第20話 市長の野望と造成地
【人知れず排除された障害】
市議会議員の神崎・誠司は、龍太の幼馴染であるあかりの父親でもある。
彼は数年前から議会に働きかけ、市の端に広がる広大な未開発地域を造成し、そこに企業の工場や倉庫を誘致しようとしていた。
そうすれば、税収と雇用が増え、市はさらに発展するはずだ。
さらに言うと、誘致する企業はAI、ロボット工学、再生エネルギー、医療技術など、未来産業の最先端を担うものばかりだ。
この街の未来のため、いや、自分の娘も含めた子供達のために、何としてでもやり遂げなければならない。
そのために彼は、連日忙しく走り回っている。
そして、その造成作業はいよいよ大詰めを迎えていたのだが、あともう少しというところで、問題が発生していた。
工事が造成地の最も奥、森林公園の近くに差し掛かると、突然、重機が故障したり、突発的な事故が多発するようになったのだ。
一見すると他の場所と違うところなどないというのに、あまりにもトラブルが続いたため、実は数週間前からここだけ作業が中断している。
今のところ死人こそ出ていないが、怪我人や原因不明の体調不良者が続出したため、工事関係者達が気味悪がり、原因が分かるまでこのエリアでの作業を断ってきたためだ。
「まずいですよ、神崎先生。すでに誘致が決まっている企業から、いつになったら着工のめどが立つのかと、かなりせっつかれています。このままでは違約金という話になりかねません」
造成地に向かう車内で、ハンドルを握る秘書が、後部座席に座る神崎・誠司に向けてそう言った。
この車は市役所の公用車で、白い車体のボディーには市のマークと文字がペイントされている。
「そうだな。何とか説得して、工事を再開してもらわないと」
広大な造成地には、いくつかの企業を誘致している。
そして中には、社屋や工場の施工準備を始めたいという理由で、すぐにでも測量に取り掛かりたいと申し出ている企業もあった。
車が造成地に入ると、広大な空き地をさらに走っていく。
そして、工事関係者いわく、最奥の呪われた地へと到着する。
「神崎議員」
彼を乗せた車を見つけた現場監督が、小走りに駆け寄ってきた。
「調子はどうですか?」
「それなんですが……」
現場監督がそう言って振り返ると、重機が動き、作業を開始しているのが見える。
「工事が再開している?」
「ええ。昨日までと違い、何だか空気が澄んでいるというか、清々しい雰囲気だったので、皆を呼んだんですよ。そうしたら、何だか雰囲気が変わったから、試しにちょっと機械を動かしてみようかということになって」
「そ、そうですか。それは良かった」
「誰か、お祓いや祈祷でもしてくれたんですかね?」
「それは分からないけど、少なくとも我々は頼んでいないよ」
「そうですか……おおーい!! そっちじゃない、まず公園沿いから地面を均してくれ!!」
現場監督がそう言いつつ、ガタガタと金属音を立てて移動していくパワーショベルに駆け寄っていく。
「公園と言えば、隣の森林公園に学校のイベントで娘が妻とキャンプに行っていたな」
そう言うと、神崎・誠司が造成地の向こうにある青々とした森に目を向けた。
確か、夜に肝試しをするとか言って、あかりが楽しみにしていたはずだが。
「まあ、偶然だとは思うけど」
そう呟くと、自嘲気味に笑う。
この日以降、これまでの工事の遅延が嘘のように一気に作業が進み、予定より少し早く造成が完了するのだった。
【揺れる市議会】
造成地での原因不明の工事遅延が、理由は分からないが解決してから数日後。
市役所の議会室で定例市議会が開かれていた。
その場で神崎・誠司が報告書を読み上げていた。
「というわけで、造成地の工事は予定より若干の遅れはありましたが、予定通り完了する見込みです。これにより、当初の予定通り企業の誘致を進めることができるでしょう」
それを聞いて、議場内にいる二十人ほどの市議会議員と、正面の議長席の隣に座る市長が「おおっ」と感嘆の声を上げる。
「工事が遅れていたと聞いていたけど」
「現場の人達が頑張ってくれました」
彼は政治家だが、自分の成果を誇示したりはしない。
そのため、いつも「成功したら周囲の人達のおかげ、ミスがあれば私の力不足」と言っていた。
人間としてはとても誠意があり、好感が持てるが、政治家としては、これは大きな欠点と言えた。
誰も責任など取りたくないため、失敗やトラブルがあれば責任転嫁をする。
つまり、彼はいつ、誰に難癖をつけられて責任を背負わされるか分からないのだ。
実は今回の造成地&企業誘致計画も、彼が言い出したわけではなかった。
前の市長が選挙公約として派手に打ち上げたのだが、なかなかうまくいかず、このままでは嘘つき扱いされて市民からの信用を失う瀬戸際まで追い詰められてしまった。
その時、神崎・誠司が前市長の考えに賛同して、旗振りを代わったのだ。
