第12話 転生した聖剣
【聖剣転生】
ある日、龍太が家のリビングで腕立て伏せをしていると、台所から母親のぼやき声が聞こえてきた。
「この包丁、もう駄目ね」
どうやら夕食の準備をしていたのだが、なかなか思うようにいかないようだ。
ちなみに龍太の母親は、特技:料理、趣味:料理という料理大好き人間で、プロ級の腕を持っている。
料理好きが高じて、高校時代には料理研究部に、卒業後は調理師専門学校に進学し、卒業後は料理人に・・・・・なると思いきや、高校時代からの付き合っていた、龍太の父親と結婚をしてしまった。
周囲からはなんて勿体ないと、反対とまでは言わないが色々言われたらしいが、本人は「私が料理が好きなのは、彼に美味しいって言ってもらうためだったから」と、言って、周囲の人達を赤面させまくったらしい。
まあ、そのおかげで龍太は毎日、味&栄養バランスが完璧なご飯を頂けているわけだが。
「母さん、どうしたのですか?」
龍太が筋トレを中断してそう聞くと、
「ちょっと包丁の切れ味が悪くて」
と返事が聞こえた。
なるほど、では包丁の攻撃力を上げよう、と考え、右手を母親が握っている包丁に向けると、頭の中で魔術の詠唱を始める。
主に敵と戦う前に味方の武器にかける呪文だが、包丁も広い意味では武器と言えるだろう。
しかし、そんな彼にゼルが飛びついてきた。
『待てぇええええい!!』
『何をする、ゼル?』
『馬鹿者、お前の母親の料理スキルは神レベルだぞ。もうあれは包丁の剣聖と言える。そんな者が使う包丁に攻撃力強化の魔術を掛けようものなら、まな板どころかキッチンまでも真っ二つだ』
『そ、そうか』
ゼルの説明を聞いて、龍太が冷や汗を垂らしつつ右手を下ろした。
言われてみれば、以前、包丁の一振りで玉ねぎがみじん切りになっていたな。
危うく、母親をキッチンバスターにしてしまうところだった。
「これはもう買い替えるしかないわね」
翌日、龍太を幼稚園まで迎えに来た母親は、彼を連れたまま近所のホームセンターに立ち寄った。
龍太と手をつないだまま、台所用品コーナーへとやって来る。
そこには、お手頃価格の包丁がズラリと並んでいた。
「どれにしようかしら」
母親が、一本ずつ見比べていく。
その時、龍太は陳列棚の片隅、ひときわ地味なパッケージの中にある一本の包丁に目を止めた。
「これは……」
一本1000円の無名メーカーの包丁。
しかし、そこから懐かしい魔力の波動を確かに感じる。
「間違いない。聖剣エルグレイザ」
龍太がそう呟くと、包丁が微かに光を放った……ような気がした。
『おおっ、我が主、勇者ライナスよ。この時をどれほど待ちわびていたことか……』
『本当に、お前なのか?』
『無論です。あの魔王城での戦いで、私もあなた様と同じように転生の魔法陣に巻き込まれ、この世界に転生をしたのです。今は「万能ステンレス三徳包丁」、そしてセール品です』
『い、いろいろと苦労があったようだな』
『もちろんです。しかし、それは全て勇者と再会するため。他人に買われないように、存在を消す魔法を使っていました』
その結果、売れ残ってセール品になってしまったというわけだ。
「あら、龍太、どうしたの?」
そんな彼のところに母親が近付いてきた。
「母さん、この包丁がお勧めです」
母親に包丁を勧める幼稚園児。
「これ? 何だか安いわね」
そう言って、聖剣包丁をケースごと手に取る母親。
「きっと、切れ味は良いし、何より母さんが使えば、魔王すら倒せそうです」
「まあ、龍太ったら」
幼い息子の冗談に、笑って答える母親
『もちろん、私に切れない物はありません』
『いや、母さんが使うときは、切るのは食材だけにしてくれ』
その夜。
茂野家のキッチンから、トントントンと小気味の良い音が聞こえてくる。
「なに、この包丁、すごく使いやすい」
母親がそう言う。
まあ、魔王すら一刀両断にする元聖剣ですから。
龍太が心の中だけでそう言いつつケージの方を見ると、ゼルがガタガタと震えている。
『き、貴様、何という物を買ってくるのだ?!』
その聖剣エルグレイザに一刀両断にされた元魔王が怯えている。
この日のおかずは、龍太の大好物、特製フワフワハンバーグだった。
皿の上に立ち昇る湯気と、ジワッと溢れ出す肉汁の香り。
『おのれ、なまくらの分際で、なんと旨そうな物を……』
ゼルの皿にも、玉ねぎ抜きのハンバーグが入れられている。
『フンッ、駄犬には勿体ない。さあ、勇者よ、思う存分味わってください』
『お前たち、案外仲が良いな』
『私の喜びは、勇者と共にあること。あと、母君の包丁さばきは凄いですね。力をセーブしなければ、まな板までみじん切りにするところでした』
聖剣包丁に力をセーブさせるほどの腕前とは、一体……。
ちなみに、聖剣エルグレイザは勇者にしか使えないはずだったのだが、あれは制約があったわけではなく、純粋に聖剣自身の好みやプライドの問題だったようだ。
かくして、異世界の聖剣は、最強の包丁として第二の人生を歩み始めたのだった。




