第17話 使命感と真の勇気
一通り公園内を見て回ると、龍太達は遊具がある広場に集まった。
ここで昼食をとることになっている。
仲の良い者同士が集まって、ビニールシートを広げると、その上でお弁当を食べる。
龍太は、美月、あかり、そして寛太という、いつものメンバーと一緒に弁当を広げていた。
「母さんが、皆で一緒に食べなさいと言って、たくさんおかずを作ってくれたんだ」
そう言うと、龍太が二段になっている大きな弁当箱を取り出した。
「やった!! 龍太君のお母さんの料理、大好き!!」
この「皆で一緒に仲良く食べなさい弁当」は、幼稚園の時からのお約束だったため、あかりなどは最初から当てにしている。
そして、それは美月や寛太も同じだった。
聖包丁エルグレイザが来てから、龍太の母親の料理スキルはさらに向上し、最近ではプロ級だとご近所で評判になっている。
皆で楽しそうに昼食を進めている中、そうではない者達もいた。
祖父江・卓斗と、その取り巻き達だ。
入学したばかりの頃はクラスの人気者だった彼だが、龍太にやり込められてから、その影響力が一気に低下し、日を追うごとに周囲から人が消えていった。
気が付けば今は、3人の男子が、お情けで付き合ってくれているだけだ。
この3人は、それぞれの親達に「市長の息子と仲良くしなさい」と口うるさく言われ、それに従っているのだった。
当然だが、一緒にいて楽しいはずがない。
豪華な食材をふんだんに使った卓斗の弁当だが、誰も羨ましがったり、「一口ちょうだい」などと言ってきたりはしない。
そのようなことをしたら、嫌味を言われ、馬鹿にされることが分かっているからだ。
そもそも、これは彼の母親の手作りではなく、使用人が注文した高級料亭の仕出し弁当だ。
「…………」
黙々と弁当を食べつつ、龍太達の方に視線を向ける卓斗。
「わぁ、この卵焼き、甘くて美味しい~!!」
「どうやったらこんなに柔らかいハンバーグが作れるの?」
「龍太さん、俺も龍太さんの家の子供になりたいっす!!」
とても楽しそうで、美味しそうだった。
俺はどこで失敗したのだろう? と考える。
しかし、人間関係を上下でしか判断できない、それも自分より下の者しかいない環境で育ってきた卓斗に、答えなど出せるわけがない。
「クソッ、面白くねぇ!!」
そう言うと、まだ半分以上中身が残っている弁当をその場に置く。
「欲しけりゃ、勝手に食えよ」
そして、そう言うと立ち上がって、どこかへ行ってしまった。
取り巻き達は、残された卓斗の弁当に箸を伸ばすことも、彼を追いかけることもしなかった。
とりあえず、面倒臭い奴が消えてくれてよかったと思っていただけだ。
昼食前に、担任の川井先生から、いくつかの注意事項を言われていた。
公園にゴミを捨てない、公園にいる鳩や野良猫等の動物に餌を与えない、草花を傷つけてはいけない、そして一番きつく言われていたのが、この遊具がある広場から出てはいけないというものだった。
なにせ、この市営森林公園はかなり広い。
勝手にどこかに行ったら、すぐに迷子になるし、それを探すのも大変だ。
しかし、今の卓斗は、そんな指示に従うつもりなど毛頭なかった。
「どこに行こうが僕の勝手だ!!」
「ここは僕のパパの街で、ここもパパの公園なんだから」
しかし、彼のそのような理屈など、赤の他人が理解するはずがない。
「何だ?」
公園の森林エリアに3人の人影があった。
遊歩道から少し外れた木々の間、そこは立ち入り禁止のはずだ。
卓斗は気にはなったが、わざわざ森の中に入るのも面倒臭いので、そのまま遊歩道を通り過ぎようとする。
しかし、タイミングが悪いことに、森の中からその3人が出て来た。
それは、公園の近くにある高校の男子生徒達だった。
見るからに不良っぽく、制服を着崩し、髪の毛を染め、さらに煙草をくわえている。
「何で小学生がこんなところにいるんだ?」
