第16話 遠足
【遠足前夜】
小学校に入学して2カ月が過ぎたころ、1年生にとって最初のお楽しみ行事、遠足がやって来た。
と、言っても、いきなり遠出などはしない。行き先は市内にある森林公園で、バスで30分ほどの場所だった。
そして、遠足と言えばお約束、おやつは300円までである。
子供達は、限られた予算で何を買うか悩みながら、スーパーのお菓子売り場や駄菓子屋を回る。
龍太も美月やあかりと一緒に、商店街へと来ていた。
そこで、
「さあ、それじゃあ行くぜ!!」
やたらと張り切っている大門・寛太の案内で、お菓子の買い物ツアーを行っていた。
彼に言わせれば、
「俺なら裏路地の穴場の駄菓子屋まで知り尽くしている」
ということらしい。
「言っておくけど、普通の店では売っていない物や、裏で高値で取引されている駄菓子まであるんだぜ」
「物って言わないで。あと、そんな怪しげな駄菓子屋、逆に怖いのだけど」
と美月が言って、普通のスーパーに行こうとしたのだが、彼がぜひ案内をさせてくれと龍太に熱烈アピールをしたおかげで、このツアーが決定した。
「私、串カツチップスを買いたい」
あかりが期間限定のスナック菓子を欲しがったが、
「何を言ってるんだ。あれは一袋170円もするんだぞ。そんな物は普段買ってもらえよ」
と言い、どんどん人気の少ない路地の奥へと入っていく。
「ねえ、龍太君。ここって本当に駄菓子屋があると思う? 怪しい薬を買わされそうな雰囲気なのだけど」
美月が龍太に近付くと、そっと耳打ちした。
「大丈夫だろう。それに、いざとなったら俺が皆を逃がすから」
しかし、相変わらず小学1年生とは思えない落ち着きっぷりの龍太がそう言い、楽しそうに寛太についていく。
何だかダンジョン捜索を思い出すな、ということらしい。
「この辺りも以前は、もっと店があったんだよ。でも駅前に大型ショッピングモールができて、客が減ってね。今じゃ、表通りの店以外はドンドン店を閉めてる」
「なるほど。そんな中、今でも続けている駄菓子屋があるわけだな?」
「そうなんすよ、龍太さん」
その時、近くの路地からガラの悪そうな大男が出て来た。
そして偶然だが、龍太達の前を塞ぐような形になる。
サングラスに無精髭。肩幅は広く、黒色のシャツの胸元からは、タトゥーではなく入れ墨が覗いている。
誰が見ても間違いようがないほど分かりやすい、その道の人だ。
「あっ……」
どうやら寛太のお父さんの手下の一人らしく、彼が名前を呼ぼうとする。
しかし、それより先に、ガラの悪い大男が龍太の顔を見るなり、半歩下がって道を譲り、深々と頭を下げた。
「す、すいません、龍太さん!!」
サングラスを取って、大声でそう言う。
「どうぞ、お通り下さい!!」
両足を肩幅まで開き、両手を腰の後ろで組んでいる。
顔色を真っ青にして固まってしまった美月とあかりの手を引いて、龍太がその前を無言で平然と通り過ぎる。
あかりが龍太に引っ張られつつ振り返ると、柄の悪い大男は、龍太の姿が見えなくなるまで、ずっと同じ姿勢で頭を下げ続けていた。
角を曲がり、完全に安全圏に入ると、美月が、
「ち、ちょっと、今の何? あの人、どこかの組の幹部っぽかったんだけど?!」
「そう? 寛太のところの関係者で、ちょっとした顔見知りだよ」
「か、寛太君の関係者って……」
彼女達は、寛太の父親がヤクザだということは知っていた。
ただ、幼稚園からの付き合いのため、彼に関して言えば、今さら怖くはない。
しかし、彼女達が寛太を怖がらないのと、寛太の父親の仕事を怖がるのとは、また別の話である。
ましてや、その仕事の関係者が、龍太にあのような態度をとるなど……。
「一体、何があったの?」
「ああ、幼稚園の時、一度遊びに行ったことがあってね。その時、仲良くなった。でも、父さんや母さんには内緒で頼むよ。怖がらせるといけないから」
「その人達に龍太君は怖がられていたんだけど?!」
龍太は、あかりに以前クゥちゃんが迷子になった時、寛太の父親が保護してくれていたことは話していない。
それを話すと、そのクゥちゃんをどうやって返してもらったのか説明しなければならなくなるからだ。
まさか、3歳児と柴犬が組員を全員倒して、組長の部屋に乗り込んで行ったなどとは言えないだろう。
