第19話 忘れられた集落
【忘れられた集落】
美月はとても不機嫌そうだった。
厳正なくじ引きの結果なので、文句は言えないが、理解はできても感情的には納得できない。
さらに腹が立つことに、ペアを組むことになった大門・寛太も、
「クソッ、翔太さんと組みたかったぜ」
などとブツブツ文句を言っている。
私が悔しがるのは当然として、男子に悔しがられると、なんだかムカつくわね、などと身勝手なことを考えていた。
その時、近くで待機していた大人達の雑談する声が聞こえてきた。
「そう言えば、この森の奥に昔、集落があったと聞いたことがあるんですよ」
「そうなんですか? 私は初耳ですけど」
それは、他のクラスの担任と保護者だった。
「今、この近くを造成して企業を誘致しようとしているでしょう。そのおかげでかなり開けてきましたけど、少し前まで本当に鬱蒼とした森だったんですよ」
「そんな場所に集落があったんですか?」
どうやら、郷土の歴史というより、都市伝説的なオカルト話のようだ。
「隠れ里って言うんですかね。でも、かなり以前に疫病が流行ったとかで、集落の住民が全員死んでしまったそうなんですよ」
「それは何と言うか……」
それを聞いていた美月が、怪しいなんてものじゃないわね、と思った。
ただ、肝試しをするにはピッタリのシチュエーションかもしれない。
そして、この時、彼女達の近くには黒柴犬のゼルが退屈そうに寝そべっていた。
『なるほど、流行り病で消えた村か。勇者が魔法で消した黒い魔力の発生源は、どうやらその滅びた集落のようだな』
などと考えていたのだった。
「それにしても今年の肝試しは、全然盛り上がらないな」
教師達が、笑いながら帰ってくる子供達を見てそう言う。
「確かに、普段はもっと雰囲気があるのに、今日は何だか空気が澄んで清々しい」
肝試しが終わると、あとは就寝時間になった。
家族単位でテントに戻り、寝袋に入って寝る。
ただ、大人が寝るには時間が早すぎるため、子供が寝入ると保護者達は外に出てきて、あちらこちらで酒盛りを始めた。
そんな中、龍太はゼルと思念で会話をしている。
『そうか、そんな場所だったとは』
先ほどの話をゼルから聞いた龍太が納得する。
『戦場跡なら、霊気が集まって死霊や悪霊がいても不思議はないが、純粋な魔力が黒く渦巻いている感じだったからな』
『何か魔力の発生源があるな』
『ああ。元の世界なら、魔人が封じられているか、ドラゴンの死体でも埋まっていると考えるところだが、この世界にはどちらもいない』
そこまで考えて、龍太はゆっくりと起き上がった。
そして、周囲の気配を探ってからテントのファスナーを開ける。
『行くのか?』
『当たり前だ。ここは公園だぞ。子供やお年寄りの憩いの場だ』
『相変わらずお人好しなことだ』
そう言い合うと、一人と一匹が足音を忍ばせ、気配を消してキャンプ場から森の奥へと向かう。
先ほどの肝試しの折り返し地点であった大木を通り過ぎ、さらに先へと進むと、そこからは鬱蒼とした手つかずの自然の森だった。
鉈や鎌で枝葉を払わなければ、先へは進めない。
「跳ぶぞ」
『フンッ、造作もない』
そう言うと、一人と一匹は何度かその場で軽くジャンプをしてから、最後に思いっきり地面を蹴った。
すると、そのまま体が二十メートルほど空中に浮き上がり、そしてピタリと空中で止まる。
飛行呪文だ。
転生前であれば、長距離を高速で飛行移動できたが、今はまだ短時間しか浮いていられない。
それでも、森の木々を飛び越えることぐらいはできた。
上空から見ると、森は百メートルほどの奥行きしかなく、その向こうには森が切り開かれ、広大な造成地が広がっている。