「そう言えば、さっき騒がしかったな」
「遠足だろ」
そう言いつつ、卓斗の方に近付いてくる。
「な、何だ、お前達は!!」
相手が高校生でもお構いなしに噛みつく卓斗。
「はぁ? なんだこいつ?」
「ぼ、僕は、市長の息子の祖父江・卓斗だ!! お前達、邪魔だからどっか行けよ!!」
授業をサボって公園で隠れて煙草を吸うような連中に、これは完全な逆効果だが、そのような判断が彼にできるはずがない。
そもそも、この3人は、今の市長の名前も顔も知らなかった。
「こいつ、バカなの?」
3人の高校生が、彼を取り囲んだ。
川井・良子は、自分で作った弁当を食べる間も、生徒達から目を離さなかった。
しかし、どうしても目立つところで目線が止まってしまう。
それは龍太達のグループだった。
本当に楽しそうに、和気あいあいと昼ご飯を楽しんでいる。
「皆、あの子達みたいだったら仕事が楽なんだけどなぁ」
思わずそうぼやいてしまった。
そして、一番の悩みの種である祖父江・卓斗の方に目を向けると、彼の姿がない。
「あれ?」
さっきまで、不貞腐れた態度でやたらと豪華な弁当を食べていたはずなのに。
まだデザートが残っている自分の弁当をその場に置くと、川井先生は卓斗がいた場所に近付いていった。
「ちょっと、祖父江君はどこに行ったの?」
そして、そこに残っていた卓斗の友達(?)にそう聞く。
「祖父江君なら、弁当はもういらないって言って、あっちに行きました」
そのうちの一人が、卓斗が食べ残していった弁当と、そして公園の奥へ向かう道を指さしてそう言った。
「えっ、一人で広場から出て行ったの?」
彼女がそう言うと、そこに残っていた生徒達が、「はい」と言って頷く。
「あれだけ、広場から出たら駄目だって言ったのに」
「先生、祖父江君が、そんなこと守るわけないよ」
「ま、まあ、そうなんだけど」
とりあえず、迷われたりしたら大変だ。
彼女は、急いで卓斗が向かったという遊歩道へ走っていった。
「やめろ、お前等、僕は市長の!!」
「うるさいんだよ。何が『僕のパパは市長だ~っ』だ。そんなの知らないっての」
「そうそう。そんなことより、世の中には怖い人がいるってことを、優しい俺達は教えてやらないとな」
「やめろよ、ガキ相手に大人げない」
3人の不良高校生が卓斗を取り囲んで、軽く小突き回している。
まあ、彼等も小学生相手に怪我をさせるほど、頭が悪くはないのだ。
もう少しビビらせてから、この場を離れようと考えていたのだが、そこへ――。
「祖父江君!!」
彼等の声を聞いて、川井・良子が駆けつけて来た。
「おっ、美人なお姉さんだ」
不良達の表情が、卓斗に向けていたものとは明らかに変わる。
「せ、先生!!」
卓斗が助けてとばかりに、彼女に手を伸ばす。
「ちょっと、あなた達、小学生相手に何をやっているの?!」
「別に、一人で寂しそうだったから、俺達が遊んであげていただけだけど」
「それは、どうもありがとうございました。さあ、祖父江君、皆のところに帰るわよ」
そう言いつつ近付いてくると、彼女が卓斗の手を握る。
しかし、さらにその手を不良高校生の一人が掴んだ。
「気に食わないな。まるで、俺達がこいつを虐めていたみたいじゃないか?」
「そんなことは言っていません!!」
「そうだ。そのガキはさっさと返して、先生は俺達と遊ぼうぜ?!」
「嫌よ、離して!!」
「傷付くなぁ~。まるで俺達が悪者みたいじゃないか」
「キャーッ!!」
その隙に、卓斗は広場に向かって一目散に逃げていく。
「ほら、お子様は退場したぜ。ここからは大人の時間だ」
背後から不良高校生達の笑い声と、川井先生の悲鳴が聞こえる。
しかし、卓斗は足を止めない。市長の息子がどうとか、今はもう関係ない。
ただ怖かった。
「おい、祖父江・卓斗」
そんな彼の前に、一人のクラスメイトが立ちはだかった。
「うわぁああああ!!」
