第15話 市長 祖父江・金五郎
【大人の世界】
わざわざ放課後に公園で待ち伏せをしていたと言うのに、龍太とゼルによってコケにされた祖父江・卓斗が家に帰って来た。
ちなみに、柴犬魔王に怯えて腰を抜かしたドーベルマンのヴォルフは、ボディーガードが抱えて帰って来ている。
「お帰りなさい、坊ちゃん」
彼の姿を見た家政婦がそう言うが、
「うるさい!!」
と怒鳴り、自分の部屋がある2階へと上がっていく。
「あらあら、随分とご機嫌斜めね」
彼の感情の起伏が激しいことには慣れているため、家政婦も別に気分を悪くしたりなどしない。
卓斗のクラスメイトに気にくわない男子がいることは知っている。
そして、今日はわざわざ愛犬を連れて、その相手を脅しに行っていたはずだ。
わざわざボディーガードに事前偵察をさせて、相手の行動を探っていたというのに、どうやらうまくいかなかったようだ。
「まあ、いい勉強よ」
ざまあみろとばかりに家政婦がそう言って、鼻歌を歌いつつ仕事に戻った。
卓斗は自分の部屋に戻ると、ドアを乱暴に閉めてベッドの上に倒れ込んだ。
そして、枕をボフボフと叩きつつ、延々と龍太の悪口を叫び続ける。
「何であんな奴が……くそ、くそ、犬にまで!!」
こんなに悔しい思いをしたことは、これまでにない。
屈辱で涙が滲み、慌てて顔を枕に埋めて、それを拭う。
「こうなったら、パパに言いつけてやる!!」
まさに、それは最終手段だ。
卓斗は自分の部屋を飛び出すと、父親がいるリビングへ降りていった。
祖父江・金五郎、それが彼の父親にして、この街の市長だ。
彼はフカフカなソファーに腰かけつつ、ブランデーグラスを片手に、タブレットで金融情報をチェックしていた。
この立派な屋敷や使用人たちを見て分かる通り、彼にとって市長の給与など、たかが知れている。
つまり、元々金持ちなのだ。
そして、彼は自分の得にならないなら、実の子供のためであっても小指一本動かさない。
しかし、例外があった。
それは、祖父江家が恥をかかされた時だ。
それが、たとえ相手が子供であっても、祖父江家に対する侮辱と判断すれば、徹底的に反撃し、叩き潰す。
この世界は、舐められたら終わりだと考えているのだった。
そして、その父親の性格を知り尽くしている息子が、彼に泣きつく。
「パパ、聞いてよ!!」
「何だ?」
「僕に意地悪をするクラスメイトがいるんだ。本当に嫌な奴で……」
ここまでだと、彼の父親は、
フンッ、そんなの自分で何とかしろ。
と言って終わる。
「僕が市長の息子だって言っても、市長なんか怖くない、市長は税金泥棒だって言うんだ」
そして、卓斗は、どう言えば父親が動いてくれるかを、幼いなりによく理解していた。
「何だと? 誰だそいつは?」
見事に市長は息子に乗せられる。
「茂野・龍太って言うんだ」
「そうか……」
そう言うと、自分のスマホを取り出し、どこかへ電話をかける。
数回の呼び出し音のあと、電話の向こうで低い男の声がした。
『どうも、市長さん。今日はどういったご用件で?』
「大門さん、ちょっと仕事を頼みたい」
そう電話の相手は、大門・丈二。龍太の舎弟こと大門・寛太の父親だ。
『いいですよ。で、内容は?』
「実は、うちの息子がクラスで嫌がらせをされていてね。まあ、相手は小学生だから、さすがの私も大人げないことをするつもりはないんだ。ただ、その子の御両親には、自分たちの子供をしっかりと躾けるように、“教育的指導”という奴をしてもらいたい」
『そうですか。で、その躾のなっていないガキの名前は何と言うんですか?』
「茂野・龍太だそうだ」
それを聞いて、組長が受話器の向こうで息を呑み、黙り込んだ。
「ん? どうした? もしかして知ってるのか?」
知っているも何も、彼の息子はその龍太の友達だ。
さらに言うと、3年前に大門組は、当時3歳だった龍太と柴犬のゼルによって殴り込みをされ、一方的に叩き潰されたのだった。
「もしもし、どうしたんだ?」
少し苛立った声で祖父江・金五郎がそう言うと、やっと相手が返事をした。
ただ、かなり重い声で。
『祖父江さん、念のために確認しますが、その悪ガキの名前は茂野・龍太で間違いないんですね?』
「ああ、その通りだ」
それを聞いて、組長が乾いた笑い声を漏らした。
『ハハハ、そいつぁ無理だ』
「何だと? あんた、自分が何を言ってるのか分かっているのか?」
『もちろんですよ。いや、俺だって日頃お世話になっている祖父江さんの御恩に報いたいとは思っているんですよ。ただ、相手が悪すぎる。そのガキだけは駄目だ。下手に手を出したら、こっちが潰される』
「何を言ってるんだ?」
冗談はよせと言いたいが、大門・丈二の声は真剣そのものだった。
『あまり詳しくは話せませんが、茂野・龍太は普通のガキじゃないんですよ』
まさか、3歳児に組員全員を倒されて、組長室にまで踏み込まれたなどと言えるわけがない。
「べ、別に、その子に手を出せと言ってるわけじゃない。親の方に……」
『いやいや、ああいう手合いは、自分がやられるより、身内に手を出される方がブチ切れる。家族や友人に何かあれば、冗談抜きで命が危ないですよ』
「……一体、何者なんだ? どこかバカでかい組でも後ろ盾になっているのか?」
『いいえ、ごく普通の家庭の子供だ』
「意味が分からない」
『でしょうね。ただ、これは心からの忠告だ。あの坊主に手を出すのだけは、絶対にやめておいた方がいい。あれは一言で言えば、人外だ』
「妖怪だとでもいうのかね?」
馬鹿馬鹿しいと笑う祖父江・金五郎。しかし、それに対して大門・丈二は、
『似たようなものです。では、これで』
と言って電話を切った。
「一体、何だというのだ?」
一笑に付してもいいのだが、大門組は市長の裏工作機関として、長年働いてくれていた。
仕事は丁寧で、証拠は残さず、それでいて市長が望む成果を確実に上げる。
だから信頼していたというのに、まさか生意気な小学1年生に、ここまで怯えるとは。
「あ、あの、パパ?」
卓斗が恐る恐る声を掛けるが、父親は考え込んだまま、片手でシッシッと彼を追い払ったのだった。