以前、あかりの父親が言っていたことを思い出す。
この造成地に企業を誘致して街を豊かにすると言っていた。
とりあえず、いつまでも飛んでいられないので、森を飛び越え、平らにされた造成地に着地する。
『ここに滅びた集落があったのか……』
『間違いない……それにしても』
龍太とゼルが、自分達が踏みしめている地面を見下ろす。
普通の人間には見えないが、彼らには地面から温泉のように湧き出してくる魔力が、霧のように見えた。
『これは地脈だな』
それは霊脈や龍脈とも呼ばれる、地中を流れるエネルギーのことだ。
普通は地上に出てくることはないし、出てしまった場合はすぐに大気中に拡散してしまうため、ここまで濃度が上がることはない。
「ここに集落があったことは間違いないようだ」
龍太が口に出してそう言いつつ、地面に触れた。
怨念のようなものを強く感じる。
おそらく、疫病で亡くなった村人達の思念が、この魔力の吹き溜まりに捕らわれているのだろう。
さらに造成された際に地面の表土が剥がされ、地脈が剥き出しになっている。
『どうする? 勇者よ』
怨念と地脈から噴き出してくる魔力を封じるには、地脈の流れを変えるか、祠や神殿のような物を建てて蓋をするしかないのだ。
「そうだな、流れを変えるしかないだろうな」
『どうやって?』
ゼルが彼の顔を見上げつつ、思念でそう言う。
すると、龍太が右手を頭上に掲げ、
「来い」
と、小さく囁いた。
すると、閃光が迸り、彼の右手に突然包丁が出現する。
元聖剣、今は聖包丁のエルグレイザを召喚したのだ。
『お呼びですか、勇者よ』
「力を貸してくれ、聖剣よ」
『無論です。喜んで私をお使い下さい』
包丁を握った小学一年生男子と黒い柴犬が、夜の造成地の真ん中に立っている。
かなりシュールな光景だ。
『勇者よ、そのナマクラを使って、何をする気だ?』
『黙れ、この駄犬め!!』
「喧嘩は後にしろ」
そう言うと、龍太が地面を見つめつつウロウロしだした。
そして、ふと立ち止まる。
「ここだ」
そして、地面の一か所をつま先で軽く蹴る。
「おかしいな、封印の跡がある」
『つまり、ここからいきなり魔力が吹き出して村人達が全滅したわけではないということか?』
「ああ。おそらく、この禍々しい魔力が時間をかけて村人達の命を奪ったことは間違いないと思うが、魔力の吹き出し口は元々封印されていた。つまり、コントロールされていたということだ。問題は、封印を解かれたせいで村が全滅したのか、それとも村が全滅したから封印を守る者がいなくなって自然に解けたのかということだ」
確かに、龍太の立っている場所には石を敷き詰めたような跡がある。おそらく祠か小さな社が建っていたのだろう。
「行くぞ、エルグレイザ」
龍太がそう言うと、包丁を構え、そして魔法の詠唱を始めた。
「安寧帰魂」
そう言い、聖包丁の切っ先を振るうのと同時に、魔法を発動した。
彼の魔力を聖包丁エルグレイザが増幅し、地中を走る地脈に向けられる。
一瞬、地表に薄く光る魔法陣が出現し、それがそのまま地面に染み込むように消えていった。
『流れを変えたり、封印を施したりするのではなく、鎮めたのか』
「ああ。勢いが弱まれば、地表に噴き出すこともなくなるだろう」
確かに、周囲の空気が澄み、魔力の吹き出しがピタリと止まった。
「成功だ」
龍太がそう言うと、右手に持っていた聖包丁が消える。
今頃は彼の家の台所へ戻っているはずだ。
「さあ、テントに戻ろう」
『そうだな』
そう言うと、一人と一匹が自分達のテントに向けて歩き出した。
今夜ここで、人知を超えた事件があったことなど、誰も知らない。