不良に先回りされたのかと思い、卓斗が悲鳴を上げて尻もちをつく。
「お、お前は茂野?!」
しかし、そこに立っていたのは、茂野・龍太だった。
「何をしている? 先生はお前を庇ってあいつ等に捕まったんだぞ?」
龍太は、まるで今の騒ぎを見ていたかのようにそう言う。
「相手は高校生、さらに複数だ。逃げて当たり前。それは正しい判断だ。」
「しかし、何かが心の中で叫んでいないか?」
「うるさい、僕は……僕は……」
「心しろよ。これからお前が口にする言葉は、おそらくお前の心に一生消えない傷を残すぞ。それこそ、生き方を変えるほどのな」
「こ、怖かったんだよ。パパのことを言っても、あいつら全然ビビらないし」
「言っただろう。凄いのはお前の父親であって、お前は何者でもないんだ」
「どうしろって言うんだよ!!」
「願いがあるなら言ってみろ。可能な範囲で俺が叶えてやる」
「無理だ、いくらお前でも……」
「だから見捨てるのか? それで良心は痛まないのか?」
「ウウッ……頼む。いや、お願いだ……先生を……先生を助けて」
そう言うと、卓斗がその場で泣き崩れた。
「分かった。任せておけ」
そんな彼をその場に残して、龍太が遊歩道を奥に向けて駆け出す。
「おい、スマホで動画を撮れよ」
「マジか、マジでやるのか?」
「まあ、恥ずかしい格好ぐらいで勘弁してやるよ」
3人の不良高校生が、怯えて体が自由に動かない川井・良子を森の中に引きずり込もうとしている。
そこへ、まるで瞬間移動のような素早さで、龍太が出現した。
「おい、先生からその手を離せ」
「な、こいつ、さっきの市長のガキとは違うぞ?!」
「どこから湧いて出たんだ?!」
龍太に気付いた不良達、そして川井先生が驚く。
「茂野君、逃げて!! そして、ほかの先生を呼んできて!!」
そう叫ぶ彼女に、場違いなほど落ち着いた小学1年生が、優しく微笑みかける。
「生徒を逃がすために自身の身体を盾にする。実に素晴らしい、まさに教師の鏡と言えるでしょう」
「何を言ってるんだ、こいつ?」
「それより、このガキ、どこから現れたんだよ?!」
不良達が今度は、龍太を取り囲む。
別に、こんな小さな子供に暴力を振るおうなどとは考えていない。ただ、先ほどの卓斗と同じように脅かして追い払おうとしているのだ。
しかし、龍太は平然としたまま、
「先生、少し目を閉じていてください」
と言った。
「な、何を一体?」
「大丈夫です。さあ、目を閉じて」
普段から、妙に大人びた子供だと思っていたが、これはもう、そのようなレベルではない。
川井・良子は目を閉じた。
「すぐ済みます」
龍太がそう言った直後、ボスッ! ドスッ! という鈍い音と、ウッ! ウワッ! という不良達の声が聞こえてくる。
「どうする? まだやるか? 次は手加減しないけど」
最後に龍太がそう言うと、不良達が逃げていく足音が聞こえた。
「先生、もう目を開けても大丈夫ですよ」
龍太にそう言われ、川井先生が恐る恐る目を開けた。
すると、3人の不良高校生達が、お互いの身体を支え合うようにして離れていく後ろ姿が見える。
そして、その手前には。
そこには、金髪で逞しく鍛え上げられた青年の後ろ姿があった。
「えっ?!」
そう言って、目を閉じ、再び開くと、そこには小学1年生の茂野・龍太の小さな背中が見える。
「あの人達は、急用ができたらしくて帰りました」
龍太が振り返ると、笑顔でそう言った。
「う、うそ」
「本当ですよ。だから、あの人達は慌てて帰っていったのです」
確かに、小学1年生が一人で、不良高校生を3人も撃退できるはずがない。
しかし、だったら、さっきの鈍い音や小さな悲鳴は何だったのか?
「さあ、先生、広場に帰りましょう」
そう言うと、龍太がスタスタと歩き出す。
慌てて川井先生もその後に続いた。
一体、何者なの、この子は? と疑念を抱くが、どうせ問いただしてもまともに答えてくれないだろう。




