第14話 犬対決
【黒柴犬、その名はゼル】
『あいつは異世界に来ても、体が子供でも、やはり勇者だな』
小学校の校舎の屋上から龍太と祖父江 卓斗の問答を眺めていたゼルが、そう呟いた。
しかし、その姿は掠れていて、さらに影がない。
実はこれは魔王の能力の一つで、実体ではなく思念体だったりする。
本体は茂野家のリビングにあるケージの中で、昼寝をしていた。
なお、体から離れた思念体は普通の人には見えないし、術を解けば一瞬で体に戻ることができる。
『まったく、忌々しい奴だ』
そう言うと、大きな欠伸をした。
『あと、あの手の輩は、陰険な上にしつこいぞ』
そして、それは数日後に現実になる。
その日も、ゼルは悠然と散歩をしていた。
ちなみに、リードは龍太が握っている。
『愚かな虫けら共め、偉大なる我が前にひれ伏すが良い。魔王ゼルザ・ネクロヴァル様の御前であるぞ』
そう思念で言いつつ、電柱の横で右の後ろ足を上げてマーキングをするゼル。
「晩ご飯は、鶏の唐揚げか。母さんの料理は何でも美味しいが、唐揚げも絶品だ」
龍太はゼルの思念波など無視して、夕食のメニューについて考えている。
『無論、我の分もあるのであろうな?』
『あまり、犬に人間の食べ物を与えるのは良くないと聞いたけど』
『我を誰だと思っておる。魔王ゼルザ・ネクロヴァルなるぞ。カロリー消費など造作もないわ』
そのような思念会話をしつつ散歩を続けていくと、いつもの公園に到着した。
さらに言うと、そこにはあまり会いたくない相手が待っている。
「やあ、偶然だな、茂野」
それは祖父江・卓斗だった。
口元には得意げな笑みを浮かべ、腕を組んで立っている。
そして、彼が一人なわけがない。
引き締まった筋肉質の大型犬、ドーベルマンと、そのリードを持っている、いかにもボディーガードといった雰囲気の男が一緒だ。
特に男の方はサングラスに黒服姿で、まるで某テレビ局の人気番組『逃走中』のハンターのような外見だ。
「何だい、その貧相な犬は? 僕の愛犬はヴォルフという名前でね、とっても頭が良くて忠実なんだよ。ほんと、僕が命令したら君のその弱そうな犬なんて、噛み殺しちゃうぐらいね」
そう言うと、龍太の顔をニヤニヤと笑いつつ見つめてくる。
厳つい外見の大型犬とボディーガードが一緒のため、余裕があるのだ。
さあ、怖がれよ。そして、皆の前で僕に恥をかかせたことを謝れ。
そうすれば、許してやらないこともないぞ。
しかし、龍太も、その隣にいる黒くて目つきの悪い柴犬も、呆れながら彼の方を見ている。
な、何で怖がらないんだ?
「ふ、ふん、怖くて声も出ないのか?」
「いや、相変わらず、他力本願な奴だと思っただけだ」
「た、たりき……なんだ?」
小学1年生には少し難しすぎる言葉だった。
「坊ちゃん、人に頼ってばかりという意味です」
すかさずボディーガードが卓斗の耳元で囁く。
「な、何だと? 本当に生意気な奴だな!!」
そう言ってから、愛犬ヴォルフに命令をする。
「ヴォルフ、吠えろ!!」
主の命令を受けて、ドーベルマンがバウッ!! と吠えた。
体が大きいため、鳴き声も大きい。
普通の子供なら、この時点で怯えて逃げ出すか、泣いていただろう。
しかし、異世界において咆哮する巨大なドラゴンと戦った経験がある龍太は、平然としている。そして、隣で退屈そうに欠伸をしているゼルに目配せをした。
異世界において魔界七王を従え、破壊の限りを尽くした魔王が、それに気付いてヤレヤレと前に進み出た。
そして、キッとドーベルマンのヴォルフを睨みつけ、
『控えよ、この愚か者め!!』
と、その視線にほんの少し殺気と魔力を込めた。
その瞬間、ヴォルフがビクリと体を震わせたかと思うと、直後に、
「キャイン、キャイン、キャン、キャン」
と情けない声を上げて鳴きながら、その場で寝そべり、服従の姿勢をとった。
「な、何? どうした、ヴォルフ?! どうしたんだよ?!」
卓斗が混乱して愛犬を叱るが、ヴォルフは顔を伏せ、ブルブルと震えている。
『あの飼い主より、犬の方が利口だぞ。我の力に怯えておるわ』
『転生前だと、お前の魔力をまともに受けた人間は発狂するか、精神が即死していたからな』
と、龍太が思念通話で言った。
「じゃあ、俺達はこれで」
龍太がそう言って、ゼルと共に公園を後にした。
取り残された卓斗が、必死になって愛犬を叱っているが、よほど怖かったのだろう。ヴォルフは震え続け、その場から動かない。
「何なんだよ、あいつら、本当に訳わかんねぇ!!」
卓斗のヒステリックな叫び声が、公園内に響き渡った。




