第13話 小学生になった勇者
【小学生の勇者】
茂野・龍太は小学生になっていた。
そして、まず驚いたのは、この国の洗練された高度な授業内容だ。
異世界にも学校のような施設はあったが、通える子供は少なかったし、教える内容は教師によってバラバラだった。
しかしこの世界では、30人もいる生徒を一人の教師が教育し、それと同じ内容の授業を複数のクラスで行っている。
さらに驚いたことに、このような教育施設は日本中にあり、全ての子供が教育を受けられるらしい。
「素晴らしい……全ての民が文字を読み書きできるなんて、まるで夢の世界のようだ」
龍太は本当に感動していた。
特に、龍太は算数と理科がお気に入りだった。
この世界では、気象現象や化学反応の多くが科学的に分析・解析されている。
異世界では、それらのほとんどは神の定めたもの、世界の理と呼ばれ、なぜそのようなことが起こるのか、誰も考えもしなかったというのに。
算数と理科を極めれば、魔法の術式展開などの応用に使えるはずだ。
あと、高度な科学文明の結晶、タブレットも全ての生徒に配られ、教科書やプリントの印刷技術もとても精密で美しい。
龍太が幼児の頃に読んでいた絵本や、両親がよく購読していた雑誌も、表面がすべすべした良質な紙で作られ、その文字の細かさや、写真をそのまま印刷できる技術などに驚いたが。
「これら全てを6歳の子供全員に配るとは、恐るべき技術力と国力だな」
何を見ても、何を渡されても驚いている龍太のところに、二人の女の子と一人の男の子が近付いて来た。
「皆、同じクラスになれて良かったね!!」
明るい笑顔でそう言ったのは、神崎・あかりだった。
「本当だよ、これで龍太さんとずっと一緒にいられる!!」
これは龍太の舎弟である大門・寛太。
「あなた達、騒ぎ過ぎよ」
相変わらず子供らしくないクールさで、室井・美月がそう言う。
「俺も、皆と一緒でうれしいよ」
これはお世辞ではなく、龍太の本心だった。
その時、教室の前の方で、一人の男子生徒の周囲にクラスメイト達が集まっていた。
「僕の言っていることは正しいんだよ」
という声が聞こえてくる。
「あれは?」
龍太がそう聞くと、美月が、
「あれは祖父江・卓斗、市長の息子よ」
と、冷めた目で声のする方を見つめつつ、そう言う。
その表情と態度から判断するに、あまり好意的には感じていないようだ。
そして、その理由はすぐに分かる。
「僕は市長の息子なんだぞ、だから偉いんだ。分かるか? 僕と友達になれば、校長先生に言ってテストの点数を上げてやるよ」
祖父江・卓斗の周囲に集まっていたクラスメイト達が、へぇ~と驚いている。
その時、担任の教師が教室に入って来た。
若い女性で、眼鏡をかけた大人しそうな人である。
「はい、皆さん席について下さい」
それを聞いて、生徒達が自分の名前が貼られている机につく。
「皆さん、入学おめでとうございます。私がこのクラスを受け持つ、川井・良子先生です」
優しい笑顔でそう自己紹介をしてくれる。
「それでは、お友達の名前と顔を覚えられるように、一人ずつ自己紹介をしてもらいましょう」
そう言われ、子供達が一人ずつ順番に立ち上がって、自分の名前を言い出した。
恥ずかしそうにモジモジとしている子、大きな声で元気よく自分の名前を言う子、まだ受けを狙うような高度な真似ができる子はほとんどいない。
「神崎・あかりです。皆と仲良くお勉強がしたいです!!」
あかりは元気よく立ち上がると、笑顔でそう言った。
「大門・寛太です。元気に毎日遊びたいです!!」
そう言ったのは寛太だ。
「室井・美月よ。よろしく」
美月は相変わらず、子供とは思えないクールな態度でそう言う。
龍太は、無難に名前だけ言ったのだが、寛太が、
「龍太さん、最高!!」
と、立ち上がって拍手などしたものだから、教室の皆が爆笑した。
どうやらネタを仕込んでいたと勘違いされたらしい。
そして、
「皆もう知っているだろうけど、祖父江・卓斗だ。パパはこの街の市長、分かっていると思うけど偉い人だからな」
と、いかにも性格が悪そうな卓斗がそう自己紹介する。
担任の川井・良子の笑顔が、その時だけ引きつったのを龍太は見逃さなかった。
そんなにご立派で偉いなら、私立の小学校に通わせれば良いと思うのだが、この街にはないため通学に時間がかかるし、何より市長の影響力が及ばない。
つまり、偉そうにできないため、地元の市立小学校に通わせているのだ。
「それじゃあ、皆仲良く頑張っていきましょうね」
最後に担任がそう言い、小学校での生活が始まった。
【ちょっと前】
幼稚園で、教諭達は龍太ロス状態になっていた。
「あ~っ、龍太君がいなくなってしまった」
「駄目だわ、私、あの子が入園して来る前、どうやって働いていたか忘れちゃった」
「あんな子、二度と入って来ないわよ」
彼女達の前では、今年入園して来た園児達が好き放題、暴れ回っている。
「せんせぇ~、おしっこ」
「びぇえええ~っ、ママぁ~、お家帰るぅ!!」
「絵本読んでぇ~、ねえねえ絵本読んでよぉ!!」
別にこの子達は普通の園児である。
そして、それはこの3年間の園児達も同じだった。
ただ、茂野・龍太という、スーパー園児が一人混ざっていただけだ。
「ハァ~、しんど……」
そう言うと、諦めて教諭達は仕事に取りかかった。
【続き】
「これだから貧乏な一般人は」
