第24話 命の重みの違い
【平和と命】
佐伯・カナが美月に噛みついたことは、すぐに学年中に広まった。
ただ、彼女の気持ちも分かるので、誰も責めたりはしなかったが。
あと、八つ当たりをされた被害者である美月の方に関しては、あまり同情などされていない。
無口で無表情な彼女は友達が少なく、嫌われてはいないまでも、苦手に感じている者が多かったのだ。
さらに言うと、彼女自身も龍太やあかり以外の友人など必要ないと考えていた。
一人足りないような気がするが、正直言って、彼はいてもいなくても問題はないと考えている。
そして、彼女の席にその二人の友人たちが近付いてきた。
「もう、何なのカナちゃん、美月に酷いこと言うなんて!!」
と言って、分かりやすく怒っているのはあかりだ。
「良いのよ、別に気にしていないわ」
美月はそう言いつつ、肩にかかった髪を手で後ろに払っている。
龍太はそんな二人を黙って見つめていた。
そして、平和だなと、しみじみ感じている。
転生前の世界では、魔王率いる魔王軍との戦い以外でも、人の命は簡単に失われていた。
人間より遥かに力が強くて凶暴な魔族や魔獣の襲撃、さらに同じ人間同士で戦うこともよくあったし、盗賊や海賊による被害も頻発していた。
困ったことに、魔王軍との戦いが激しくなればなるほど、後方の平和な地域の治安が悪化し、同じ人間に命を奪われる被害者が増加したのを覚えている。
龍太自身、勇者ライナスとして魔王ゼルザ・ネクロヴァルに最後の戦いを挑んだ時、共に戦ってきた仲間を次々と失っている。
それ以前にも魔王の手下たちとの戦いにおいて多くの仲間が命を失っており、中には骨すら残らず蒸発した者までいた。
仲間が減るたびに、彼らの墓石の前で涙を流し、魔王打倒の決意を新たにする。
それを延々と繰り返しつつ、旅を続けたのだ。
「そうだよな、知っている人が死んだら悲しいんだよな」
美月とあかりに聞こえないように、龍太が口の中だけで呟いた。
「龍太さん!!」
そこへ、隣のクラスから大門・寛太が駆けつけてきた。
「聞きましたよ、室井が喧嘩を売られたって本当ですか?!」
「ややこしいのが来た」
美月が小声でそう囁く。
「俺がいたら、ぶん殴ってやったのに!!」
「暴力は駄目でしょ!!」
「でも、腹が立つだろ、友達が喧嘩を売られたら」
そう言う彼を見て美月が、さっき彼のことをどうでもよいなどと考えていたことを、少しだけ申し訳ないと思った。
「あの、龍太君、あかり、あと寛太君もありがとう」
美月が少し照れながらそう言った。
「佐伯さんの気持ちも分かるし、誰だって大好きな人がいなくなったら辛いでしょ」
「そうだな」
龍太がそう言いつつ頷く。
「人の命が大切に扱われる。だからこそ、それが失われると、その喪失感から普段と違う言動をとってしまう。とても人間らしいと思う」
「何だか戦争を経験したお爺ちゃんみたい」
あかりにそう言われ、龍太は笑って誤魔化した。
龍太は家に帰ると、自分の部屋にランドセルを置きに入った。
すると、ベッドの上で黒柴犬のゼルが丸くなって昼寝をしている。
『どうした、勇者?』
別に何も言っていないし、普段通りのつもりだったが、ゼルは何かを感じ取ったようだ。
「別に何もない」
声に出してそう答える龍太。しかし、ゼルが顔を上げると、
『フンッ、珍しく何か悩んでいるようではないか』
思念でそう言ってくる。
『別に悩んではいない、ただ……』
龍太も思念でそう返事をし、ベッドに腰を下ろす。
そして、目つきの悪い黒柴犬の顔を見下ろした。
『この世界に転生をして、ほぼ9年、もうすっかり馴染んだつもりだったのだがな』
『まだまだだったと?』
『ああ、毎日ニュースで事故や事件で人命が奪われていることは知っていた。しかし、身近な人が亡くなったことがなかったから、今一つ認識できていなかったようだ』
そして龍太は、今日学校であったことをゼルに説明した。
『なるほど、身内が死んだ悲しみに耐えきれずに八つ当たりか』
『前の世界でも人の死は悲しいものだった。しかし、死が身近すぎて、民は皆、それを仕方がないといって受け入れていた』
『そうだな、魔族などはよく喧嘩をしては、やり過ぎて相手を殺していたしな』
『手強かった魔族の将がいきなり戦場に出てこなくなったのは、そのせいか』
『ああ、魔界では強さが正義だったからな。何度言っても喧嘩が絶えなかった』
困ったものだと、ゼルが首をヤレヤレと左右に振る。
『これまではなかったが、これから先、俺たちは命がけで戦わなければならない敵と遭遇する可能性は捨てきれない。しかし、敵だからといって簡単に命を奪うのは控えた方が良いだろう』
『復讐されるからか?』
『違う、相手が誰であれ、悲しむ者がいるかもしれないからだ』
『相変わらず甘い奴だな』
ゼルにそう言われ、
「まあ、俺は勇者だからな」
と、口元に笑みを浮かべつつ、龍太がそう答えた。
【揺れる議場】
3年の間に、造成地への企業誘致は順調に進んでいた。
すでに早期に契約を結んだ土地には、工場や施設が建ち始めている。
この大事業を指揮してきた市議会議員、神崎・誠司が議場で堂々と壇上に立ち、資料を読み上げていた。
