなら、投票してやるか」
「そうね、考えてあげても良いわ」
二人がそう言った時、卓斗とあかりが隠れている龍太たちに気付いた。
「な、何をしているんだ、お前ら?!」
顔を真っ赤にした卓斗が驚いて大声でそう言う。
「ツンデレ男子」
「ツンデレ言うな!!」