お約束というか、予想通りに、市長の息子は悪い意味で目立つ存在だった。
ハッキリ言って嫌な奴である。
そのため、まだ世間体とか社会の仕組みに疎い子供は彼に近付かなくなる。
逆に、純粋に別世界の住民である彼に興味を持った者や、子供ながらに彼に媚びを売れば得をすると感じた者は近付いて行く。
さらに言うと、彼のような子供は、自分の言いなりになる人間、もしくはそうなるであろう人間を見抜くことが得意だ。
その点、市議会議員の娘である神崎・あかりは、彼にしてみれば下僕のようなものだった。
彼女の父親は市議会議員、そして祖父江・卓斗の父親はその頂点である市長なのだから。
「やあ、神崎・あかり」
自分の机で次の授業の準備をしていた彼女に、祖父江・卓斗が馴れ馴れしく声をかけた。
「えっと……名前なんだっけ?」
真顔で、あかりがそう聞く。
「祖父江・卓斗だよ、市長の子供の!!」
「ああっ、そうだったそうだった。で、何か用?」
「何か用って……いいか、僕のパパは市長だぞ。議員の子供のお前は、僕に毎日挨拶に来ないと駄目なんだよ」
「……何で?」
真剣にその理由が分からないらしく、あかりが首を傾げている。
「分からないのか? お前は馬鹿なのか?」
「多分、あなたの方が私より馬鹿だと思うよ」
「な、何だと? 僕のパパは市長だぞ。お前のパパより偉いんだぞ!!」
「だって、パパ同士がどうか知らないけど、私もあなたも同じ小学1年生で、同じクラスなのに、何でどっちが偉いとか言うの?」
「そうね、バカはあなたの方ね」
いつの間にか、あかりの側に来ていた美月がそう言う。
卓斗の頭の中で、すぐにこの黒髪で全然笑わないこの女子のデータ検索が行われる。
こいつは、室井総合病院の院長の娘、つまり、僕より格下。
という結論がすぐに導き出される。
「お前、あのデカい病院の院長の娘だな。良いのか、市長の息子であるこの僕にそんなことを言っていいと思っているのか?」
「あ~っ、またそんなこと言って!!」
と怒るあかりを、美月が目線で止める。
「それはこっちの台詞よ」
「な、何だと?!」
「この街で、私のお父さんの病院で働いている人、そしてその家族、関係者、さらに患者さん達が、いったい何人いるか考えてみれば分かるわ」
「えっ?」
「この街で、一番医療機器やスタッフが揃っているのはうちの病院よ。これまで病気や怪我を治した人も含めれば、かなりの市民が治療を受けているわね」
「…………」
「少しは、その幼稚な頭を使って考えるのね。あなたの軽率な言動が原因で、次の市長選がどうなるか?」
とても小学1年生とは思えない表情と台詞だ。
そして、こういう時、わがまま放題で育った子供がどのような行動に出るか、それは火を見るより明らかだった。
「うるさい! うるさい!! うるさい!!!」
ヒステリックにそう叫ぶと、卓斗が美月を両手で突き飛ばそうとした。
しかし、当然のようにそこに龍太が割り込んできて、美月を庇って卓斗に突き飛ばされる。
いや、身体を思いっきり押されたが、彼は微動だにせず、逆に卓斗の方が反動でひっくり返った。
「龍太君?!」
「大丈夫か、美月?」
彼女の身体を抱き止めるような格好でそう言う龍太。
これが小学1年生同士でなければ、女子達がキャーッ!!などと黄色い悲鳴をあげたことだろう。しかし、外見が幼過ぎて全くそういう雰囲気にならない。
「私は大丈夫。龍太君は?」
「見ての通りだ」
実際に突き飛ばそうとして跳ね返された卓斗の方が、床に身体のあちこちをぶつけて痛そうだ。
「大丈夫か、祖父江?」
龍太が彼に向かって右手を差し出しつつ、そう言う。
「お前、よくもやったな?!」
よほど痛かったのだろう、卓斗は泣きべそをかいている。
そこに、大門・寛太も駆け寄って来た。
「祖父江、お前、龍太さんによくも手を出したな?!」
そしてそのまま卓斗に飛びかかろうとするのを、こっちも龍太が引き留める。
「止めろ」
「で、でもこいつ、龍太さんを?!」
「いいから」
そう言って寛太を下がらせると、自分で立ち上がった卓斗に向き直った。
「パ、パパは、僕のパパはこの街で一番偉いんだぞ!! 僕の家は大きくて、庭に噴水やプールがあるんだ。お前の家にそんな物があるのかよ?!」
「そうだな。しかし、祖父江・卓斗、偉いのはお前じゃない。選挙で皆に選ばれ、そんな立派な家を建てたお前の父親が偉いんだ」
そう言われ、卓斗が言葉に詰まる。
そんな彼に龍太がさらに続けた。
「誰かの肩書で自分を偉く見せるのは格好悪いぞ。男なら、自身の力で皆に尊敬されてみせろ」
そう言うと、龍太がニヤッと笑ってみせた。
思わず、あかりや美月、そして他のクラスメイト達が拍手をする。
「さすがは龍太さんだ!!」
寛太がそう言ってから卓斗に、
「お前も龍太さんの舎弟にしてもらえよ!!」
と偉そうなことを言う。
「いい加減、その舎弟って言うの止めないか?」
「何を言ってるんすか、龍太さん。俺は一生ついて行きますよ」
「お願いだから、それも止めて」
その時、チャイムが鳴り、担任の川井・良子が教室に入って来た。
そして、異様な雰囲気の生徒達を見て驚く。
「えっ? 皆どうしたの?」
「いいえ、何もありません」
龍太がそう言うと、卓斗に、
「なっ、そうだろ?」
と言った。
両目に悔し涙を一杯溜めた卓斗は、それを無視して自分の席に戻る。