そして選挙後、今の祖父江・金五郎が市長になると、誰もこの面倒くさいくせに時間ばかりかかる計画から距離を置き、現在は神崎・誠司が一人で担当していた。
「工事が遅れているって? ほら、だから難しいって言ったでしょ」
「もし企業の誘致に失敗したら、責任問題だよね。もちろん強引に推進した議員の」
と、数日前まで怪しい雲行きだったのだから、今の神崎・誠司の報告を聞いて驚くのも無理はないだろう。
「すでに、再生エネルギー、医療、AI産業など、複数の企業と調整を進めています。造成地の工事が完了すれば、正式に契約書を交わすことになるでしょう」
神崎・誠司がそう言うと、市長に視線を向けた。
「これらの企業は、必ず私達の市に雇用と税収をもたらします。人が集まれば、その人達を相手にする商売も盛んになりますし、子供の数も増える。地域の未来に必要なものが、全て揃うことになります」
彼がそう言うと、出る杭は打たなければ気が済まない議員が手を上げる。
「そこまでうまくいきますか? 第七研究所のことを思い出してくださいよ」
彼はすでに八期連続で当選しているベテラン議員だ。
いっそのこと市長に立候補すれば良いと思うのだが、それをして落選したら仕事を失うため、リスクの少ない現在の地位に留まっている。
元教師で教育委員会に顔が利くのと、彼に逆らって睨まれると、ネチネチといつまでも嫌味を言われ続けるため、誰も逆らわないようにしていた。
そして、彼が言う第七研究所とは、市の中央にある外資系の大手製薬会社の研究施設のことで、二十年ほど前に市が諸手を挙げて一等地に誘致をした。
しかし、数年前に同企業の外国の工場で周辺地域に甚大な影響を及ぼす危険な薬剤流出事故が発生し、その結果、環境被害が発生したため業績が悪化してしまい、この市にあった研究施設が真っ先に閉鎖されてしまったのだった。
今は完全に無人になっているのだが、土地の権利は手放さない上に施設の解体も行わないため、市の一等地に不気味な廃墟が残り続けている。
「同じ轍を踏まないために、今回は誘致する企業も厳選しました。全て国内企業ですし、あと契約書に、土地の保有目的で占有し続けることは禁止するという項目を増やしています」
もし業績悪化等で工場や社屋を閉鎖する場合は、一定期間経った後、再開のめどが立たなければ、市が最初の売値で買い戻すと定めているのだった。
よくそんな条件で誘致できたものだと皆驚いていたが、そのぶん土地の値段は安めに設定している。
「しかしですよ、神崎議員……」
このままでは神崎・誠司の一人勝ち状態になってしまう。今さら邪魔などできないが、それならせめて勝ち馬に乗りたいのだろう。
「これほどの大きな事業を、若いあなた一人で受け持つのは、いささか荷が重すぎるでしょう」
「ご心配には及びません。一番の山場は越えましたから」
そのような考えなど百も承知だとばかりに、涼しい笑顔で神崎・誠司がそう切り返す。
「私達は、市議会だよ。あなたの個人プレイの場では……」
「無論です。この事業の成功は、企画をされた前市長、そして若輩者の私をサポートしてくれた市の職員の皆さまのおかげです」
「あ、あんたね……」
説教モードに入りかけたベテラン議員。しかし、そんな彼を意外な人物が止めた。
険悪な空気になりかけていた議会室に、一際大きく拍手をする者がいた。
「素晴らしい!! さすがは神崎議員だ!!」
にこやかにそう言いつつ立ち上がったのは、市長の祖父江・金五郎だった。
彼にそのような態度を取られては、他の議員達も倣うしかない。
一人、また一人と渋々と手を叩きだす。
「ありがとうございます、祖父江市長」
そして、そんな彼に頭を下げて礼を言う神崎・誠司。
しかし、彼も、そして市長も、目は笑っていなかった。
――まったく、厄介な男だ。
神崎・誠司に拍手を送りつつ、祖父江・金五郎は心の中で毒づいていた。
こんな巨大な功績を上げたら、次の市長選にはあの男が必ず出てくるだろ。
地方政治においては「人望」「実績」「イメージ」の三つが選挙結果に大きな影響を及ぼす。
そして、神崎・誠司には、その全てが揃うことになるのだ。
彼は民間企業の出身で、商工会に人脈がある。さらに地域貢献にも熱心で、市民からの信頼も厚い。何より若くてハンサム。
今のままでは、市長の椅子が奪われる?! それも、たった一期で?!
しかし今回、神崎・誠司が上げた以上の功績など、この市で万博かオリンピックでもやらない限り無理だ。
そもそも、あれは県知事以上が旗を振る国家事業だし。
何か使えるネタはないのか? 神崎の顔に泥を塗るか、奴以上の功績は?
どうにかして、神崎・誠司の芽を摘むか、この俺が奴以上の功績を上げなければならない。
焦燥感が彼の心を締め付けていく。
絶対に認めんぞ。せめて三期、いや二期は市長をして、次は県知事を狙うという俺の野望の邪魔はさせん。