それに、そのような噂が周囲に広まれば、大門組の看板に傷がつくどころか、木っ端微塵に吹き飛んでしまう。
とても今の商売を続けることができなくなるのだ。
もちろん、反社会的組織がなくなることは、街の治安的には良いことなのだろうが、龍太もそこまで正義の味方を気取るつもりはない。
「うちの親父も、将来はぜひ、龍太さんを迎え入れたいって、いつも言ってるんだ!!」
「やめて、龍太君をそっちの道に引きずり込まないで!!」
「そうよ、龍太君は、真っ当な道を歩むんだから!!」
女子二人が龍太と寛太の間に入って、そう言う。
【遠足と予期せぬ敵の出現】
お菓子を買いに行った翌日。
晴天に恵まれ、遠足は予定通り行われた。
自然豊かな市営森林公園。
観光バスから降りると、子供達が勝手にどこかに行かないように、担任の先生達が、すぐに集合させる。
龍太達のクラスの担任である川井・良子も、その一人だった。
「皆、こっちに集まって!!」
バスから一番最初に降りた彼女が、くるりと振り返って、生徒達を引率する。
そして、最後尾は別に何の指示も出していないが、龍太が担当しており、ぐずぐずするクラスメイト達を、慌てさせずに急がせている。
「川井先生のクラスが本当に羨ましいわ」
と、よく他のクラスの先生達から言われる。
そして、それは事実だった。
彼のおかげで、入学当初、わがまま放題やっていた市長の息子、祖父江・卓斗も、最近はすっかり大人しくなっている。
もっとも、本人はそれに納得しておらず、いつも不機嫌そうな表情をしていたが。
「先生、全員降りました。忘れ物もありません」
最後にバスから降りて来た龍太が、そう報告してきた。
「ありがとう、茂野君」
あ~、なんて良い子なのかしら。
彼女はまだ独身だったが、思わず子供が欲しくなってくる。
このあと、各クラスごとに公園内を見て回っていく。
今回の遠足の目的は、子供達に植物について学ばせ、興味を持たせることにある。
理科の授業で草花について説明はしてあるので、それを実際に見せて触れさせようというのだ。
「この紫色の花がアジサイよ」
花壇に植えられ、綺麗に咲いている花を指して、そう説明をする。
女の子達は興味を持ってくれるが、男の子達はかなり退屈そうだ。
そのような中にあって、龍太は「ヘェ~」とか「ホゥ~」などと言って、草花を見つめている。
ただ、
「先生、質問しても良いですか?」
「何ですか、茂野君?」
「この花は食べられますか?」
「た、食べる?!」
といった感じで、見た目の綺麗さより、食べることができるか、毒があるか、薬草になるか、など、興味の対象は実用的な面に限定されていたが。
彼は彼で、
これは前の世界でも似たような植物があったな。魔力を流すと、急成長して襲い掛かって来たけど、これは大丈夫そうだ。
などと考えていた。
あと、ここでいきなり植物が凶暴化したりなどしたら大変なので、実際に魔力を送るような真似は決してしなかったが。
「ん?」
公園のかなり奥の方に来たとき、龍太は禍々しい魔力らしき気配を感じて足を止めた。
「どうしたの、龍太君?」
それに気付いた美月が、そう聞いてくる。
「ん? この奥ってどうなっているのかなって」
そう言われて周囲を見回すと、公園内の案内図が貼られた看板があった。
それによると、公園の奥はキャンプ場になっているらしい。
「キャンプ場みたいだけど、私達は行かないみたいね」
美月にそう言われ、龍太は、そうか、それなら良いか、と答えた。
この世界でも、時々魔力を感じることがある。
ただし、それはとても希薄で、人間や動植物に影響を与えるほどではなかった。
しかし、この公園の奥から感じるそれは、かなり禍々しく、強いものだった。
魔力と一言で言っても、色々と種類がある。
大地から染み出してくる地脈のようなものもあれば、大量の魔石や魔道石が埋まっている土地から滲み出してくるもの、そして悪霊や死霊などが集まって、それが吹き溜まりのようになるものまで、様々だ。
さらに言うと、地脈が染み出してくる場所に悪霊が集まって、人体に悪い影響を及ぼす魔力だまりになることがよくあった。
今度、暇があったら調べてみるか。
そう考える龍太だった。