「誘致予定の企業との交渉は順調に進んでいて、最後に造成を終えた最も広い森林公園近傍の土地には、医療研究施設が入る予定です。これにより、地元雇用の創出と経済の大幅な発展が見込まれます」
その最後の契約相手は、世界中で業績を伸ばしている日本の大手薬品メーカーで、国内に大規模な拠点を作りたいと考えていたらしい。
ちょうどそのタイミングで広大な造成地ができたと聞き、相手から話を持ちかけてきた。
神崎議員が報告を終えると、他の議員たちが拍手をする。
大きな手柄を彼一人に独占されるのは癪ではあるが、今になって難癖をつけても自分にとってマイナスイメージにしかならないため、まさに渋々といった感じだ。
すでに市民たちもこの事業のことはよく知っており、大いに期待もしている。
前市長が森林を切り開いて造成地を作ると発表した時、一部の市民が猛反対をして、環境保護をしろと市役所に押しかけてきた。
その時、何人かの議員が彼らに後押しをされ、
「昨今の自然環境保護に逆行する愚かな行為だ!!」
と街頭演説をしていたが、
実は彼らは造成自体には賛成をしていて、その後でメガソーラーを作りたがっていた。
そのことを知っていた神崎・誠司が、
「人口減少を防ぐには、自分たちの街に新たな雇用を作り出すしかない。そしてメガソーラーは広大な土地を占有するが、メンテナンス以外の雇用を生み出さない」
と、言って反論し、前市長をサポートして反対派市民たちを説得したのだ。
その時、反対をしたメガソーラー推進派の議員は、次の市議会議員選挙で全員落選をしている。
というわけで、彼らは神崎・誠司の手柄の分け前は欲しいが、彼の邪魔はできないのだった。
議長席の隣にある席に座っていた市長、祖父江・金五郎がゆっくりと手を上げた。
「市長、何か?」
それに気付いた議長が彼を指名する。
すると、彼は皆が自分に注目しているのを確認してから、ゆっくりと口を開いた。
「神崎議員、あなたのこれまでの努力には心から敬意を送る。しかし、本日、新たな企業が名乗りを上げてきたのだよ」
それを聞いて、議場内が騒めいた。
ある意味、他の議員たちより神崎・誠司の功績を一番忌々しく感じているはずの彼だが、これまで一度も表立って非難や妨害行為をしていない。
まあ、議員たちの手柄は市の代表である市長の手柄だと考えているのだろうと、皆は思っていたのだが、どうやら違ったようだ。
彼は待っていたのだ。最も効果的なタイミングで、神崎・誠司から手柄を奪うチャンスを。
「何ですって?」
「突然の話で驚くのも無理はない」
神崎・誠司に向けて余裕の笑みを向けつつ、市長が続ける。
「でも、かなりいい話なのだよ」
「どのような企業なのですか、それは?」
市長がゆっくりと立ち上がると、余裕の笑みのまま、
「海外の製薬会社メディファルナ社だよ。今、契約を結ぼうとしている日本の製薬会社よりもはるかに巨大な資本の世界的大企業であり、驚いたことに、契約するにあたり、こちらが示している金額の3倍の契約額を提示してきた」
「さ、3倍?!」
神崎議員だけではなく、その場にいた全員が驚いた。
確かに、今回の造成地への企業誘致にあたり、土地の販売価格はかなり安くしている。
空き地を作るより、全て売り切って、後の税収でその値引き分を取り返そうと考えていたからだ。
しかし、メディファルナ社が提示してきた金額は、相場よりもかなり高い。
「そんな、破格すぎる」
神崎・誠司の表情が険しくなった。
それは相手の提示額に驚いたからではない。その企業名が原因だ。
「メディファルナ社と言えば、十年前に南米で化学薬品漏洩事故を起こし、地元の生態系と住民に甚大な被害をもたらした企業ではありませんか。うちの市のど真ん中にある、あの廃墟も、そのメディファルナの研究施設ですよ?!」
その重大事故が原因で業績が傾き、研究施設は閉鎖されたのだ。
そのくせ建物は解体せず、土地の所有権も手放さないため、一等地に巨大な廃墟が残されている。
「その件については、彼らも深く反省している。現に対策を講じ、再発防止のためのガイドラインと第三者委員会も導入している。人も企業も過ちを犯すものだよ。大切なのは、その過去の過ちを正して成長することだ」
「し、しかし」
あの不気味な廃墟を疎ましく思っている市民が、メディファルナ社を受け入れるとは到底思えない。
市長め、そこまでして実績が欲しいのか?
おそらく市長の口座には、まとまった額の入金があるはずだ。
そして振り込んだのは、もちろんメディファルナ社である。
いくつもの口座を経由して、巧みにカモフラージュされているだろうが。
神崎・誠司が深く息を吸うと、静かに言った。
「祖父江市長、私はメディファルナ社の過去を責めているのではありません。この市の発展と子供たちの未来のために、慎重であるべきだと言っているのです。私たちは今ここで、誰のために政治をしているのか、それを忘れてはならないはずです」
彼のその言葉を聞いて、青臭いと言って嘲笑する者、そしてその通りだと頷く者、さらに次の展開を予想して中立を保とうとする者に分かれる。
議場に、静かだが確実に波が押し寄せていた。
神崎・誠司と祖父江・金五郎が睨み合う。




